第15話 童貞はデートにも確かな定義を求めたがる

 緋雨からショッピングに誘われた俺は翌日、地元のショッピングセンターへと訪れていた。


「……」


 待ち合わせ場所でスマホを弄る俺は、なんでもなさそうにしながら彼女が来るのを待つ。


……さて、ここで一つ決めておかねばならない事柄がある。この事柄は緋雨が来るまでには結論付けておく必要のある重要な物だ。


 それは、『これがデートか否か』である。


 くだらないと思うか? はっ、そう思う奴はまだまだ俺の事を甘く見ているな。

 まず最初に、俺は童貞だ。しかも単なる童貞じゃない。前世は三十手前で童貞のまま死んだが、それを含めれば今の俺は童貞歴三十年以上の童貞エリート。若くして魔法使いの域に達しているのだ。


 そんな見た目は子ども頭脳は童貞な俺が、果たして女の子と二人きりでショッピングなんてまともにこなせると思うか? いいや出来ないね。


 以前、俺は精神年齢おじさんな自分が子どもの緋雨を意識なんてする訳ないと考えていた事がある。しかしそれは間違いだった。

 最近自覚した事だが、俺の精神年齢は若返っている。転生当初にはあった大人の価値観が子供っぽくなったと言うか、これも前世の記憶を持つ弊害だろうか?


 ともかく、最近俺は同年代の女子でも異性として見れるようになってしまっている。そんな状態で同年代の中でも割と発育の良い緋雨と二人きりでショッピングなんて……童貞の俺にはハードル高すぎるんですホントごめんなさい。


……しかし、しかしだ。異性とショッピングするという事実に気付いた昨晩、俺はどうするべきかじっくり考えて一つの解決策を見出した。それこそ『これがデートか否か』を事前にはっきりさせるという物である。


 例え心が若くなっても、俺だって大人なのだ。デートだったら覚悟を決めるし、デートじゃないなら普通に楽しむ。

 要はこれがデートなのかどうかはっきりしないから俺は悶々としているのだ。それさえ分かっていれば俺だって緋雨と一緒にショッピングを楽しめる……筈だ。


 それでデートかどうかなんだけど……俺はデートである事に賭けたいと思っている。

 とち狂った訳じゃない。期待している訳でも……まあ四割ほど期待してるけども。しかし! 六割ほどデートである確信はあるのだ!


 まず一つ、なぜ緋雨が俺をショッピングに誘ったかだ。これが友達との遊び感覚だったら俺は静かに自分を戒め、羞恥に悶えながらもショッピングを楽しむ事にしよう。

 しかしそうでなければ……つまり、気になる男の子と距離を縮めたいという乙女心によるものだとしたら? 自分で言ってて気色悪いが、その可能性はあると思う。その根拠として、緋雨が俺を惚れる理由が一つあるのだ。


 それは俺が小学生だった頃、あの色気がヤバい犯罪者と対峙した時だ。

 奴は緋雨を狙っていて、一緒に居た俺はそれに巻き込まれて死に掛けた。正直俺はハッタリかまして無様に逃げただけだが、緋雨がそう思っていなかったら?


 あの後、学校では俺が犯罪者を撃退したという事になっており、俺は一躍ヒーロー持て囃される事となった。その話を緋雨が事実だと信じ、俺が犯罪者に立ち向かって助けてくれたのだと思い込んでいたら……命の恩人、これって惚れる要素としては十分では無いのか?


 緋雨は俺に惚れている。これを事実だと考えるのなら、その上で緋雨が俺をショッピングに誘うのだとしたら……それってもうデートじゃね?


(ふっ、モテる男は辛いゼ)


 諸君、俺は今からデートをする。そして完璧なエスコートをして緋雨との仲を深め、最後は彼氏彼女の関係となるのだ!


「───お待たせ流星!」


 おっと、どうやら彼女が来たようだ。


「待たせちゃったかしら?」


「ううん、僕も丁度今来た所だ……から」


 俺は爽やかな笑顔で返事をしようとしたが、彼女の後ろを見て言葉が詰まってしまった。


「どうしたの?」


「……ううん、なんでもない」


 緋雨の後ろには……いつもの三人組(金髪女性の人は見当たらない)が居た。


「……」


 デート=男女二人きりでのお出掛け。ではそこに第三者が居るとしたら?


