第3話 ユヅちゃんの感謝

 ご飯も終わってサフランとお茶を飲んでいると今度はサフランから手紙を渡された。封筒には『サフランの保護者になっていただく方へ』と書かれてあった。

「読んでいいの?」

「うん」


 便箋びんせん三枚にびっしりと書かれてる…。すごい…。


『前略 異世界の、サフランをお世話していただく方。

 私はサーキス。サフランは私のことをライオンさんと呼んでいます。ライオンさんというのはニックネームで由来はオズの魔法使いの弱虫ライオンからです。

 サフランは孤児院育ち。私にとって彼女は妹のような存在です。


 口下手な子ではありますが、私達が大事に育ててきました。どうか何卒よろしくお願い致します。

 私達はサフランに医療に関する知識を教えてきました。

 サフランはある目的のためにそちらに参りました。さしあたり、彼女はそちらの方々の信頼を積むためにあなた方の力に加えていただけたらと思います。


 サフランは病院内できっとお役に立てるはずです。

 彼女の能力は回復呪文が小、中、大、完全回復の四種類。それぞれ一日九回、合わせて三十六回使うことが可能です。


 それから重要なものに宝箱トレジャーという呪文があります。元々、宝箱たからばこ解除用の呪文なのですが、昔、私の恩師が応用で人体内部が透視できるということを発見しました。この呪文も一日九回使えます。


 宝箱トレジャーの呪文をサフランは十歳から使い、人体をさながら生きた教科書のように眺めて育ってきました。こちらの世界でも医学知識に関しては彼女に勝る人間はそうはいません。

 有用にお使いください。


 基本的に彼女は中世ヨーロッパの知識しかありません。ある程度予習はしていますが、そちらのルールや文化を学ばせていただけたらと思います。彼女の考え方は柔軟で物事を吸収できる力があると思います(余談ですが私は周りから堅物だとよく言われております)。

 中世時代、という言葉は恩師から習いました。私の感覚では私は現在を生きています。その言葉に違和感しか覚えません。


 それから彼女の嫌いな食べ物は焼き菓子全般。特にパウンドケーキが苦手です。これはサフランの孤児院に赤貧の時代があり、生活費を稼ぐために育ての親に命じられてパウンドケーキばかりを作らされていたからです。味見をするのも嫌がるぐらいです。

 好きな食べ物は冷菓子。プリンなどを好みます。働きがよかった時などにご褒美として与えていただけたら幸いです。』


 ここまで手紙を読んであたしは思った。サーキスというライオンさんなる人はサフランを異世界へ行かせたくなかったんではないだろうか? 手紙を読んでいて愛情を感じる。それにインクがにじんでる…。

「涙…?」


「ああーっ。ライオンさんは泣き虫だからたぶん泣きながら手紙を書いたんだね! イヒヒヒー!」

 んまぁ! なんて恩知らずの子なの! ライオンさんは断腸の思いでサフランを異世界に送ったみたいなのにこの子は! 人としてどうなの⁉


「思ったけどライオンさんって何歳?」

「二十五歳」

 あたしより少し年上なんだ。ふーん。あたしは続けて手紙を読む。


『それからサフランの余暇の過ごし方ですが、そちらの世界にはアニメーションなるものがあると聞きました。それについてはサフランがさぞ楽しみにしております。

 彼女はオズの魔法使いが大好きでよろしければ、オズの魔法使いのアニメーションというものを観せてあげてはいただけないでしょうか。』


 オズの魔法使い? そもそも中世にはもうその物語はあったのかしら? あたしはテレビの電源を入れてネット配信用のリモコンを手に持って語りかけた。

「ハレクサ、オズの魔法使い」

 一件それが表示された。


「へえ。オズの魔法使いって配信されてたんだー」

 決定ボタンを押して再生。そしてオープニングテーマが始まった。


『♪~知恵と勇気と命を探して~♪ 僕たちは歩いて~行くよ~♪』

「うわっ! オズの魔法使い! すごい! 本当に絵が動いているー! すごーい!」

 サフランの食いつき抜群。こちらの文化を楽しんでいただけるなんてあたしも嬉しくてしょうがないわ。


 歌の中でドロシーとライオンとカカシとブリキの木こりと犬のトトが並んで歩いている。それにサフランが大騒ぎ。

「カカシさんが女の子じゃない! 木こりさんに髪の毛と眼鏡がないよ! ライオンさんはたてがみがある! ドロシーは髪が長くておさげだよ!」


 どういうこと? この子は間違えたオズの魔法使いを読まされていたの?

