109.クロガネの史 末①
『クフフ、よく私を呼んだ。来てやったぞ、どこぞの王よりも心より何かを欲す愚か者。何がしたい、今の私は機嫌が良い、覇王を超えることも可能だ』
ベリアルの出現による影響か、もともと乱れていた映像はさらに乱れて、もはや声すら聞こえないレベルになっていた。
「おい良いところで映像が……」
「聖女の魔力の塊とベリアスがいますから仕方ありません。この後の流れを簡潔に説明しますとあの守護障壁ができます」
「端折り過ぎだろ」
「坊っちゃんなら、色々と察しているのではないですか? ――そう、坊っちゃんならば」
「俺ならって……まあわからんでもない」
聖女の魔力を元にして作られたと言われているが、悪魔が自分にとって劇物である魔力をどうこうできるとも思えない。
「あれか、障壁自体は公爵家に連なる王都の青い血で賄われてる感じか。無駄に貴族の数が多いのとか、一つの学園に集めるのとか、それで説明が付かなくもない」
史実では聖女の魔力を元に作られたと語られてはいるが、実態は大きく違うのだ。
古の賢者は、民を守るためではなく、一人の愛した女のためだけに、あの巨大な守護障壁を作り出したのだった。
死者の魂が魔素の一部として霧散しないように。
障壁の中にとどまるように。
「御名答でございます」
「そして古の賢者は、この鳥かごの中でいつか再び誕生する聖女を待ち続けているとか、そんな感じか?」
「さて、どうでしょう?」
「そうとしか思えないけどな」
ゲーム内で聖女の力に覚醒する切っ掛けが、過去の聖女が身に着けていたアクセサリーなんだ。
生まれ変わった古の聖女と、いつか再び巡り会うために用意されたものとしか思えなかった。
俺は、この王都や国のことを乙女ゲーの舞台装置だなんだと揶揄していたが、本当に古の賢者に用意されていた代物だってことである。
古の賢者に見た目がそっくりな現代のエドワードをベリアルが回収していったのも、この時に何かそういった取引がされていた可能性も否定できない。
壮大過ぎる。
エドワードルートが非常に簡単に設定されていたのは、過去の賢者の願望みたいなもんなのか?
だとしたらエドワード以外のルートに行ってしまった時とかどうなるんだろうな?
まあそれはあくまでゲームの話だから関係ないことか。
この世界はゲームの世界だと思っていたが、この世界のごちゃごちゃがゲームの元になっている可能性もありそうだ。
まあ重要な部分が聞き取れなかったから真実は知らないけどな。
話を移ろう。
「で、間に合わなかったとされる初代勇者はどうなってんだ?」
「それはこちらです」
待ってましたと言わんばかりに、セバスはパチンと指を鳴らすと再び映像が脳内に流れ込む――。
――グシャッ!
いきなり強烈な音が脳内に響き、不様に倒れ込む古の賢者エドワードの姿があった。
『臭うぜ、クソみたいな悪魔の匂いがな』
もちろん賢者を殴ったのは、古の勇者ラグナ。
鼻息を荒くしたラグナは、怒りを堪えるようにギリギリと歯を食いしばりながら上空を指さした。
『どういうことだ?』
場所は王城正面。
雨が降ったりやんだりを繰り返す曇天に、薄い皮膜の様なものが広がって王都全体を包んでいる。
ゆっくりと立ち上がったエドワードは、口に溜まった血を吐きながら言った。
『……遅かったな、王都を守る障壁だ。これが上層部の出した答え』
『パトリシアはどうした』
『…………』
『パトリシアはどうしたって聞いてんだ!』
『いるじゃないか』
そう言って、空を見上げるエドワード。
その瞬間、ラグナはエドワードの襟元を掴み上げ、白の壁に叩きつけた。
『どういう意味だ、ぶっ殺すぞ』
『ぐふっ、そのままの意味だ』
壁に叩きつけられたエドワードは血反吐を吐きながら答える。
『彼女の意思に従い、公爵四家は聖女の魔力を用いた守護障壁を王都全域に展開した。選択肢はそれしかなかった』
『ッッ! お前なら、その無駄に良くできた頭で他に方法くらい――』
『――なかったんだ!』
ラグナの言葉をエドワードは大声で遮った。
『遅かったんだよ。お前は城下町を囲う壁の崩壊を見たか?』
『……』
『魔物ではなく敵国からの砲撃。仮に王国に蔓延する瘴気を浄化したとして、敵は魔物だけじゃない。そしてこの国に戦う余力はない。一人でも多くの民を救うために、彼女はその身を捧げたんだ』
『……』
『私よりも付き合いの長いお前ならわかるだろう? パトリシアがどんな決断をするか、くらい。遅かったんだ何もかも、遅かったんだ……』
『……わかった』
パトリシアとそれなりに付き合いのあったラグナは、あいつならその選択をし兼ねないとエドワードの言葉を受け入れた。
だが力無く項垂れることはなく、すぐにエドワードの目を真っ直ぐに見定めて言う。
『なんて言うわけないだろ?』
振り抜かれたラグナの拳。
硬い石造りの壁は簡単に崩壊するが、エドワードはスッと空間を移動するように彼の後ろに逃れていた。
『誰だ、テメェ』
睨むラグナを前に、エドワードはクフフと笑いながら拍手をする。
『今のは本当に殺す気だったな? 親友とも言える人物を前に。一騎当千を夢見た家畜共の理想の果てとは思えない、すごく野蛮だ』
男でも見惚れてしまう程の金髪は、いつの間にか半分だけ赤黒く染まっていた。
同時に、声質もエドワードのものから大きく変わる。
『悪魔か、どうりで臭いはずだ』
『臭い? クフフ、名前すらない雑魚と同列に語るな。私の名はベリアス。公爵四家によって呼び出された、ある意味この国を救う勇者のような存在だ』
『ハッ、笑わせんなよ』
『それは私のセリフだ』
次はエドワードの声になった。
まるで本人が言っているかのように、ベリアスは告げる。
『信じて待っていた。私もパトリシアも、お前の帰りを待っていた。だが来なかったじゃないか。ギリギリまで時間を引き延ばしたと言うのに、お前はあの場に来なかったじゃないか』
『……ふざけやがって。返しやがれ』
『良いだろう』
殴りかかろうとしたラグナに対して、エドワードの身体を乗っ取ったベリアスは、軽い返事と共に自分の胸に手を突き込んだ。
『なっ!?』
ブチブチと血管が切れるような音がして、エドワードの心臓が抉り出される様子に思わずラグナの足が固まる。
『クフフ、情けない。勇者とも呼ばれる男が一歩も動けないとは』
口から大量の血を吐き出すが、なんてことないような表情でエドワードの身体を乗っ取っているベリアスは抉り出してなお脈打つ心臓をラグナに差し出しながら告げる。
『ほら、返して欲しいんだろ?』
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