112.ご先祖様とのご対面


「いや、やめとくわ……」


「おやそうですか。もっとも、わたくしめがこうして坊っちゃんのお世話をしている限り、初代様は賭けに勝ったと言えるでしょう」


「よく嫁さんを見つけたもんだ」


 捨て地という風評被害ではなく、瘴気による呪いを直に受けていた初代勇者の嫁、か。


 誰だったんだろうな、まさか、すぐに番になろうとしたあの白銀色の竜のことなのだろうか。


「意外なことに、探せば見つかるのがこの世の常ですな。割れ鍋に綴じ蓋とはよく言ったものでございます」


 さすがに違うか、思いっきり拒否していたし。


「さて、そろそろですかな」


 良いところで話を切り上げたセバスがそう告げると、いつの間にか大理石の様な床に着地していた。


 真っ逆さまで落ちていたというのに、気が付けば足元の地面があるのは不思議な感覚だった。


「過去回想も入念にやりましたし、そろそろ本題と行きましょう」


「ようやくか」


「血脈に、魂に、刻み込まれた御意志を初代様本人の口からお聞きくださいませ」


 セバスに誘われ、正面に見える巨大な扉へ歩み寄る。


 いよいよ、ご先祖様との対面か。


「坊っちゃん、聞いた上で断ることも構いませんよ」


「断れるわけないだろ……」


 たっぷり時間をかけてあれだけ濃いストーリーを見せられて、いやすいません俺は俺の人生を歩みますだなんて言えるわけもない。


「まったくとんでもない使命を背負わされるもんだな……」


 そう溜息を吐きつつも、それも悪くないかといった心地だった。


 あるじゃないか、戦う理由が。


「それに断ったことがバレたら、アリシアに失望されるだろ?」


「バレるも何も、ここでの出来事を知る術はありませんが」


「いやお前は絶対にチクる。断言できるね、絶対にチクる」


「それはそうでございます」


 ほらな? 最初から断る選択肢なんてありゃしないのだ。


「だったらさっさと終わらせようぜ、俺もベリアルには借りがある」


 不死身と呼ばれた勇者の力の根幹がどんなもんなのか知らないが、それで復活して勝てるならば何だって良い。


 全てに蹴りをつけて、ハッピーライフだ。


 ゆっくりと開いていく巨大な扉を潜り抜けると、今まで松明の灯りのみだった薄暗い視界が一気に光で満たされる。


「でへへ姉ちゃんもっと尻をこっちに寄せろ、うへへ、うへ」


「もう勇者様ったら~ん!」


「お前はこう、後ろから抱きしめる形で! うひょーこれぞ乳枕」


「もうくすぐった~い!」


 扉の中では、俺によく似た顔立ちの男が気持ちの悪いニヤケ面を晒しながらバニー姿の美女たちと戯れていた。


 アレが初代勇者、俺のご先祖様だと?


