第8話 金がない……
俺は古びた自転車を手で引きながら学校を出た。
まだ時間は午前10時30分で程よい涼しい風を感じながら住宅街を進む。
「ぷる……」
前かごにあるファスナーが開いたカバンからぴょこんと顔を出したぷるんくんはあちこち視線をやりながら興味深そうにしている。
ぷるんくんって俺と別れてからずっとダンジョンで暮らしていたのだろう。
俺が頬を緩ませてぷるんくんを優しく見ていると、ぷるんくんは急に暗い表情をしては
「ぐうううううううう」
どうやらお腹が空いたようだ。
なので、俺は自転車を止めてスマホを取り出した。それから素早く銀行アプリを開く。
『臼倉大志様の口座残高:95,300円』
「おお……給料入った!よっしゃ!」
「ぷるん!?」
と、俺がドヤ顔浮かべると、前かごにあるカバンに収まっているぷるんくんは俺を見て目を見開いてぷるん!と体を揺らした。
どうやら「ご主人、どうした!!」と問うているようだ。
なので俺はぷるんくんの頭をなでなでしながら言う。
「朝ごはん食べてないからな。今日は給料入ったし、ちょっと早い感じはするけど美味しいもの食べさせてあげるね」
「ぷるるる……」
ぷるんくんは「美味しいもの」という言葉に敏感に反応したようで、目を輝かせながら涎を垂らしていた。
涎の色がぷるんくんの体の色と同じ黄色なのがちょっとシュールだ。
俺は自転車を走らせて商店街にある回転寿司屋『スシオー』に到着した。
ぷるんくんを俺の頭に乗せて入り口に入ると
「いらっしゃいませ!何名様で……え?スライム!?」
店員がスライムであるぷるんくんを見て、驚いた。
「あ、ぷるんくんは俺がテイムしたモンスターなんで、合わせて二人です」
「は、はい……ご案内いたします」
と、店員は納得いかないような表情をして、俺を空いている席に案内してくれた。
席に案内された俺は早速タッチパネルで注文を入れた。
ぷるんくんはというと、流れてくる寿司の数々を見たり俺を見たりと、なんか忙しない感じだ。
「ちょっと待ってね。俺たちの分、頼んであるからな」
「ぷるん!」
すると、ぷるんくんが期待に満ちた表情で頷く。
しばしたつと、頼んだ寿司たちがレーンで運ばれてきた。
マグロ、海鮮軍艦、いくら、甘エビ。
それらをテーブルに置く。
「好きなだけ食べていいよ。今日はおかわりも自由だからね!」
「ぷる……」
ぷるんくんは並んでいる4種類の寿司を不思議そうに見つめる。
そして、口を大きく開けては
「はぷ!」
4種類の寿司を皿ごと飲み込んでしまった。
「ぷるんくん!皿は食べ物じゃないから!」
俺が慌てながらいうと、ぷるんくんは「っ!」と身を揺らして皿だけ吐き出した。
マグロ、海鮮軍艦、いくら、甘エビはぷるんくんの体の中に吸収されていく。
ぷるんくんは味を吟味するように目を閉じているが、
急に目を大きく開けては
「んんんんんんんんんん!!!!!!!!!」
「ぷるんく!?」
ぷるんくんは身震いしながら目を輝かせてぴょんぴょん跳ねる。
どうやら「主人、おいちいいいいいいいい!!!」と言っているようだ。
昨日のレッドドラゴンの唐揚げに続きお寿司も気にってくれたようだ。
こんなに喜んでくれるなんて……
「よし!今日は心ゆくまで食べるぞ!!」
「ぷるるるん!!」
俺はパネルをタッチしてまた寿司を頼んだ。
「マグロだ!!」
「ぷるん!!」
マグロも
「イカも美味しいよ!!」
「ぷるん!!ぷるん!!」
イカも
「ホタテ!!」
「ぷるっ!!」
ホタテも皿ごと食べては、最後には皿だけペッと吐き出した。
なかなかシュールな食べ方である。
「ぷるんくん!今の食べ方もいいけど、こうやってわさび醤油につけて食べるのも美味しいよ」
俺がちゃんとした食べ方を教えると、ぷるんくんは手を生えさせ、それで寿司を掴み、わさび醤油をつけて口に入れる。
すると
「んん!!」
わさびの辛さが効いているのか、目を『><』にして急に仰向けになった。
俺は心配になりぷるんくんに話しかける。
「ぷるんくん!?大丈夫?」
と、俺がぷるんくんのお腹をさすっていたら、ぷるんくんが起き上がって俺の腕に乗ってきた。
ぷるんくんはドヤ顔をしている。
「ふっ、ぷるんくんもいよいよ大人になったな」
と、俺もドヤ顔でぷるんくんに言ってさらに注文をしまくる。
堆く積まれてゆく寿司皿。
さば、ネギトロ、タコ、サーモン、白子、などなど……
メインどころの次は天ぷら、丼、ラーメンだああ!
