第2話 やったね、さよなら手術室 ユヅちゃんがサフランのお世話係に任命される

 いてみればサフランの年齢は十六歳。十歳の頃から病院の手伝いをして人の体について学習したそうだ。魔法を使って人の中身を見ることができるから理解も早かったらしい。いいなあ…。


 サフランの顔は大人びているのにしゃべり方は子供っぽい。これは男が放っておかないタイプ…。悪い虫からあたしが守ってやらないと!

 ちなみにあたし星山結月ほしやまゆづきは二十四歳。オペ看、三年目。どうでもいい情報でした…。

 あたし達が会話を楽しんでいると休憩室に看護師長が入って来た。


「あなた達もう仲良くなってるのね」

 その人は小柄な体型で、この道三十年のベテラン看護師だ。あたしはこの人に全く頭が上がらない。看護師長はパーマをかけていて頭が大阪のおばちゃんみたいだ。

「初めまして。私は熊田藤子。救急救命センターで看護師長をやっています」


「こんにちはー! 私、サフラン! 名字はないよ!」

「星山さん。サフランの能力って?」

 うわっ、怖い! 聞いておいてよかった!

「年齢十六歳、回復の魔法と透視の魔法が使えるみたいです。彼女の口調から人体や病気の知識はある程度あるように見えます。看護師歴七年目のようです」


「なるほど。…サフラン? おばちゃんねえ、あなたにここで働いて欲しいの? 大丈夫?」

「私もここで働きたーい!」

「よし、決まり!」


「看護師長! あたしはここの病院に新卒で入ったのだけど、それはもう試験がたいへんだったんですよ! めちゃくちゃ勉強して面接の練習も何度も何度もやりました! 就職が決まった時は友達もみんなそれはもうあたしのことを褒めてくれて…! サフランだけずるい! 魔法が使えるのってそんなに好待遇なんですね!」


「もう上の会議で決まったもの。…サフラン? あなた、このお姉ちゃんのこと好き?」

 サフランが横からあたしに抱き付いた。羨ましいくらい大きな胸があたしの腕に押し付けられる。

「好きー!」


「よし。星山さん、あなた今日限りでオペ看はいいわ。明日からサフランのお世話係。サフランの住む家も、あなたの寮に泊めてあげてね」

 やったぁーーーー! あんな地獄のような手術室から抜けられる! 嬉しい! そもそもあたしは血を見るのが得意じゃなかったのよ!


「あたしはまだオペ看としての自身の向上が…。手術室で学ぶことがまだまだたくさんありました…。ですが、白羽の矢が立っては仕方ありません。僭越せんえつながらサフランの世話係の任務に就かせていただきます」


「あなたって人の考えを読んで行動してるでしょ? 先生方も道具を渡される頃合いとか、機械出しのタイミングなんかすごくいいって重宝されてたのよ。あなたは自分が思っているより優秀なの。もったいないのだけどねえ…」


 そんなのもっと早く言ってよ。医療業界って新人にやたらと厳しかったり、人の育て方が下手なのよね…。もうちょっと褒めて伸ばそうって考えないの…。

 でも、オペ看はもういいの。サフラン付きの手術なら大歓迎ですけどね!

「オペ看卒業します。今までありがとうございました」


「星山さんの籍は救命センターのままだから。あなたの直属の上司は私。タイムカードもここに押しに来てね。もう仕事ないから帰っていいわよ」

「お疲れさまでした」


 あたしは着替えてサフランと一緒に病院の外へと出た。見上げると大きな看板に『流星病院ながれぼしびょういん』。大学病院と比較すれば少し小さい総合病院。地方では割と有名なところ。

「サフランって誰に医療のこと教えてもらったの?」


「ライオンさん達。カカシさんとか! みんな仲良し!」

 ナース服のままあたしに付いてくるサフラン。カカシとかライオンって?

 サフランの手提てさげ袋には着替えなどが入っている。完全にこちらの世界に狙って来ている。旅行にでも来たかのような準備だ。


「サフランってこっちの世界に何しに来たの?」

「育ての親を助けに来たのー!」

 育ての親って…。あなた一人しかいないじゃない。不思議な子だなあ…。

 歩いて三分、もう家に着いた。病院の寮だから通勤は楽々。


「1Kだから二人で住むにはちょっと狭いかな。ごめんね」

 玄関入ってすぐにキッチン。右手にバス、トイレ。奥の部屋にベッドやテレビがあって、花柄のマットやクッションを置いて気持ちを落ち着けるようにしてるの。

「さあ、上がって」


 サフランは靴を脱いで部屋に入るとすぐに鞄を開けてコルク付きの瓶を手に取った。その中には青と白の鮮やかな光が入れ替わって周りを照らしている。

「お外に出してあげるー! ユヅちゃん、台所に置いていい?」

 サフランがそれをキッチンの棚に置くとプラネタリウムのように壁や天井を青白く照らす。とても幻想的だ。


「魔法のランプ⁉ 綺麗!」

「魂の器だよ。…また綺麗って言われたよ。よかったね!」

「燃料とか要るの?」

「要らないよ! ずっと光ってる。たぶん永遠に」


 異世界って便利な物があるんだ。しばらく魔法のランプに見とれていたあたしだけど、サフランと一緒にご飯を食べることにした。冷蔵庫から作り置きのシチューを出して温める。食パンをトーストしてバターを塗って出来上がり。これならヨーロッパの人も食べられるだろう。

「おいしい! パンおいしい!」

 テーブルに着いたサフランがとっても喜んでいる。よかった…。

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