第5話 衝突

翌日


 目が覚めた。


 真っ先に昨日の出来事が頭の中で蘇ってくる。


 だが、昨日のことはひょっとして全て幻の泡沫で、俺の脳が見せる幻影ではないかと、ふとそんな不安が渦巻いてきた。


 なので、俺は目を擦って部屋を見渡した。


 そしたら、すやすやと誰かが寝息を立てる音が聞こえてくる。


「ぷるんくん」

「ん……」


 『\ /』がなくなり、目を閉じて俺のベッドで寝ているぷるんくん。


 そんなぷるんくんを見ると、心の不安がなくなる。


 きっとSSランクのダンジョンだとろくに寝ることもできなかったんだろう。


 俺はぷるんくんを起こさないように静かにベッドからすり抜け、学校に行くための支度を始めた。


 今日は給料日だ。


 と言っても、高校生が稼げるお金には限りがあるからそんな大した額でもない。


 まあ、もらったとしても滞納した家賃とかに充てるからすぐなくなると思うが……

 

 人生世知辛いな。


 つい、高校生らしからぬことを考えると、もう学校に行く準備が整った


 なので、確認がてら小さな鏡に写っている自分の姿を見てみる。


 バサバサした黒髪、やや低めの身長、荒んだ顔。

 

 なのに、名門校である私立華月はなつき高校の制服を身に纏っている。


 本当に俺には似合わない制服だ。


 と、ため息をついていると、いつしかぷるんくんが起きて、俺の隣にやってきた。


 どうやらまだ眠そうだ。


「ん……」

「ぷるんくん……もっと寝てもいいよ。学校終わったら美味しいものいっぱい奢ってやるから、今日は留守番頼んでいいかな?」

「っ!?」


 俺の言葉を聞いたぷるんくんは急に『\ /』を生じさせ、俺の足にくっついてきた。


「ん?どうした?ってやば……もう行かないと遅刻しちゃうな……」


 壁時計を見て俺は慌てながら玄関へといく。


 靴を履こうとするが、


「ぷるん……うう……」


 ぷるんくんがまたやってきて、今にも泣きそうに目を潤ませた。


「ぷ、ぷるんくん!?」


 突然すぎるぷるんくんの反応に俺は目を丸くして戸惑う。


 なんでこんなに悲しんでいるんだろう。


「あ……そういえば」


 6年前に俺が発した言葉が脳裏をよぎる。


『俺、強くなってテイムできるようになったら、ぷるんくんに会いに行くから!』

 

 ぷるんくん、あの時すごく喜んでいた。


 6年。


 きっとぷるんくんにとってはとても長い時間だったのだろう。

 

 学校が終わればすぐ帰ってくる予定だが、ぷるんくんはまた俺がどこか遠くへ行くのではと不安を抱えているのか。


 気が咎められる。


 ぷるんくんは俺がテイムしたモンスターだ。

 

 ゆえに、学校に連れて行っても全く問題にはならない。


 テイムができる学生たちはみんな自慢げに自分がテイムしたモンスターを見せびらかしに持ってくるし。


 でも、ぷるんくんが学校での俺の姿を見たら……


 主としての尊厳は無くなってしまう。


 だが、今の悲しむぷるんくんの顔を見ると、俺のちっぽけなプライドは取るに足りないものだと思えてしまった。


「よし!じゃぷるんくんも一緒に行くか!」

「ぷ……ぷるるるん!!!」


 ぷるんくんは俺の胸に飛び込んで顔を擦りながら喜んだ。


 俺はそんなぷるんくんに申し訳ないという気持ちを込めて優しくなでなでしてあげた。


 家を出た俺はカバンにぷるんくんを入れて、自転車の前かごの中に入れた


「不便じゃない?」

「ぷるん!」


 俺が聞くとカバンの中のぷるんくんはぷるん!と身を揺らして「大丈夫!不便じゃない!」と答えてくれた気がした。


 昭和時代を匂わせるママチャリを漕いで涼しい風に当たっていることしばし、名門校である華月高校についた。


 駐輪所に自転車を停めて、クラスに向かう俺。


「ぷるんくん。学校では静かにしてくれよな」

「ぷるん!」


 カバンの中のぷるんくんは「イエッサー!!」と伝えるように体をぷるんと震わせた。


 廊下を歩き、俺がクラスの中に入って自分の椅子に座ると、





やつの声が聞こえてきた。





「は?臼倉じゃん、SSランクのダンジョンに行って、くたばったんじゃねーのかよ。なんでしゃしゃりでてくんだ?」


 いかにも陽キャっぽい金髪の葛西が言って、俺に詰め寄ってきた。


 彼の威圧的な言動にやつのグループの連中も俺に近寄ってくる。


 なんで朝っぱらから構ってくるんだよ……


 せめて放課後にしろよ。


 みんなが見てるだろ……


「お前はプライドってもんがねーのかよ。きっとおじけついてSSクラスのダンジョンに行く前にちびったんだろ?まあ、実にお前らしいオチだけどな。今日はお前の給料日だろ?今日はちょっと豪華なやつを頼んでみようかな」


