最後通牒スパチャ
真名千
最後通牒スパチャ
20XX年、Y国政府は加熱しすぎた動画生配信サイトのスパチャを沈静化させるため――という名目で税収を増やすため――最後通牒スパチャの制度を制定した。
通牒スパチャの仕組みは以下の通りである。
・スパチャを投げる側は、チャンネル所有者:運営:プラットフォーマーが得られる額を設定できる。ただし、必ずすべての項目を1以上にしなければならない。(個人運営の場合は運営の分も結局チャンネル所有者分に回される)
・スパチャを投げられた側は、その取り分で納得できれば指定された額を受け取ることができる。三者のうちの誰か一者でも不満がある場合は全員がスパチャを受け取ることができず、スパチャは国庫に編入される。
・スパチャを投げた者は受け取りの成否・拒否者について知ることができる。
最初に起こったのは配信者偏重の流れである。もし、1000クレジット(仮)のスパチャを投げるなら、チャンネル所有者:運営:プラットフォーマー=998:1:1の比率に設定される。
なぜならばプラットフォーマーや運営が受け取りを拒否したら国庫に没収されて1クレジットも得られないが、認めれば1クレジットは得られるのである。論理的には拒否する理由がない。
と、いつまでも言っていることはできず、プラットフォーマーはサーバー運営費を稼ぐためにもお金が必要だとして、非常に低い比率での受け取りは拒否するようになった。
そうしたら誰もスパチャをしなくなるかと言えば、リスナーはチャンネル所有者にお金を回したいと思っているので――最大の目的が自分のチャットを目立たせることだとしても――しぶしぶプラットフォーマーの比率を上げて、スパチャするようになった。
彼らは当然のように受け入れられる最低のラインを探った。プラットフォーマーとしては高額スパチャであるほど比率が低くても拒否した場合のダメージが大きいので、高額ほど低い比率でも妥協する傾向があった。
つまり総額1000クレジットなら300クレジット以上の受け取りがないと拒否するが、総額10000クレジットなら2500クレジットの受け取りでも認めるのであった。
こうして、細かい額の駆け引きはあったが、プラットフォーマーはスパチャの分け前を得られるようになった。プラットフォームが潰れたら困ることはリスナーも認めている。
しかし、運営はそう簡単にはいかなかった。チャンネル所有者を支援する立場なら受け取り分が少なくても我慢すべきと、厳しく理不尽な非難を浴びたのだ。特に日頃チャンネル所有者の足を引っ張るようなことをしている場合は厳しい批判に晒された(ちなみにプラットフォーマーもエラーが酷い時は抗議の意味を込めてスパチャ割合を減らされる傾向があった)。
そこでいくつかの運営は裏口を使った。チャンネル所有者に回ったスパチャから一定の額を得られる契約にしたのである。そもそも分けられていることが理不尽だと運営は感じていた。そこには少しでも不同意の可能性をあげて税収を増やそうとするY国政府の悪意がある。
だが、このようなやり口は暴露系配信者を通じて明らかにされてしまう。Y国政府の意図から考えても脱法的であった。暴露された運営Zは炎上し、スパチャの配分は完全に地の底を這った。1クレジットでの受け取りを拒否すれば再炎上である。
あるいはチャンネル所有者に運営への配分を増やすように言わせて、あまりに運営配分が低いスパチャは拒否するように強制した運営もあった。
これも結局は暴露されて炎上した。
賢い運営は受け取りの割合を増やすために、もっと巧妙な手口を使った。すでに別の目的でこの方法を実行していた運営もある。
すなわち運営自身のアイドル化である。これによって運営そのものの好感度を稼ぎ、運営側アイドルへの好意によってスパチャの比率を高めて貰ったのである。ただし、スパチャの取り合いになることから所属チャンネル所有者と運営アイドルの裏での関係は微妙であった。
精神的に厳しい役目のため、AIに運営アイドルを任せる企業も出てきた。
また、運営アイドル自身がチャンネルをもった場合のスパチャ比率というややこしい問題も生じるのであった。
最後にチャンネル所有者が受け取れる比率が高いにも関わらず受け取りを拒否することもあった。自分の取り分が低い以外の場合は問題を起こした運営への抗議、誤BANなどを起こしたプラットフォーマーへの抗議、そして言動が目に余るリスナーへの抗議が理由であった。
以上の駆け引きによってY国政府は税収を増やすことに成功した。やがて別の方法でチャンネル所有者に利益を与える傾向が加速していくが、それとても名目上の目的であるスパチャの沈静化には貢献したのである。
なお、Y国政府公式チャンネルへのスパチャは、プラットフォーマーがどんな条件でも受け取りを許容せざるをえなかった。どんなに取り分が少額でも拒否したら全てが国庫に回ってしまうのだから当然である。
参考文献「小林佳世子 2021 最後通牒ゲームの謎 最新心理学からみた行動ゲーム理論入門 日本評論社」
最後通牒スパチャ 真名千 @sanasen
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