「? それじゃあ、行きましょうか!」


 なんでも無い。ただ友達と一緒に出掛けてるだけだ。


「うん、そうだね……ハハ」


 俺のこと、

 好きなんじゃねという、

 考えも、

 童貞が思う、

 妄想でした。


……嗚呼、悲しきかな。(字余り)


▼▼▼


 同時刻、とある廃ビルに男は足を運んでいた。


「……」


 スーツを着る男は目に隈があり、猫背で、いかにもくたびれサラリーマンといった様子だった。

 そんな男は、とある人物に呼ばれてこの廃ビルへとやって来た訳だが、


「妙だな」


 肝心の自分を呼び出した相手が来ておらず、それに心なしか嫌な予感がずっとする。


(そもそも、アイツはなんで俺を呼んだ?)


 男は自分を呼び出した人物……寄生虫について考える。


(アイツにはこの前異能を使ったばかりだ。仕事の話をするにしても早すぎる)


 男は自身の異能……『容姿退行』を使って裏で商売をしている。具体的には容姿を幼くする事で若作りの手伝いをしたり、後ろ暗い所では姿を偽る事で正体を隠したりなどだ。


(……いや、やっぱりおかしい。アイツは仕事以外で呼び出す事なんてしなかった)


 その違和感に気付いた男は、急いでこの場から離れる事にした。……が、もう遅い。


「なっ……!」


 来た道を振り返ると、そこには数人の人間がこちらに拳銃を構えていた。


(いつの間に……というか)


 男は辺りを見渡す。よく見れば物陰の至る所に人が隠れており、こちらを覗き見ていた。


「なにがどうなって」


「───なるほど、あなたが例の」


 目の前にいる武装した数人に道を開けさせ、その人物は姿を現す。


 他の者と同じ黒服姿の金髪女性。四方堂緋雨のボディーガード、ガンマである。


「我々は四方堂家の人間です」


「……そういう事か」


 そこで男はようやく悟る。


(アイツ、ヘマしやがったな)


 四方堂家と言えば、表でもかなりの権力を持つ名家だ。……そして裏の世界を熱心に探っている事でも有名である。


(なんでガキ一人を調査しに行っただけで四方堂家に目を付けられるんだよ!)


 そんな四方堂家は多くの裏の住人から恨まれ、しかし大きな力を持ってるが故に恐れられている。


「寄生虫からあなたの事は聞いています。あなたからも洗いざらい吐いて貰います。今までの商売相手について」


「……」(あークッソ、恨むぞ寄生虫)


 裏の住人が四方堂家に目を付けられて無事で居た例はごく少数。自分の異能で小遣い稼ぎをしているだけの男に、逃れる術などありはしなかった。


▼▼▼


『───そういう訳で、寄生虫が言っていた情報に嘘は一つも無かったわ』


 お陰で情報収集が捗るわと、電話越しにガンマは言う。


「おー、そいつはウチにとって大助かりだな」


 そんなガンマからの報告に、アルファは少しホッとする。


「信用ならない相手だが、やっぱ裏の住人からの直接の情報は精度が高くていいねぇ」


『間に受ける訳にも行きませんがね』


 寧ろ実行に移すより、裏が無いかを下調べする方が大変だったとアルファは語る。


『そちらはどうですか?』


「ああ、お嬢は凄え満喫してるよ」


 なんせ想い人との初デートだからねぇ、とニヤニヤしながらアルファは緋雨と流星の様子を見る。


「どうかしら流星……に、似合ってるかしら?」


「うん、いいと思うよ。前々から思ってたけどやっぱり赤が似合うね」


「そ、そう? ……その、可愛いと思う?」


「うん、可愛いよ」(何も思うな俺、これは単なる友達とのショッピングなのだ。勘違いも程々にしとけ)


「……! えへへ」


(それはそれとして普通に可愛いな)


