80.ブラッディウィークのウェンズディ


「目的? そっちが勝手に突っかかってきてるだけだろ」


 秩序が揺れ動く、その言葉の意味は何なのか。


 物語の破綻を指すのならば、そんなもんとっくの昔に主人公が成り代わった時点で変革してしまっている。


 そういう意味ではなく、あくまで学園の秩序の話ならば、そんなもんカストルの自業自得であり、狂っていたモノを戻したに過ぎないのだ。


 どっちにしろ、よくわからんな。


「主語がでかいから何について聞いてるのか知らんが、言いたいことがあるのならば直接出てきて物を申せ、それが答えだぞ」


 手土産も手土産になってない。


 命を狙う奴らとは別の組織であることを主張したいのだろうが、俺たちからすれば誰だって同じで敵である。


「持ってくるなら雑魚の首じゃなくて、ベルダ・フォン・スラッシュの首にすることだな」


 今、俺たちの邪魔をしているのはスラッシュ家のご令嬢だ。


 そう断言できる理由は、こうして家の地位を使って裏から何かをして来ることがゲームの世界での手口と酷似しているからである。


「それはできない」


 俺をジッと見据えながらウェンズディは「ただ」と言葉を続ける。


「特に何かをするつもりがないのならば、本当に平穏な学園生活を送りたいだけならば、ペンタグラム家、スラッシュ家の両家は特に貴方の邪魔になるようなことをするつもりはない、と」


「イグナイト家は?」


 今までの襲撃にはイグナイト家が多く関与していた。


 そしてウェンズディがあっさり殺した奴らは恐らくイグナイト家が差し向けてきた刺客であると言える。


「お前の雇い主はペンタグラムとスラッシュかもしれないが、殺した雑魚はイグナイトだろ?」


「よく気が付いた」


「お粗末過ぎる」


 勝てもしないのに雑魚だけ集まって、何でこうも質が違うのか。


 財務に深く絡んできた家系故に、金払いがいいんだろうな?


「イグナイト家に関しては知りえません。所詮、王政に関わることができずに裏でこそこそあくどいことしか企めない小物公爵家」


 裏ではそんな扱いを受けているのか、イグナイト家。


 パトリシアは俺よりも秩序を壊しているだろうから、彼女とジェラシスの留学は、今の俺のように裏で圧力をかけられた結果か。


 結局のところ。


 物語の主人公でもない奴が、主人公を気取るなんて無理なのだ。


 ゲームの世界では、学園長であるヴォルゼア・グラン・カスケードが影ながら支援をしていたからハッピーエンドを向けることができたのである。


 あのジジイは、公爵家の出であり、貴族の息子たちを育てる教育者であり、賢者と認められるほどの腕前を持つ英傑なのだ。


 この王国での立場もかなりのものである。


「コバエが一番鬱陶しいだろ?」


「では、圧をかけるようにブラッドウィークの方から」


 すんなり話が進んでいく様子に、若干の違和感を覚えないこともないのだが、単純に学園生活を邪魔しないのならばそれでよかった。


「おい、一つ良いか?」


「何か?」


 振り返るウェンズディに最後に一つだけ聞いておく。


「ペンタグラム家は、カストルの件で俺をどうしたい?」


「謝罪するつもりでも?」


「謝るつもりは毛頭ない」


 自業自得だろ、あれは。


「成績も下がり生徒会に入れず、無理難題を押し付け勝手に挑んだ決闘でも敗北、死んで然るべきかと」


 裏稼業の住人も俺と同じような考えを持っているらしく、どうしようもないと判断しているようだった。


「酷い親だな?」


「並以下では、権謀術数の世界での生存は不可。フォンの名前に血の地位はなく、全ては努力の賜物」


 そういう教育方針ならばカストルが必死になるのも頷ける。


 ゲームの世界でも両家を納得させられる理由を持ち込むことで、認められてハッピーエンドとなるのだから。


「では――」


 もう特に聞く用事もなかったので大人しく見送ると、空中に飛び立ったウェンディは去り際にこう言った。


「――最後に両家からの伝言、お披露目は今月。ブレイブの血が大人しくしているのならば、奇跡の再来を楽しみにしておけ、と」


「それを詳しく話してもらおうかな」


「ッ!?」


 障壁を展開して身体を爆速で上空に跳ね上げると、ウェンズディの頭上目の前に障壁を展開し着地した。


 そのまま障壁に足をくっつけて逆さまの状態で、驚いた顔で固まる彼女と話す。


「ペンタグラム家がカストルのことで怒ってないなら、どうして学園長は話し合いに手間をかけてんだ?」


 俺の黒歴史映像騒ぎの時にアリシアが言っていた。


 学園長はカストルの件で揉めにもめて大変な状況になっているからすぐには対処できないと。


 じゃあ、別の問題が起こってると言っても過言じゃないよな?