 と、気持ち悪く目尻と口角を吊り上げる葛西。


 すると、やつの友達二人も同調する。


「パシリならパシリらしく虚栄なんか張るな。Fランクのモンスターもろくに倒せないくせに」

「そうだ!くっそ貧乏庶民風情が身の弁えろっつーの〜」


 葛西グループはまた俺を見下すように見つめてくる。


「俺、昨日SSランクのダンジョンに行ってきたもん……」


 俺は小声で小さな抵抗をしてみた。


 すると、


 葛西が俺の胸ぐらを掴んできた。


「っ!」

「クズの上に嘘までつくか?本当に死んだ方がマシかもしれんな。ちょっと可哀想だから飼い殺しって感じでパシってやったのに、マジで潰すぞ。お前なんか潰してもこの学校見向きもしないからよ」


 怖い。


「ちょっと!葛西くん!やめさない!先生を呼ぶわよ!」


 俺をずっと助けてくれる秋月さんが耐えられず、俺と葛西グループの方へやってきた。


 秋月さん。


 ありがとう。

 

 でも、今日はいつもと違う。


 俺は葛西の顔に向けて


「行ってきたって言ってるだろ!!!」

「……」


 俺の怒鳴り声に葛西は目を丸くしたのち、眉根を顰めて眉間に皺を寄せた。


 そして、俺の胸ぐらを掴んでいる手を離して雷スキルを使う。


 電気のようなものが葛西の拳に張り巡らされて、掠れただけでもとても痛そうだ。


「だったら動画を見せろ」


 そういえば昨日は色々ありすぎて動画を撮る余裕がなかったな。


「……撮ってない」


 自信なさげに言うと、葛西がキレて叫んだ。


「クッソがあ!!なめてんのかよ!!!はああ!?」


 彼は雷スキル(サンダーパンチ)で俺を打とうとする。


 秋月さんが止めに入ろうとするが、葛西グループ二人に阻止されてしまう。


 や、ヤバイ……


 そう思っていると、



「ぷるん!!!」


 

 ぷるんくんがフックにかかっている俺のカバンから顔を出して葛西を睨む。


 葛西はそんなぷるんくんを見て、攻撃を止めた。


 クラス全員が立ち上がり、ぷるんくんを見て動揺し、どよめきが走る。


「はあ?スライム?」

「ぷるん!ぷるん!ぷるんぷるんぷるん!!!」


 ぷるんくんはしきりなしに体をぷるんぷるんさせて葛西に猛抗議する。


 どうやら「私の主をいじめるな!」と言っているようだ。


「気持ち悪い弱いスライムなんかなんで持ってくんだよ。校則違反だろ」

 

 俺をいじめている時点でお前もずっと校則違反してるだろ。


 まあ、ここは素直に伝えた方がいいだろ。


「……ぷるんくんは俺がテイムしたモンスターだ。だから学校に連れてきても、別に問題ない」

 

 すると、葛西は


「一番弱いスライムをテイムだと?ぷっ!あははははは!!!」


 葛西の嘲りにグループの二人と他の人たちも同調して笑い始める。

 

 秋月さんはこの状況が理解できないらしく、俺とぷるんくんを交互に見ている。


「なかなか笑わせてくれるな!おい!つまりあれだな。SSランクのダンジョンに行くのが怖いけど、この俺を恐れたお前はなんとかしないとって思ってFランクのダンジョンに潜って、この最弱スライムをテイムしたってわけだ」


 葛西の言葉を聞いて友達二人も続く。


「スライムなんか、中学一年生の時に卒業したぜ!500匹くらいやっつけたかな?」

「キモい見た目のスライムだな。左目の十字傷は一体なんだ?装飾?スライムに傷があるわけないだろ!気持ち悪い」


 しばしの間、笑い声がこのクラスを満たす。

 

 何が気持ち悪いだ。


 ぷるんくんはぷるんぷるんしててかわいくて優しい子だ!



 俺はクラス全員に聞こえるような大声で叫んだ。


 なぜだろう。


 自分のことを悪く言うのは構わないが、俺を救ってくれて、俺にテイムされてくれたぷるんくんが侮辱されるのは見てられなかった。


 だから俺は我慢ができなかったのだ。


「臼倉くん……」


 秋月さんが少し驚いたように目を丸くして俺を見てくる。


 葛西は目を細めて、俺を試すような口調で言う。


「ほお、その気持ち悪いクソスライムが強いかどうか、俺が直接試してやろうか」


 葛西は口角を吊り上げながらぷるんくんに近寄ってぷるんくんを手で掴み、高く持ち上げた。

 

 そして


 


「ぷるっ!」


「ぷるんくん!!!」


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