44.気まずいトレイン


「でもまあ、思ったよりも静かで良いんじゃねーの?」


「だろう? 王都では静かに過ごすことは難しいからな……」


 ボックス席に対面で座って、備え付けのテーブルに肩ひじついて外に目を向ける攻略対象キャラの二人。


 一人は【エドワード・グラン・エーテルダム】、この国の王太子でありアリシアの元婚約者だ。


 もう一人、エドワードにくっ付いてきた茶色い短髪の男の名前は【クライブ・フォン・グングボルグ】、こいつも攻略対象キャラの一人であり、代々王都近衛騎士団団長を務めるグングボルグ侯爵の息子である。


 簡単に言うなれば、自分の強さに絶対的な自信を持つ勝気な性格の槍使いと言った形だろうか。


 イケイケで言葉遣いは粗暴だが、裏も表もない真っ直ぐな姿に心を打たれたファンが存在する。


 通称、槍漢。


 こうしたエドワードのお忍びには率先してついていくので、エドワードルートでは意外と登場の多い人物でもあった。


 親が近衛騎士団団長だから、小さな頃からエドワードを守るように言われてたのが理由だろう。


 そんな連中が隣に来てしまったおかげで、俺は激しく気まずい空気の中にいた。


「……ぁぅぁぅ」


「……よしよし、もう大丈夫よ私がいるから」


 アリシアは、うわごとを呟くマリアナを撫でながら目を閉じている。


 一応彼女は、彼らのクラスメイトでもあるのだが、この様子から察するに事務的な絡み以外は一切ないんだろうな?


 俺は別車両にいたから遭遇時の状況はわからないのだが、それを聞く前にアリシアに座るように言われてしまったし、もはや何が何だか。


 ちなみに他の乗客はいない。


 まさかとは言わんが、殿下が乗ることはバレていてこの車両の座席は予め空けられていたということなのか?


 だったら俺たちの予約も通すなよな!


「……はっ! また私気絶してました?」


「そうね」


「あっ、あう、ちょ、アリシアそんなに撫でないでくださいよ、恥ずかしいじゃないですか……」


「今は大人しく撫でられておきなさい」


「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……まさか、この一般車両に王族の方が来てるわけありませんもんね? はぁびっくりした」


 アリシアにゴロゴロと懐く姿はまるで猫のようだった。


「うーんアリシア柔らかいごろごろにゃー」


 いや猫だった。


 気絶して頭がバグったのか?


 今後そこは俺の位置となるのだが、今日くらいは譲っておこう。


「……目を覚ましたのか? 急に泡を吹いて気絶してしまったが、本当に大丈夫なのか?」


 そんなアリシアとマリアナに、何故かエドワードが声をかけた。


「ぴっ、夢じゃない!? ぶくぶくぶくぶく」


 それでマリアナは再び気絶してしまったので、アリシアは溜息を吐きながらエドワードに言う。


「はぁ……彼女は過去の事故で貴族にトラウマを抱えているの。だから私たちはいないものとしてそっとしておいて欲しいと告げたはずです」


 なんだ、俺が戻ってくる前にそんなことが起こっていたのか。


 しっかり忠告していたのに、エドワードはさらに言葉を続ける。


「いやしかし」


「エドワード殿下。ここは一般車両。王族が迂闊に来ると、こういう事態も起こりうると考えた方がよいでしょう」


 マリアナの気絶は特殊な事例だが、普通に一般客の気持ちを考えて欲しいもんだ。


 同じ車両に王族が乗ってきて、何かあった場合、問答無用で処刑される可能性もあるだろう。


 狙われる危険もさることながら、お互いに死の危険をはらんでいるレベルの地位なのだ。


 そういえば、トイレで遭遇した敵が別のだかなんだか口走っていたが、もしかしてエドワード狙いで動いてるってこともあるのだろうか。


 すごい迷惑だ。


 また面倒な奴と同じ車両になってしまったもんだな、と黙って空気になりながら心の中でやれやれしていると、エドワードは言った。


「……まだ、そんなことを言うのだな、君は」


 悲しい目でアリシアを見つめるエドワードは、さらに言葉を続ける。


「学園に戻ってきて、平民であるもう一人の賢者の子弟とも仲が良いのも知っていた。だから変わったんだなと思っていたが……君に私の言葉は届いていなかったんだな……」


「ここは学園ではありませんので」


「あの時、君に伝えた本質はそこじゃないんだ。まさか、賢者の子弟と共に行動しているのは親に命令されたからなのか?」


 余りにも何も考えていないこのセリフに、腹が立った。


 実際に起こった婚約破棄の場面について、俺はアリシアから一切聞いちゃいないが、ゲームでは親が勝手に決めた婚姻と、その親の言うことばかりを聞いてきたアリシアのことを窮屈に思っていた旨の鬱憤が語られている。


 本当に、どうしようもないな。


 学園という特殊な環境を笠に着てのキャッキャウフフや、こうしてお忍びごっこができているのもその地位のおかげなのだが、この王子の中では違うんだろうな。


 これは自分で決めた道だ、みたいな感じで思っているのだろう。


 ――殺すか、王族。


 そう考えた時、思わぬ人物が言葉を発していた。


「ア、アリシアを馬鹿にしないでください!」


 マリアナが、身体を震わせながら今にも泣きそうな目でエドワードを睨みつけていた。

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