79.触らぬ神に祟りなし


 生き残った一人からエドワードが情報を聞き出している間に、俺は死体の処理だけをやっておく。


 死体を魔素と分離をしてしまえば、抵抗力の無くなった死体は魔術による炎で一瞬にして消し炭になった。


 エドワードが酸素濃度を極めて薄くしたとしても、燃焼材料が魔力ならば関係なく炎は出る。


「さあ吐くんだ、どれだけ叫ぼうとも貴様の悲鳴は外に響かない」


「う、ぐ、ぅぐ……」


「叫ぶこともままならないか、少し喋りやすくしてやろう」


「ゲホッゲホッ!」


 尋問するエドワードを見ながら思う。


 無詠唱魔術が単純な風属性ではなく大気操作、それも思いのままに大気を動かすのではなく、その成分を緻密に操作できるのは中々いない。


 日中襲い掛かってきた暗部の魔術師とかいう連中を思い返してみろ、空拳のカラなんとかは、空気を押し固めて見えない拳のように扱っていたのを見るに、相当な力である。


 こうした発現には、各種魔術への理解という基礎が関わっているのだが、俺と同じようにあらゆる属性の魔術を深く学んでいるんだろうな。


 魔術学園を卒業した貴族の内、家督を継げない者の大半は宮廷魔術師としての位を得るものが多いのだが、そのための基礎力を培っていると考えれば、まあ無詠唱をまだ教えないというのも理解できる。


 もっとも強い意志がなければこれほどまでには至らない。


 影として認めろ、か。


 良いだろう、エドワード。


 元の甘っちょろい考えが生命の危機と呼べるほどの体験をもって消えたのならば、お前を影として認めてやってもいい。


 ただ、次の相手は少しきついか――?


「俺、を、どうしよう、と……何も、知らないぞ……」


 息も絶え絶えとなったどこぞの魔術師が言う。


 その眼には絶望はなく、まだまだ何か真打を隠しているような、そんな光が灯っていた。


「ヤバい奴が、カハッ……いることくらい、知っている、だから――連れてきた」


 その瞬間、目の前に立っていたエドワードが激しくぶっ飛ばされた。


 死んだかな、とエドワードの方に目を向けると、吐血しながらもギリギリのところでふわりと浮かんで勢いを殺していた。


 仮面が半分割れて表情が見えるのだが、白目を剥いて完全に気絶しているようだった。


 なるほど、無意識下でも安全装置として無詠唱魔術を行使できるのか、これは評価を少し上げておこう。


 ただ気絶によって操作していた大気は元に戻り、尋問を受けていた魔術師は何とか回復魔術を使って立ち上がっていた。


「ゲホッゲホッ、助かった……」


「誰、あのハゲ仮面。聞いてた話と違うけど」


 立ち上がった魔術師の正面にスッと現れたのは、黒装束に身を包んだ小柄な魔術師だった。


 顔は見えないが、声で女だとわかる。


 女の疑問にさっきまで尋問されていた魔術師は首を横に振りながら答えた。


「さあな。でもあいつも相当な実力者だ、大気を弄れる」


「ふーん」


 興味なさそうな声でエドワードの方を向きながらも黒装束の女の意識は俺にずっと向けられているのが分かった。


 警戒されている。


 ジッと窺っていると、俺に向き直った女は言った。


「国境の守りは良いの? 辺境の守り手さん?」


「捨て地の猿とは呼ばないんだな?」


 魔術師相手に、そういわれたことは一度もない。


「そんなの勝手に呼ばせておけばいい」


 女はくすりと笑う。


「この場で貴方と戦う気はない、会いに来た」


「なっ!」


 女の言葉に隣にいた魔術師が血相を変えたように慌てだす。


「どういうことだ!? 俺の部下が全て消し炭にされたん――」


「――無知を恥じて」


 そう言って、女は魔術師の首を撥ね飛ばした。


「触らぬブレイブに祟りなしって、貴方知らなかったの?」


 バタリと倒れて首元から大量に血をまき散らしながらビクビクと痙攣する魔術師を無視して、撥ね飛ばした首をキャッチした女は言う。


「私の役目はあくまで交渉。これ手土産」


 い、いらねえ。


 触らぬブレイブに祟りなしって、捨て地と恐れられている状況とそんなに変わらないぞ。


 言い方を変えているだけだった。


 つーか、後が残らないように消し炭にしてるってのに、後片付けのことを考えて殺せよな……。


「どう? まだ喋るよ、貴重品」


「き、ききき、きさきさ、貴様貴様貴様」


 目を剥いて壊れた玩具みたいに貴様貴様と連呼する魔術師の首。


 無詠唱による回復魔術の行使によって数十秒ほど喋る余裕がありそうだが、まともなことを言える精神じゃなくなっている。


「遠慮しとくわ、逝かれた人形遊びする年じゃないし」


 投げ渡されたのだが、悪趣味過ぎるので手で払って粉砕しておいた。


「で、交渉って?」


 そのまま本題へと入る。


 手土産まで準備して話がしたいのならば聞いても良い。


「私はウェンズディ。私たちブラッドウィークに依頼があった。依頼主はペンタグラム家とスラッシュ家」


「へえ、そこまで言っていいんだな」


「ある程度の譲歩は仕方ない。権限を貰っている。今の貴方と相対し、そこまで言わなければ会話にならないと判断した」


 わざわざ依頼主の名前までいうことはかなりの譲歩だった。


 バレてもいいと思っているのか、それともうバレているとわかった上で行動しているかのいずれかである。


「それで?」


 短く尋ねるとウェンズディという女は答えた。


「貴方の目的が知りたい。この学園に来てから秩序は揺れ動いた。変革を求めるのはブレイブ家の意志であるのか、そうじゃないのか」



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