締めはデザート!!
「おいみて、あのスライムめっちゃ食うぞ!」
「お母さん、あのスライムすごくぷるんぷるんしながら美味しそうに食べてりゅ!面白い!私も飼いたい!」
「にしても本当にぷるんぷるんしてるわね。触ったらどんな感じだろう」
「お寿司を食べるスライムなんか初めてみる!どこかの配信者だったりするのかな?」
「よく食べるわ」
「てか、あの男の子の制服、華月高校のものだよね?なんで名門校の学生が朝からここに?」
他の客は不思議そうに俺たちを見つめてくる。
普段の俺なら人の視線を気にしすぎておじけついていたはずだが、
「んん!んんん!!」
実に美味しそうにお寿司を貪るぷるんくんをみていると、人の視線なんかあまり気にならなかった。
美味しいものをいっぱい食べて幸せになってくれよな。
俺は心が温かくなるのを感じた。
お会計を済ませる前までは。
「94,500円です!」
「あ……」
俺の口座残高が800円になってしまった。
ぷるんくんを抱えて店を出た俺。
「ぷるん?」
ため息ばかりついている俺をみて「どうしたああ?」と見つめてくるぷるんくん。
ぷるんくんが満足してくれたから別に文句はないのだが、現実はつらかった。
親なし、中卒、所持金800円、家賃と電気水道ガス代数ヶ月滞納。おまけに食欲旺盛なぷるんくん。
冷や汗が出た。
これはなんとかしないとだな。
俺は悲壮感漂う表情でぷるんくんに言う。
「ぷるんくん。金を稼ごう。このままじゃまずい」
俺の言葉にぷるんくんは理解ができなかったらしく、ぷるんとかわいくキョトンとする。
どうやらぷるんくんは俺の言葉は理解できるが、お金とか経済という概念がないのようだ。
バイトで稼いだお金だけじゃ、ぷるんくんを養うことは到底できない。
つまり、俺がやらないといけないのは
ダンジョン協会に行って依頼を受け、それをクリアし報酬をもらうこと。
あと、レッドドレゴンの皮などもひょっとしたら買い取ってくれるかもしれない(Aランク以上だと大企業を通じて取引するのだが……)。
幸い、ぷるんくんはとても強いスライムだ。
難易度の高い依頼を受けたら、お金をいっぱい稼ぐこともできる。
実際、熟練したC級冒険者は、大企業の社員より稼ぐと聞く。
あと食材だって大事だ。
つまり、美味しい食材があるBランクのダンジョンの討伐依頼を受けたら、モンスターの肉を確保できて、なおかつ依頼の報酬も受けられる。
これは一石に二鳥だな。
「ぷるんくん!今から金を稼ぐためにダンジョン協会へ行くよ!」
「ん……ぷるん!」
ぷるんくんは最初こそ「ん」と首を捻ったが、やがて目が『^^』になって俺の胸に自分の頭を擦り出した。
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