 現在、緋雨は服屋に流星を連れてファッションを楽しんでいた。


「彼、異能抜きにしても見どころあるね。あの歳でしっかりレディのエスコートが出来てるよ」


 個人的には面と向かって可愛いと言えるのが好印象だと、アルファは密かに流星の格付けを行っていた。


『そうですか……お嬢様が楽しめているなら私としても嬉しいです』


 そう言うガンマの声は少し固い。


「……あー、俺達は学校まで顔を見せれないから分からないけど、やっぱお嬢は上手くいってないのか?」


 緋雨の通っている学校は、いわゆるお嬢様学校。ボディーガードとは言え男性であるアルファとベータにはなるべく入らないでくれと学校側から言われていた。


『そう、ですね。お嬢様はあまり学校の事を話したがりませんが、私が見たところ馴染めていませんでした』


 緋雨の通う学校には家柄の高い者ばかりが集まっている。しかし四方堂家はその中でも一つ二つ上の存在だ。

 恐らく親から失礼の無いようにとでも言われて、それが原因でみんな緋雨に近づくのを躊躇ってるんだろうとアルファは考える。


「……まあ、お嬢の友達作りは仕事の範囲外だ」


『ちょっとアルファ!』


「事実だろう。結局、そこら辺はお嬢の頑張り次第なんだし」


『……はぁ、それもそうですね』


 自分達はあくまで緋雨の身を守るボディーガード、決して私生活に口出し出来るような立場では無い。

 その事を理解してるからこそ、ガンマは渋々ながらもアルファの言葉を受け止めた。


『ーーー!』


 ふと、電話の向こうから誰かの怒声が聞こえた。


「そういや、そっちは今何してんの?」


『先ほど捕らえた寄生虫の関係者を尋問してる所です。……報告は以上にしましょう、どうやら収穫があったらしいので』


「あいよ、まあ頑張ってくれ」


『ええ、それでは』


 ピッと通話が切れた事を確認したアルファは、スマホをしまうと再びデート中の二人の様子を見た。


「あれ?」


 しかし服屋にはもう二人はおらず、少し辺りを確認すると緋雨が一人で椅子に座ってるのを見た。


「なあベータ、彼はどこ行ったんだ?」


「荒宮流星なら少し前にトイレへ行ったぞ」


「ふーん、そっか」


 それを聞きながらアルファは、緋雨がソワソワした様子で座ってるのを見て、初々しいねぇと微笑ましく思う。


───プルルル


「ん?」


 そんな風に暖かい目で緋雨を見ていると、電話が鳴り出した。


(なんか伝え忘れたのか?)


 電話の相手はガンマ。どうしたのだろうかと思いつつ、アルファは電話に出る。


『アルファ! 今すぐお嬢様を連れてそこから出なさい!!』


 電話を掛けた瞬間、アルファが何かを言う前に彼女は鬼気迫る様子で叫んだ。


「……何があった?」


 それを聞いたアルファ、そして隣で聞いていたベータは慌てた様子なく聞き返す。


『寄生虫の関係者から情報を得たわ。三日前にある男と仕事で会ったと』


「それで?」


『仕事を終えた後、その男に帰り際で言われたらしいの。三日後に大きな事をやるって……あなた達が今居るショッピングセンターでね』


「っ! そいつはどんな奴だった!?」


『かなり年老いてたと聞くわ、そして十字架のネックレスを掛けていたとも』


「……おいおいそれって」


「まさかそいつは」


 老人で、十字架のネックレスを掛けていて、恐らく異能犯罪者であろう人物。四方堂家の人間として裏の世界に詳しいアルファとベータは、同一の人物が思い浮かんだ。


『───伝狂師、恐らくあの男が今そこに居るわ』


▼▼▼


「はあ〜」


 同時刻、ショッピングセンター内での事。男は椅子にドカッと座り、深い深いため息を吐いた。


「あー、疲れた」


 そう言って天を仰ぐ彼は、とある一家の父親である。


(元気いっぱいに物をねだる息子、昼飯を食べ損ねて不機嫌な妻)


 男はいわゆる、家族サービスの真っ最中だった。休日はゆっくり家でゲームをしたいインドア派な彼にとって、家族でお出掛けというのは楽しくも精神的に非常に疲れる物があった。


 これも家族の為だと思いつつも、今日に限っては不満の方が大きくなってしまう。


「……はぁ〜」


 それを示すように二度、彼はため息を吐いた。


「───失礼、隣よろしいですか?」


「え?」


 そんな下を俯く彼に声をかける者が現れる。


「あ、はい、どうぞ」


 顔を上げてみれば、なんとも端正な顔立ちをする青年が居た。


「ありがとうございます」


 男のぼんやりとした返事にも青年は丁寧に感謝の意を示し、これまた丁寧に男の隣へと座った。


(なんだか、しっかりした若者だなぁ)


