二人

@rabbit090

第1話

 山まであと少し、歩ければ平気になれる。

 後ろをついてくる女は、生来の幼馴染であり、私の双子の妹である真紀子だ。

 「もうすぐだね、頑張ろう!」

 「おう。」

 俺は、いや私は素っ気なく、そう返す。

 就職したのはほんの一年前のことだった。やさぐれ者で、だらけ者で、どうしようもなかった俺を、あの会社は拾ってくれた。

 仕事内容はまあ、言ってしまえば少し、特殊ではあるのかもしれない。

 「うわ、風強くなってきた。そろそろ頂上当たりじゃない?お弁当にしよう。」

 「おー。」

 張り合いのない返事で、俺はぶっきらぼうに空を見上げる。

 はあ、俺は、いや私は、だから、もう俺だなんて言っていられないんだ。早く、大人にならなくてはいけなくて、だから一生懸命、一生懸命やっているつもりだった。

 しかし、

 「お兄ちゃん、見て。家とか、町とか、小っさい。」

 「すげえ。」

 やっとたどり着いた、長い道のりではなかったけれど、普段外に出ることができない真紀子にとっては、さぞ大変なことだったろうと、慮る。


 真紀子は、外で話すことができない。

 それは、一体どういうことかっていうと、単純な話なんだ。でも、それが彼女に与えた影響は、ずっと残り続けている。

 真紀子は、兄である俺から見ても、顔が小さく目が大きく、可憐で目立つ。

 しかし、かくいう俺はまあ、女っぽい男って感じで、作りもあまり整ってはいなくて、持てるってことは無いんだけど、でも。

 真紀子を、真紀子をこんな風にしてしまったのは、俺の責任でもあった。

 ある日、本当に偶然だったんだ。

 仲間でつるんでるやつらが、俺の家に上がり込んできた。それをたまたま俺は知らなかった。だけど、そこにいたのはまだ幼い真紀子で、真紀子はそれからすごく、すごく嫌なことを経験させられて、それから、それから。

 思い出すだけで脳みそが、沸騰したような気持になってしまう。

 俺は今でも、人間を見るとただの獣が、理性という化けの皮をかぶって普通を演じているような気がして、吐き気を催す。

 でも、真紀子はもっとつらかったのだ、しばらくは何事もなかったかのような顔をして笑っていた。

 俺もだから全然気づかなくて、そいつらの何人かを平気な顔をして、笑いながら家に上げていた。

 頭がおかしくなりそうだ、傷つけてしまった真紀子のことを思うと、そのすべてが怒りと無力感に満ち溢れてしまう。

 

 「お兄ちゃん、どうしたの?」

 「いや…。」

 そうだ、あの時以来俺は、なぜか考え始めると止まらなくなって、つい外の世界が見えなくなってしまうのだった。

 しばらく、心配そうな真紀子の顔を見ていると、また苦しさがこみあげてくる。

 真紀子の顔はそれ以来、いつも苦しさに耐えているような、苦汁を噛みしめているような、どうしようもないような、曇った顔を崩さずに笑っていた。

 その顔は、その顔は本当は無かったものなのに、真紀子の顔はどんどん、輝きを知らずに老けていくようだった。

  

 俺は、俺はだから、そういう奴らを退治してやろうと、事業活動に世界平和を掲げる、妙な会社へと入ってしまった。

 最初は警戒したけれど、中にいる人間はみな、同じような経験を抱えていた。

 そして、俺は知ってしまった。

 真紀子は、実の妹ではないということを、告げられた。

 でも、俺は一生、真紀子を守っていく。それ以外見ないで、大丈夫だから、もう生きる理由を得てしまったのだから、放っておいて欲しい。

 何もしないで、笑わせていて欲しい。

 だからお母さん、いや、本当のお母さんではなかった人に、伝えたい。

 真紀子には絶対に言わないでくれ、真紀子には知られないでくれ、俺は、俺は。

 隣でぼんやりと宙を見上げている子供のような女に、どうやら俺の心は奪われているようだった。

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