第4話 レッドドラゴンの唐揚げ
前かごの中でぷるんぷるんと揺れるぷるんくんを見ながら自転車を走らせると俺の家に着いた。
もうとっくに日がくれて夜になっている。
俺の住む家は倒れる寸前のアパートの2階にあるワンルーム。
昭和時代を匂わせるママチャリを適当に止めてぷるんくんを抱えながら部屋に入った。
鍵を回してドアを開けると、真っ暗だ。
俺は照明をつけた。
まだ電気止まってなくてよかった。
と、散らかっている服などを素早く片付けるとぷるんくんが不思議そうに俺の部屋を見回している。
「狭い部屋だけど、これからここで暮らすことになるよ。まあ、いつ追い出されるかわかったもんじゃないけど……」
俺が苦笑いを浮かべていると、ぷるんくんは
「ぷるるるん!」
目を輝かせて俺の部屋中を走り回った。
「ぷるんくん!?」
別になんの変哲もない男の子の部屋なのにどうしてこんなにはしゃぐんだろう。
ぷるんくんは本棚、机、ベッド、テーブルなどを行き来しながら点のような目を「^^」にして喜んでいた。
でも目の上には「\ /」のような眉毛っぽいのがある分なんかシュールだな。
だが、テーブルの上にいるぷるんくんはまた目を点にしてしゅんと落ち込む。
「ぐううう……」
ぷるんくんからお腹が空いた時の音が出てきた。
「もしかしてお腹空いた?」
「ぷりゅん……」
どうやらお腹が空いたようだ。
さっき菓子パンを与えたはずだが、どうやらそれでは足りないみたいである。
「そうだな。何か作ろうかな」
そう言って俺はキッチンへ行って小さな冷蔵庫のドアを開けた。
すると、
「何もない……」
空っぽだった。
そういえば、給料日が明日だからそれまでの間、菓子パンで凌ごうと考えて昨日50%割引のやつを買ったんだった。
その菓子パンは今やぷるんくんの中に吸収されてもうない。
所持金はゼロだ。
俺も結構お腹ぺこぺこなのに……
何かいい考えがないかと考えていると、
「あ!レッドドラゴンの肉!」
そういえばレッドドラゴンの死体を鑑定した時に、確か食べてもOKって書いてあった。
ランクの低い魔物の肉の場合、とてもまずくて毒はないが食べたりはしないという共通認識がある。
まあ、配信者たちの中には再生回数を稼ぎたい一心でFランクの不味すぎるオークの肉とかを食べるモクバンをやったりもするんだが……
しかしBランク以上のモンスターの肉は美味しいものもあるらしく、金持ちの美食家は大金を払って、モンスターの肉を得るための討伐依頼を日本ダンジョン協会に出したりもする。
Aランクモンスターともなると、国家機関である日本ダンジョン協会より、ダンジョンと関わりのある大企業を通じて取引をするのが慣例となっている。
俺をいつも助けてくれる秋月さんの父はそんな大企業の社長をやっているのだ。
つまり、レッドドラゴンの肉も美味しい可能性がある。
まあ、どっちみちメインとなる食材がレッドドラゴンの肉しかないから選択肢自体がないんだが。
そう思って、俺は収納を使って、ぷるんくんが倒してくれたレッドドラゴンの尻尾だけをキッチンのまな板に出してみた。
100均で売っている包丁を手に持ってそれをカットしようと振り下ろすと
カーン!
レッドドラゴンの尻尾の鱗が俺の包丁を弾き返した。
「硬っ!」
俺は気を取り直して再びチャレンジしてみた。
だが、
カーン!!カアアアン!!!カン!カン!カーン!
いくら力を入れても傷ひとつ生じないレッドドラゴンの尻尾。
もう100均で売っているこの包丁は刃こぼれしまくって使い物にならなくなった。
「あ……」
俺が絶望していると、足にふわふわした感触が伝わってきた。
なので下を向くと
「ぷるん?」
ぷるんくんが小首を傾げて俺を上目遣いしてきた。
何か困ったことがあるんかい?と問うている気がしてきた。
「あはは……このレッドドラゴンの尻尾、鱗が固すぎて切れないな」
と苦笑いしていると、ぷるんくんが「それなら任せて!」というようにドヤ顔を作ってまな板の方にぴょこんと登ってきた。
そして、ぷるんくんは軽く息を吸った後、手を生じさせて、それをレッドドラゴンの尻尾に近づける。
すると、ぷるんくんの手が急に明るく光りだした。
そしてそれが尻尾に触れた瞬間、物凄い量の火花が飛び散った。
「おお……」
別に力を加えたわけでもなく、少し触れただけなのに硬い鱗に覆われた尻尾はあっさり切れてしまった。
俺は気になり、ぷるんくんの手を鑑定することにした。
すると
ーーーー
スキル:超音波カッティング
説明:自分の体の一部に高エネルギーの超音波をかけて振動させて対象を切る。火属性、土属性の複合魔法。
ーーーー
すごい……
要するに現場などで使われる超音波カッターと同じ原理だな。
複合魔法はBランク以上の探索者じゃないと使うことができない。
テレビやnowtubeで見たことがあるが、実際に見るのは初めてだ。
ぷるんくんは超音波カッティングを止め、俺を見ながらまたドヤ顔をした。
どうやら褒めて!と言っているようだ。
「ぷるんくん!よくできた!」
と、俺はサムズアップしてぷるんくんの頭を撫でてあげた。
「ぷるるるん!るるるん……るるるん……るるるるる……」
すると、ぷるんくんは目を閉じて体を振動させる。
これは恐怖による震えではなく、喜びによる震えだということがすぐに伝わってきた。
なんか猫っぽくてかわいい。
よし!
