33.通用しないを地でいく男
色々あったもののダンジョン実習は始まりを迎えた。
いったい誰の策略なのか、何故か俺たちが先陣を切ることになる。
「たぶん俺のせいだな」
そう呟きながら、俺は忌々しそうな目で睨んできた試験官の顔を思い出していた。
事故を装うためか、それとも最初の露払いか。
「気にしてないわよ、このくらい」
「アリシアは私が守りますから!」
隣にいるのは、この魔術大国で英才教育を施された才女。
そして身分を超えて学園に合格した賢者の子弟である。
百人力だ。
実習範囲の浅い階層ならば遠足気分で帰ってこれるレベル。
「ラグナ、前に連れていってもらったブレイブ領の山脈に比べたら安全なんでしょ?」
「もちろん」
あの時は魔物の掃討後だし、オニクスが近くにいたから一切魔物は出現しなかったが、多いシーズンはうようよいる。
ダンジョンに出てくるものと違って、血に飢えた魔物が人間を餌として容赦なく襲い掛かってくるのだ。
「でも初めてのダンジョンなので緊張しますね……!」
「そうね、気を引き締めていきましょ?」
「うん、楽しみだ」
ダンジョンって不思議だよな?
ダンジョンに生息する魔物はどこから生まれてくるのだろう。
生態系はどうなっているのか、本当に謎である。
そもそも何のために作られたんだろうな?
まあなんだって良いんだけどね。
「楽しみだって、まるで遠足気分ね?」
「ブレイブ領のダンジョンはもっとすごいよ?」
そもそもダンジョンの入り口で談笑なんてできない。
安全の確保なんて、そもそもされてないからだ。
まるでダンジョンの中に追い込むように容赦なく襲い来る。
そしてダンジョンの中にはさらに大量の魔物がいて終わりだ。
「初陣上等。全部狩り尽くしてやる」
ダンジョンの魔物は倒すと核の様なものを落として霧散する。
中に魔素を貯め込んだ魔核と呼ぶ。
それは魔術の発展した国にとってそこそこ重要な資源だった。
売れるので稼ぎ時でもある。
アリシアとの倹約生活に別に文句はないが、マリアナの店でコーヒーにも色々な種類があると知ってしまった今、贅沢したい。
「フフフフフフ」
「ラグナさん、すごく笑ってますね……?」
「気にしないでいいわよ?」
「そうなんですか?」
「今は王都で借りてきた猫みたいになってるけど、ブレイブ領だと突拍子もないことし出すから……たぶん久しぶりのダンジョンでテンションが上がってるのね?」
聞き捨てならないな?
ブレイブ領では普通なんだが?
何にせよ、最初にダンジョンに入ることができたのは上等である。
どこかでこのダンジョンに隠されている聖具を見つけなければならなかったからだ。
学園内に存在するダンジョンは、普段は生徒が入り込まないように、国の騎士団が警備をしている。
今がチャンスだ!
それからは主に俺が魔物を殺し続けてダンジョンを進み抜いた。
出てくる魔物を切り捨て、殴り飛ばし、先へと進む。
生徒が入ってもいい階層には、致死率の高い罠は存在しない。
はずだったのだが……。
「ラグナ大丈夫? 毒矢が命中してたけど」
「直撃してましたけど……?」
時折飛び交う毒の仕込まれた矢は明らかに殺意を感じ取れた。
狙いは俺か、アリシアか、マリアナか?
全員だろうな?
誰が仕掛けたのか裏が取れれば、そいつを殺そう。
殺すつもりだと言うのなら、殺されても文句は言えない。
「平気」
俺の得意な魔術は障壁であり、自由に形を変更できる。
それこそ身体の周囲数ミリに保護膜を形成できるほど。
この障壁の保護膜は、無意識下で致命的な事象を通さないように設定しているので、奇襲を受けても安心安全である。
致命的な事象とは、一定以上の速度を持った物や一定以上の魔力が込められた魔術。
「当たったように見えて、薄皮レベルでギリ当たってないんだよね」
「相変らずとんでもない芸当ね?」
「最初は苦労したけど、10年以上続けてたらこうなるよ」
3歳の頃、魔物に生死を彷徨う傷を負わされた。
死ぬのが怖くて、森の中でいきなり襲われても全身覆えば関係ないという発想から生み出された。
最初は意識的にやるしかなくて、脳が焼け焦げるんじゃないかってくらいの集中力を要したし、魔力が尽きて気絶して死にかけた。
途方もない訓練の結果、血みどろの戦争の結果、その果てに無意識下で出せるようになったのだ。
「うわぁ、とんでもなく綿密で、とんでもなく繊細ですね!」
メガネをクイクイと動かしながら、マリアナは興味深そうに鼻息を荒くしながら俺の身体をペタペタと触る。
「ごほんっ、マリアナ? 一応私の婚約者よ? こんなでも」
「あ、すいません。魔術となると気になって仕方なくて」
こんなでも、って何だよ?