 年若いだろうにその仕草には落ち着きがあり、服もきっちりと整っている。

 ただ、その服装は私服にしては少し変わっていた。イメージ的にはカトリックの神父が着るような物が近いか。


(って、なにじっくり見ちゃってんだよ俺)


 確かに目を引く見た目だが、他人をジロジロ見るのは如何なものかと男は自分を戒める。


「……あの」


「あ、いえすみません、なんでも無いです」


 向こうも気付いてたらしく、声を掛けられてしまう。なんとも恥ずかしいが、ここで取り乱した方がよっぽど恥ずかしいと男は取り繕う。


「何かお悩み事でもあるのでは?」


 しかし青年はそれに構わず話しかけた。


「は、はい?」


 初対面の人間から聞かれるとは思えない質問に、男は一瞬何を言われたのか分からず困惑してしまう。


「失礼、あなたが自分の心を押さえつけてるように見えて仕方なく、思わず」


「えっと?」


 つまり、自分が凄く苦悩してそうだったから思わず聞いてみてしまった。という事だろうかと男は考える。


「私、そういった者の心を見るとどうしても救いたくなってしまうのです」


「……」(本当に出来た人だなぁ)


 見ず知らずの人間を助けたい、そんな考えが出来る人は一体どれほど居るのだろうか。


「もし宜しければ、私にお話してみませんか? 他人にだからこそ話せる物というのもありますよ」


「……そうですね」


 普段なら他人に悩み事なんてする男では無い。しかし目の前の青年になら、何を語っても受け止めてくれるような気がしたのだ。


(本当に、見た目も相まって神父様みたいな人だ)


 若いのに凄いなと痛く感心しながら、男は内に秘めた苦悩を話す。

 それは今日家族サービスをして思った事。家族と出掛けるたびに我慢しているような気がしてならないのだ。


「今までは家族が楽しめるならそれでもいいと思っていたんですが……なんというか、自分だけ全く楽しめてないなと思ったんです」


「……」


「勿論、息子の喜ぶ姿を見れるのは嬉しいんですが、それ以上に不満が自分の中で勝ってるような気がして」


「……なるほど」


 青年はじっくり男の話を聞いた後、口を開く。


「それなら私が言える事は一つだけですね」


「───心の解放をしましょう」


「心の、解放?」


 言ってる意味がよく分からず首を傾げる男に、青年は優しく諭すように語った。


「心を押さえ付けるという行為……あなたで言うのなら家族サービス中に我慢し続ける行為ですね」


「心を押さえ付ける事は心を傷付けるのと同義です。心の抑圧は精神を弱らせ、判断を鈍らせ、肉体にも確かな不調を齎します」


「詳細は省きますが、心を抑圧するだけでこれだけの影響が出るのです。それでもまだ我慢するなんて行為、したいと思いますか?」


「い、いえ」


 要する我慢は体に毒という事だろうかと思いながらも、確かにそれも一理あるなと男は考えた。


「……ですが、残念な事にこの世界はほとんどの人間が自身の心を押さえ付けています」


 そう言う青年の表情は暗く、その事を心底悔やんでるようだった。


「あ、あの?」


「なので」


 瞬間、青年の纏う気配が僅かに、ほんの僅かに変わった。


「せめて私は、そんな方々の心を少しの間でも解放させるのです」


「え?」


 そこで男は青年と目が合う。……一瞬、青年の真っ黒な瞳が赤く染まったような、


「……ぁ」


 そんな気がした。しかし男にとって、そんなのはもう些末な事だった。


「心の解放、存分に堪能して下さい」


 そう言うと、青年は男を置いて立ち去っていく。


「───グオオォォ!!!」


 少しした後、青年の後ろから獣のような雄叫びが聞こえ、直後に辺りから悲鳴が上がった。


「さて、始めますか。皆の心をありのままの姿に戻していきましょう」


 それが神の下僕たる我が使命と、青年は優しくも力強い笑みを浮かべる。


 その首に掛けられた十字架のネックレスは、そんな彼を讃えるようにキラリと光った。

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