 オープニングが終わってお話が始まると、主人公のドロシーが住むカンザスに竜巻が起こった。家ごとドロシーが竜巻に飲み込まれる。


「ドロシー! ドロシー!」

 サフランがテレビを両手で掴んで叫んだ。

「はいはい。テレビの中のドロシーには聞こえないから。離れて離れて」

 しかし、そのアニメは画面対比3:4で表示されて画質も荒い。完全に平成初期のアニメだ。ストーリーもわかりきってるし、大人には退屈だ。


 あたしはタブレットを持ってアニメ配信サイトを立ち上げた。実はあたしはアニオタなの。

「今日はどれにしようかな…。ん! ロボットアニメの『スター・エンデッド』? これにしよう!」


 あたしはそれからぶっ続けで二十二話、全て観通みとおした。いつも二倍速で再生してアニメを観るから全二十二話なら四時間で観ることができるの! 生活の知恵ね!

 『スター・エンデッド』は惑星間の戦争アニメだった。自立思考型のロボットとそのパイロットが主人公。


 主人公の上官が次々と死んでいって主人公はどんどん出世する。部下がぞろぞろ増えるけど訓練を受けていない主人公は指示がダメダメ。作戦をことごとく失敗する。

 最終的には司令官になってしまって、自分の星を取るかヒロインの命を取るか選択に迫られるんだけど、主人公はヒロインの命を優先する。人望がある主人公に部下達も一緒に付いて行く。


 結局、偶然が連鎖してヒロインを助けることが自分達の星を救うことになるの。

 主人公の相棒、自立思考型のロボットが最高だった。

 熱かった…。あたしの心がたぎった…。史上まれにみる名作…。

  

 ちなみにあたしはアニメを二倍速で観てるなんてSNSでつぶやいたりしないわ。そんなことを書いてしまったら、『声優の演技をないがしろにしている』とか『作画を描いてる人達に敬意がない』とか袋叩きにあうからね。

 にわかのアニオタにはそんな細かいところはわからないの。


 さて。オズの魔法使いは終わったかな? あたしがテレビを見てみると画面には主人公のドロシーと麦わら帽子をかぶったカカシが冒険の相談をしていた。

 まだ序盤なのかしら…?


 あたしはこの平成初期版のオズの魔法使いについてタブレットで調べてみた。そうしたら全五十四話という驚きの情報が目に入ってきた。

 引き延ばしもいいところ! 平成初期の放送枠ってどうなっていたのかしら⁉


 もしかして五十四話終わるまでテレビは占領されたままなの!? あたしはずっと小さなタブレットでアニメを観ないといけないわけ!?

(オズの魔法使いを二倍速で流してしまえ)

 うわっ、悪魔の声が聞こえる! …だめよ、サフランはせっかく異世界から純粋にアニメを楽しみにして来たのに!


 もしかしてサフランの目的ってアニメを観るため⁉

 あ、ライオンさんの手紙が途中だった…。続きを読まないと…。


『僧侶という職業は呪文を使うとマジックポイントを消費します。失ったマジックポイントは睡眠をとらないと回復しません。

 よってサフランには毎日の十分な睡眠をとらせてください。』


 ええー⁉ このままサフランが眠らなかったら明日あたしが怒られる!

 テレビの前のサフランを見てみると瞳を大きく開いてアニメを食い入るように観ている。

 全然まばたきしてない。目が充血してる。これはヤバい。

 あたしが停止ボタンを押してテレビの電源を切ると、「ああーっ!」と彼女が叫ぶが、こちらは無視。


「このままだとドライアイになるわよ! ドライアイは地獄の苦しみよ!」

 上を向かせて目薬を差してあげる。

「あ、気持ちいい…」

「夜寝ないと明日、魔法が使えないんでしょ! オズの魔法使いの続きは明日観れるから! 明日も患者さんを治療したいでしょ!」


「寝る!」

 よしよし。急いでサフランをお風呂に入れて、パジャマに着せて髪をドライヤーで乾かしてあげる。それから歯磨きも。

「ベッドがちょっと狭いけど一緒に寝ようか」


 サフランは文句も言わずに布団に入ってくれた。サフランが目を閉じるとスースーと寝息を立てて眠ってしまった。今日は疲れたのだろう。

「まつ毛が長い…。いいなあ…」

 本当に可愛らしい女の子。


 今日は一日が長かった。

 今日、サフランが助けた中学生は松井拓也君という名前だった。彼が助かって本当によかった。それと他の交通事故にった方達も。


 なによりあたしがサフランに助けられた。あたしの心はもう限界だった…。あなたはそんなつもりではなかっただろうけど、あたしをギリギリのところで助けに来てくれた…。

 ありがとう。

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