もともとこんなだよ。
これからもこんなだよ。
「制服を着てる時はわかりませんが、意外と筋肉も……」
ずーっと戦ってたら戦うための筋肉になるもんだ。
逆に執務をやったことがなかったから本当に腱鞘炎辛かったのである。
アリシアが来てくれてよかったと心の底から思ったわけだ。
ちなみに脱ぐとあんなところやこんなところも傷だらけです。
「聞くだけだと万能っぽいけど、弱点はあるの?」
「あるよ」
アリシアの疑問に素直に答えておく。
「魔力が尽きたら普通に使えないよ」
身体を拘束されて、俺の持つ魔力量を超えるレベルで連続的な攻撃を受けてしまった際は消耗しきって貫通する。
他にも、俺の想定していたものを超えるような規模の攻撃も無意識下では難しい。
例えば、満腹状態のオニクスが寝ている状態の俺に全力で牙を剥いた時は食べられてしまうね。
可能な限りそうならないように対処するし、万が一の際の切り札ももちろん準備はしてあるが、許容を超える奇襲には弱いのが難点である。
「ちなみに魔力は尽きることってあるの?」
「アリシアさん、俺を何だと思ってるの……?」
「ラグナ」
「はい、ラグナです」
いや、答えになってなくない?
本当になんだと思っているのやら、困ってしまうよ。
「そうだ、とりあえずアリシアもマリアナもまだ無詠唱で魔術が使えないなら夏季休暇を利用して特訓しようか。ブレイブ式の訓練で」
魔術学園で無詠唱なんて教えていない。
戦闘のための魔術は卒業後にそういった進路へ進んだ場合にのみ、改めて学ぶことになる。
今後を考えると、ある程度の力を身につけてもらうのは必須だ。
ブレイブ式ブートキャンプで無意識下の魔術くらいは使えるようになっていただこう。
「わあ! いいんですか? それは嬉しいです!」
「し、死なない程度によろしくね……」
無邪気に笑うマリアナだが、ブレイブ家を多少知るアリシアは訓練の過酷さを想像できたのか青い顔をしていた。
今後の厄災にて、ある程度の自衛くらいはしてもらわないと、守る対象が一人ではなく二人になったのだから仕方ない。
「ま、夏にここよりもっと致死率の高いダンジョンを体験させるつもりだから、今日は見てるだけで良いよ」
何の対策も講じていない状況で罠の中を歩かせるわけにもいかないし、歯痒い気持ちもあるかもしれんが今日は俺が前に立つ。
こういう戦闘パートは俺の主戦場だ。
準備運動にもならんがな。
そう思っていると、何やらメガネをクイクイと動かしながらマリアナがダンジョンの壁際を見つめていた。
「それにしてもダンジョンって何のために作られたんでしょう? どうしてダンジョン内の魔物は倒すと霧散してしまうんでしょう? うーん、改めて入ると不思議ですね?」
そう言いながら、ガッガッガッとどこから持ち出したのか小さなピッケルで壁をたたき出すマリアナである。
「ここは古の賢者が作り出したとされていますが、だとすればダンジョン全体が魔術で作られていたりするのでしょうか? 壁も土属性の魔術だとしたら何とか壊して持って帰ることができないでしょうか?」
「あんまり気にしたことないけど、迂闊なことはよくないよ」
謎ばかりで解明されてないものがダンジョンであり、何が起こるかわからないのがダンジョンの中での常識だ。
だが、俺の言葉も虚しく彼女の元主人公っぷりは発揮される。
「摩訶不思議なことにダンジョン産のコーヒーもあるそうで、いつか飲んでみたいんですよね」
ガコッ。
「ガコッ? 何ですか今の音」
「下! 足元! マリアナ!」
アリシアの声にマリアナが下を向くと、彼女の足元で魔法陣が光り輝いていた。
誰よりも早くアリシアがマリアナを助けようと駆け寄り、俺も空気を読んで彼女たちを囲う魔法陣に乗る。
この魔法陣に見覚えがあった。
悪役時のアリシアが使用した転移魔法陣。
エドワード以外のキャラを選んだ際に用いられるものである。
二人を入口に返してから一人で来るつもりだったのだが、まさかこうなってしまうとは、運命とは本当に恐ろしいもんだ。
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