 表情は完全に蕩けきっていて、当時の面影なんて一切なかった。


「よーし、ならくすぐり合いっこでもすっか? 笑ったら負け! なんでも言うことを聞く――あっ」


「あっ」


 こちらに気付いた。


「……」


「……」


 時が止まった気がした。いや、止まっていたかもしれない実際。


 長い長い沈黙の後。


「コホンッ」


 初代は咳払いして前後にいた美女二人を両脇に侍らせ直すと言った。


「よお、お前が俺の子孫か? 悠久の時を超えて、良くぞここまで来た。廻る輪の中から再びこうして会えたことを嬉しく思う。歓迎しよう」


「……あ、はい」


 キリッと真面目な顔で言われてもさすがにリカバリーは不可能だろ。


 蕩けきった表情は本当にひどい有様だった。


 それに俺がいるってことは嫁さんもいたんだろうに、なんでこいつは女を両脇に侍らせてるんだろう。


 ったく、勇者って存在はこれだから。


 操くらいは立てろよな、子孫としてちょっと恥ずかしい。


「おいセバス、思っていた反応と違うぞ。どういうことだ?」


「そうですな、坊っちゃん今のお気持ちを正直に述べてみてください」


「子孫としてめちゃくちゃ恥ずかしい」


「おいセバス、思っていた数倍悪い反応だ。どういうことだ?」


「初代様、いささか刺激が強過ぎるのやもしれません」


「そうか、まだガキだったな。だったらこの光景は確かに刺激が強いとも言えるが、それでも貴族なら慣れておいた方が良いぞ? やれやれ」


 肩をすくめる初代の姿、何故だかすごくイラッと来た。


「妻子持ちが何やってんだ」


「何言ってんだとっくの昔に死んでんだからノーカンだぞ?」


 それに、と初代は両サイドの女性を抱き寄せて続ける。


「こいつらサキュバスだから問題ねえ!」


「やだ勇者様ったら私たちのことは遊びだったの~?」


「あれだけ熱い夜を過ごしたのに~?」


「すまんな、お前ら二人に恋愛なんてないんだ。俺の心は例え死んでもずーっとあいつの物だって決まってるからさ。でも死んでるから身体はオッケー!」


「やだ~!」


「どうせお前らも俺の身体目当てだろ~?」


「も~!」


 アハハハ、と笑う初代達を見ながら、俺は溜息を吐いていた。


 竜の求婚を断った時はかっこいいと思えたのに。


 いったい何があったのか。


 もしかしてこれが俺の中に眠るブレイブのケダモノの正体なのか。


 俺もいずれはこうなってしまうのか、と軽く絶望を覚えた。


「初代様は人外レベルで驚異的な生命力をお持ちですからな。矛先が危機に向かわなければ、人間の三大欲求に傾いてしまうのも物の道理と言って差し支えないでしょう」


「そうかぁ……?」


 理性はどこへやった、理性は。


「さてと、倅の倅の遠い倅がここに来たってことは、ついにコトが起こるってことか、セバス?」


「左様でございます」


「そうか、ついにか……秒数的には300年くらいか? 俺の予感は兼ねがね当たってたってことだな」


「え、ちょっと待ってそのまま話を進めるの?」


 とてもじゃないけど集中できない。


 薄着の美女を侍らすクソ野郎から真面目な話をされても頭に入ってくるわけがないじゃないか。


「え、ダメ?」


「ダメも何も一応真面目な話をしに来たんだけど……まあいいか……」


 子孫にまで問題を先送りにしたのなら、それ相応の頼み方とか空気感が欲しいと思ったのだがもういい。


 俺は首ちょんぱから復活できればそれでいいのだ。


 先祖にかっこよくしといてくれと言うのも酷だろう。


「ったくこれだから童貞は。キスもしたことなさそうだな」


「ムカ」


 言っちゃいけないことを言ってしまったな?


 仮に先祖だとしてもその言葉だけは許さない。


「古代人が色気付きやがって、お前が死んで数百年、俺たちは歪んな世界の中で闘いの日々を送って来たんだ」


 ロストテクノロジーがすごいなんて、夢幻だ。


 いつだって最強なのは発展を遂げた現代文明なのである。


「ハハハッ!」


 殺気を込めた視線を向けると、初代は楽しそうに笑った。


「くだらねえことで躍起になってこの殺気。セバス、こいつは紛れもない俺の子孫だな?」


「そうでなければここに来れませんので」


「……もう邪魔だ、お前ら消えろ」


 初代が腕を払うと、両脇に居たサキュバス二人が消し飛んだ。


 強烈な殺気を感じ、すぐに臨戦態勢を取る。


 すると次の瞬間、初代の姿が消えて目の前に現れた。


「俺は瘴気の影響で息子がデカくなる前に死んじまったからな」


 そう言いながら、後ろへ伸ばした腕を振りかぶる。


 恐ろしく早い一撃。


 予備動作は見えていたのに、避けきれなかった。


 壁に衝突して、ガラガラと石造りの部屋が崩壊していく。


「夢だったんだ、親子喧嘩みたいなの」


「……いてぇな、この野郎」


 本当に殺すつもりの一撃だった。


 ブレイブ家では、兄弟喧嘩と親子喧嘩は殺し合い。


 もしかして、こいつの夢が発祥だっていうのか?


 ……まったく、受け継がれてるよ、その願い。


「おっ、生きてる!」


 立ち上がると、初代はさらに嬉しそうに笑顔を作っていた。


 障壁を展開して防御していると言うのに、初代の一発は妙に体の芯に響いてくる。


 心に、響いてくる。


 痛いは痛い、ものすごく痛い。


 でも。その中にほんの少しの温かさというか、そういった謎の感覚を俺は抱いていた。

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