84.勇者の血筋らしい


 ブレイブの血筋だの、勇者だの、さも当然とばかりに話す二人の会話に首を傾げる。


「……知らなかった? ブレイブ家の血筋なのに」


「仕方のないことだ」


 エドワードは肩を竦める。


「王家でもその情報は断片的にしか残っておらず、かなりの量を破棄されているからな? 秘匿とされてきたのだ」


 聞けば、ブレイブ家の祖先は古の賢者が生きていた時代にいた勇者であるらしい。


「驚いたか【蛮勇】よ! 本当は然るべき時に言うつもりだったのだが、話の流れでつい興奮して漏らしてしまった!」


 鼻をフンフンと鳴らしながらエドワードは「迂闊!」と続ける。


「本当ならば賢者祭典にて【番犬】の正体が勇者の血筋を持つ【蛮勇】であることを貴族たちの前で明かしたかったのだがな! フフン!」


 計画がズレてしまったとぼやくエドワードだが、隠された二つ名を明かすなんて、本当にどうかしてると思った。


 隠してる意味がない。


 いや、明かす快感があるからこそ隠しているのだろうか?


 そんなことよりもエドワードの決めた変な二つ名が公衆の面前で大公開されてしまう、そんな事態の方が一番ヤバいと思った。


 阻止しないと、なんとしてでも。


「あくまで裏の呼び名だから人前で言うのはやめとけよ、殺すから」


「【蛮勇】がそう言うのならば仕方がない」


 仕方ないで済む話じゃないんだがな……。


 しかし、こいつ俺の割と強めの殺気を前にしても飄々としているなんて、やっぱりただものじゃない。


 ウェンディの方は、顔を青くして居心地が悪そうにソワソワモジモジとしている。


「どうしたウェンディ、トイレか? 生徒会室にあるから使うが良い」


「そういうわけじゃない。あの殺気の中でよく平気でいられる」


「フフン、重たい宿命によって培われたその殺気、この王都で出せる奴はそういない。影の道を歩む者としては常に浴びて慣れておくことこそが重要である、――アッフン」


 ヤバすぎる言動に唖然としていたら、どうやら痩せ我慢していたらしく吐血と同時に気絶した。


 だが、その表情は幸せそうな表情をしていた。


 ただものじゃない、ただの変な奴だ、こいつは。


「一国の王太子だった人物が、どうして?」


「知らねぇよ」


 気絶したエドワードをまるで汚物でも見るような視線で見下しながら言うウェンディにそれだけ返しておいた。


 勝手にこうなってたんだ。


 こっちが聞きたい、どうして。


 それもこれも攻略ルートを中途半端に進めて、ただ途中で俺が邪魔しただけで簡単に手放したパトリシアが悪い。


 え、聖具を奪ったのが悪いって?


 そんなもんパトリシアが最初から成り代わらなければ済んだ話だ、俺は知らんもんね。


 頭の中でそんなことを考えていると、ウェンディが呟く。


「過去、300年ほど前のこと。賢者と勇者、聖女の三名が、人同士の戦乱や魔物との生存競争にて荒れた世の中に平穏をもたらした。その象徴がアレ」


 生徒会室の窓から星が広がる夜空に見えるのは、薄っすらと膜のように広がる巨大な守護障壁。


「その時、賢者と勇者は袂を分かったと言われている」


「聖女の肉体使ったんだ、そりゃ勇者もキレるか?」


 もし、勇者が聖女を好きだったのならば、だ。


 そうして古の賢者が作り出したのが今の世界だと言うならば、聖女の生まれ変わりが子孫と再び出会うなんて……。


 本当に、まさに、仕組まれた恋物語って感じがした。


 ムカつくなあ、なんだかそれは。


 最初から、生まれた時から、アリシアはどれだけ努力をしたところでこうなってしまうのが決まっていたみたいでやっぱりムカついた。


「私が聞かされた話では、その時代は仕方なかったとも記されている。戦乱に次ぐ戦乱で民は疲弊しつくしていた」


 そしてエーテルダムは民の残った王都を守ることに注力し、ブレイブは強大な魔物の巣食うユーダイナ山脈の傍に領地を構えた。


「今の貴族がどうしてブレイブを毛嫌いするのか、それは血約によるものでもあり、時代と共に変質していったともされている。ブレイブの血にそういった拘束力はあまり意味をなさないから」


「特別製ってこと?」


「さあ? 詳しくはわからないけど、私は触れれば最後、徹底的に命が尽きるまで抗ってくる面倒な血筋だから、触れるなと言われているだけ。だから触らぬブレイブに祟りなし」


 突然聞かされた昔話。


 勇者だとか聖女だとか賢者だとか、特別な血筋の話って、なんだか今まで必死に生きてきたことを否定されたような気がして不愉快である。


 幸せそうな面で吐血しながら気絶するエドワードを見て、こいつの感じていた気持ちを少しだけ理解できた。


「それでブレイブ、私たちはどう動く?」


「どう動くとは?」


「これから始まる王位簒奪、あのハゲが継承権すら失えば私は死ぬ」


「そんなのこいつが勝手にやったことだろ」


「……血も涙もない」


 と、そういうウェンディの表情は無表情。


 自分の方が血も涙もない顔してないか?


「情報は話した。貴方に変わって周囲の警護も受け持つ。せっかく寝返ったんだから生き延びさせてほしい」


 と言うか、とウェンディはさらに言葉を続ける。


「生きるために私とハゲは戦わなきゃいけないし、恐らくハゲは貴方を巻き込む気満々、というか貴方の戦う姿を一番近くの特等席で見る気満々では?」


「うわぁ……」


 ハゲと共闘するのだけは何かすごく嫌な気分だった。


 勇者と言われるよりも不愉快である。


 だって、戦ってると隣で「フフン! さすが勇者である!」とか毎回自分のことのように鼻をフンフンさせてきそうだもんな?


 嫌過ぎる!


「判断は貴方に任せる。もっとも手を退いても私との繋がりが切れた時点で【ブラッディウィーク】には寝返ったことが伝わっているだろうし、貴族側は過剰なほどに警戒を強めて何かして来ると思う」


「どっちに進んでも結局そうなるのね」


「そう」


「じゃ、俺の出す答えは――」

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