三十三 顛末

 辟易とした表情を隠す気力もなく、スティーブンは深いため息をついて、ホワイトの頭を手慰みになでる。ちろちろと赤い舌がのぞく様が愛らしい、と癒やしを充填したあたりで話を続けるべく口を開く。


「ま、見つかっちまったもんは見つかっちまったんだし、どうせ調査隊が派遣されるはずだし。ひとまず後で詳細な報告はしてもらうけど、もー知ーらね!」

「考えることを放棄したところでしわ寄せが行くのは己では?」

「痛いとこつくじゃん。いいんだよ、ハルトはこれでもかってほど過大評価して手出ししないよう警告しておくから」

「さらっと巻き込むな」

「そっちの方が快適だと思うぜ?個人が軍隊以上の力を持つってお墨付きがあれば、誰も彼もが簡単に手は出さなくなるからな」


 ひひっ、と喉奥から不気味な笑いが出た。いけないいけないと口元をおさえて春斗の方を見てみれば、心底不満そうな顔をしていた。灰色の目は先ほどの冷徹な色ではなく、ただ単純に「面倒くさい」と語っているように見える。


 いやはや全く、こういう男が武力を持っていて安心した、と内心で肩の力を抜いた。


(そーいや、つい最近似たようなヤツの噂を聞いたが……知り合いだったりしてな)


 春斗と同じく世間知らず気味だが腕の立つ新米の冒険者の噂はギルドマスターであるスティーブンの耳にも入っていた。春斗のような派手さはないが、とにかく堅実で、それでいてでたらめという矛盾を抱えた戦闘を披露する男であるらしい。


 まあ、今は関係ないか、とスティーブンはその思考を置いておく。


「あ、そこの嬢ちゃんちょっと借りるけどいいか?」

「理由は」

「身分証の作成と健康診断、その他書類作成。特に健康診断はほぼ必須だな」

「ここのギルド、スティーブンが陣取ってるだけあってしっかりしてるし大丈夫だと思うなー、なんて」


 春乃がどこか自信なさげに口を挟めば、ヴィヴェカも首をかしげつつも春斗の方を見上げていた。春斗は相変わらずの仏頂面のまま、それであれば仕方ないか、と頷く。


 身分証作成は場合によっては必要ないが、ヴィヴェカの場合、保護者が見つかる可能性も薄い。ないよりはあった方がましだろう。健康診断は防疫のために必須だ。その他書類作成はそのあとの面倒事を減らすのに一役買ってくれる。


 目先の面倒より後の面倒の方がより厄介なことが多いのだと経験で知っている、駄目な大人なスティーブンは安堵したように笑みを作った。


「んじゃ、春斗以外は解散ってことで」

「はーい。ヴィヴェカ、私とちょっと外歩こうか。春斗はまだ話があるってさ」

「むー……しかたない、の?」


 仕方なーい仕方なーいなんて声が転がっていく。春乃がヴィヴェカを連れて部屋の外へ出てから、スティーブンは改めて春斗と向き直った。


「……一つ疑問なんだが」


 意外なことに、口を開いたのは春斗が先だった。灰色の目が警戒と疑いの色を浮かべている。


 どうぞ、とスティーブンが促せば、春斗は小さく息を吐いて言葉を続けた。いささか信用しすぎじゃないのか、と呆れたような、困惑するような声がポトリと落ちた。


「お前の反応を見る限り、俺の取った方法はそれなりに『おかしい』んだろう。その割に、証拠を求めることもなくすんなり納得しているのが……どうにも違和感がある」

「あー、お前さんマジで田舎から出てきたって感じ?俺としてはそこ突っ込まれたのにびっくりなんだけど」


 何を聞かれるのかと構えていればこれである。

 春斗は片眉を上げて、よく分からないといった風に首を振った。


「田舎かどうかはともかく、遠いところから来たんでな」


 抑揚のない声で付け加えられたそれを、ふうん、と流してからスティーブンは春斗から目をそらした。見慣れた内装が目に入る。灰色の男はギルドの中でもやや浮いているような印象を受けた。


 ――ハルト、とかいう男が旅の神と会ったらしい。それも、ライムンドのお墨付きときた!


 伊達にギルドマスターなどという職に就いているわけでもない。スティーブンは早々にこの不可思議な男の噂話を聞いていた。


 単独でブラックスキンベアーを討伐しただとか、手練れで自他共に厳しいルイスに認められただとか、そういった話よりも興味をそそられたのがその噂話だった。


 旅の神と会った。それも、神官がその事実を認めているという。


「神官ってやつは、その神官が使える神にまつわることであれば真贋を判断することができるんだよ。大元が何であれ、『神』なんて呼ばれる連中は嘘が嫌いだってのに嘘がつきまとう。だから、自分に仕える人間にそういう加護を授けるってのが定説」

「道理にはかなってるか。ああ、ライムンドが俺の言葉を信用してるから、俺の言葉に嘘もないって判断したってことか」


 そう言いながら春斗は嘲るような笑みを浮かべて吐き捨てた。不用心だな、と言葉の裏に潜んだ意図をくみ取って、スティーブンもまた笑みを浮かべる。


「嘘をつかずに真実を偽装する方法なぞ腐るほどあるって?」


 春斗が灰色の目をスティーブンに向ける。小柄で一見非力そうな青年は、しかし尋常ならざる気配をまとって目の前に腰掛けている。


「それは確かにそう。けどさあ、そうしたところでお前に得があるわけ?必要以上に疑ったところで疲れるだけでしょ」


 皮肉に皮肉で返す。春斗は小さく首を傾けてから、それもそうだな、と淡泊に返した。


 からかい甲斐のないヤツ、と内心で笑いながら、そうだろうと返す。もっと反発されるかと思ったが、春斗はスティーブンの言葉をただ「もっともな指摘」として受け入れただけだった。


 つまらんな、と思いながらも、まあ悪い人間でなくて何よりだ、とも思う。ホワイトが頭を持ち上げて、奇異な人間、と称した。


「――……ああ」


 その言葉に、何とも形容しがたい表情を浮かべて、春斗はただ一言、


「そうだな」


 そんな言葉を吐いて捨てた。

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