 ちょっとした違和感の正体がこれだ。


「奇跡の再来? そんな意味深な言葉残して逃げれると思ってんのか。俺を止めている間に、何をしようとしてんだ?」


 ヴォルゼアが個人的に動くとすれば、マリアナのことである。


 何か知ってそうな本人から直接守れと言われたのだ。


 ジジイは俺の言葉を守ってカストルに厳しい処罰を下したので、裏でその分は働いてやることにする。


「貴方には関係のないこと。黙っていれば学園での安全は保障される」


「俺と同じような奴の言葉を信用すると思ってんのか?」


 中立的な陣営の人を殺しても何も思わない奴の言葉だ。


 俺含めて、信用には値しない。


 ならばどうするか?


 担保を預かるか、どちらかが死ぬまでやり合うしかないだろう。


「そもそも安全なんて誰かに保障されるもんじゃねえよ。生殺与奪の権を他人に握らせた時点で、それはもう死んでる」


 わかるだろ、怪しい裏組織の連中ならば。


「……ならこの場に来た時点で、貴方に生殺与奪の権を握られてたってこと? 触らぬブレイブに祟りなしとは、このこと」


「誰が作ったんだそんな言葉?」


「ゴールデンウィーク」


 急に、超大型連休を告げられて思わず真っ逆さまに落ちそうになった。


「シルバーウィークもいそうだな」


「さすがブレイブ、よく知ってる」


 いるんだ。


 13日金曜日に出現する仮面を身に着けた特殊なキャラも、もしかすればこいつらの仲間なのかもしれない。


「13日金曜日にいる奴はフライデーか?」


「フライデー唯一の休日まで知ってるとは、貴方、ブラッディウィークをどこまで調べている」


「あ、いや……もういいや、うん」


 製作スタッフがそういう設定を遊び心で作ったついでに、こいつらも生まれてしまったような、そんな気がしないでもない。


 まあ、それを言い出したら俺もか?


 いや、俺はどうして生まれたんだろうな、なんて思いつつ、まあここはゲームとは違って普通に現実世界かと思い直す。


「私の知りえない情報を知っているとは、流石は【蛮勇】、私が【影】として認められるのもまだまだ先か……」


「お、生きてたのか」


 エドワードが、優雅なポーズのまま上空へと上がって来た。


 優雅なポーズをしているが、全身血だらけで息も少し荒めである。


 必死にダサいところを隠そうとしてる姿って、結構ダサいよな。


 俺も気をつけようっと。


 呼吸を無理やり戻して、エドワードは優雅なポーズのまま告げる。


「本来ならばやり返したいところだが……【蛮勇】が生かすのならば貴様に選択肢を渡そう。この場で情報を吐き出して殺されるか、大人しく我らの陣営に加わり影となるか」


 また勝手に言ってら。


「無論、血の契約を交わすのならば悪いようにはしない」


「ちなみに血の契約ってなに?」


 知らない言葉が出てきたのでエドワードに聞いてみる。


「魔力を込めた血の文字にて契約を交わすことだ。古より王家に伝わる魂に作用する誓いである。禁術書庫で読んだ」


 そんなものがあるのか、悪魔みたいな魔術まで使えるなんてとんでもねえな王家。


 つーか王家とか言っちゃってるけど、こいつ絶対隠す気ないよな?


 そもそも仮面が生徒会でつけてるものと少しだけ違うのだが、本当に少し違うだけで同じようなデザインなのだ。


 ツルツルスキンヘッドで仮面をつけた優雅な振る舞いを行う奴なんて、100人に聞いても100人がコイツだって言うぞ。


「2対1なら私の負け。生き残れる方に付くのが当たり前。でもハゲローブの言う血の契約を私は受けているからどちらにせよ死」


 そらそうだ、としか言えない。


 それなりに権限を持った相手であれば、裏切らないように細工をされているに決まっているのだ。


 肩をすくめながらウェンズディはさらに言葉を続ける。


「どちらも死なら、死に物狂いで抵抗して僅かでも生き残れる方に掛けるしかない。ハゲローブは手負い、あとはブレイブだけだもの、全力で抵抗すれば生きて逃げることくらいは可能」


「フフン、そんなお前に提案だ」


 身構えるウェンズディに、エドワードは楽しそうに鼻を鳴らしながら言った。


「私ならば上書きできる。権限を持っているからな! フハハ! ゲホッゲホッ、まだ内臓にダメージが残っているな、しかし吐血も優雅にできてこそ影である、グボァッ」


 エドワードは盛大に吐血した。


 汚いなあもう。

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