せっかくレッドドラゴンの肉が手に入ったわけだから、腕によりをかけてなにか作ろう!
俺はぷるんくんをベッドにそっと置いて料理を始めた。
と言っても、ご飯もないし、野菜もないから単純な料理になると思う。
俺はカットされた尻尾から肉だけを抉り出して、それを一口大に切ってゆく(別の包丁を使用)。
そして、ジップ付き保存袋に肉を入れて、すりおろしニンニク、すりおろし生姜、塩こしょう、醤油、味醂も入れてまじえまじえ。
そしてマヨネーズを少量入れて少し寝かせた後、片栗粉、小麦粉を混ぜた衣に入れて油たっぷりのフライパンで揚げる。
底をつきかけている市販用のレモン汁を入れたらレッドドラゴンの唐揚げの完成である。
俺は早速皿に盛って、それを机の上に置いた。
すると、ぷるんくんが興味深げに寄ってきてレッドドラゴンの唐揚げを見つめたのち俺を見て小首をかしげる。
「ん?」
これなああに?って聞いているような気がする。
「レッドドラゴンの唐揚げだよ」
まあ、おそらくぷるんくんはずっとSSランクのダンジョンで生きていたはずだから唐揚げは初めて見るんだろうな。
うん……
食べられるんだけど、味は保証できない。
ここはぷるんくんの主である俺が先に食べた方が良かろう。
なので、俺は箸でレッドドラゴンの唐揚げを摘んで口の中に入れた。
「むぐむぐ……っ!!!!!!な、なんて味だ!!!」
ここここれは……
「美味しい……こんなに美味しい肉は初めてかも……」
正直、あまり期待はしてなかったが、俺の予想は完全に覆された。
程よい弾力、噛めば噛むほど滲み出る旨味、独特な風味なのに全く違和感を与えない味。
火を扱うモンスターだからなのだろうか、燻製肉のような香ばしい匂いが俺の舌と鼻に伝わってくる。
そしてパリッと仕上がった衣の食感はこのレッドドラゴンの味を際立たせてくれている。
肉自体が五つ星のホテルに行けば味わえるんじゃないかと思えるほどのクォリティだ。
もっとも、貧乏人である俺は五つ星ホテルは愚か、三つ星ホテルだって行ったことないけどな。
そんなどうでもいいことを考えていたら、向かいにいるぷるんくんが涎を垂らしながら俺とレッドドラゴンの唐揚げを交互に見ている。
「んぐ……ぷるんくんも食べて。肉はいっぱい仕込んであるから」
「ぷるん……」
ぷるんくんは眉毛っぽい『\ /』によりいっそ力を込めて、意気込んだのち、手を生えさせレッドドラゴンの唐揚げを一個摘んで口の中に入れた。
すると
「ぷっ!!ぷるん!!!」
ぷるんくんは目を丸くして驚いた様子を見せる。
そして、
「んんんんんんん!!」
いつしか眉毛っぽい『\ /』はなくなり、目を瞑ってレッドドラゴンの唐揚げの味を堪能しながら喜んでいる。
体が少し振動しているあたり、おそらく気に入ったようだ。
そういえば両親が亡くなってから俺はずっと一人で料理を作って一人で食べたな。
つまり、俺が作った料理を食べてくれたのはぷるんくんが初めてだ。
にしても本当に喜んでいるんだな。
なぜか見ているこっちまで幸せになる。
こんな小さくてかわいいぷるんくんが、実はレベル777でSS級モンスターを一発で仕留めたつよつよスライムだなんて誰も思わないんだろう。
左目の横に十字傷があることをみると、やはりSSランクのダンジョンで辛い時間を過ごしていたに違いない。
なのに、無邪気な子供のように喜びながら唐揚げを全部食べるなんて……
全部……
あれ?
三人分ほど作ったんだが、ぷるんくんはレッドゴラゴンの唐揚げを全部食べ尽くして皿まで飲み込もうとしている。
「ちょ、ちょっと!!ぷるんくん!皿は食べ物じゃないから!」
「ん?」
「唐揚げもっといっぱい作ってあげるから皿は置いといて!」
「ぷるん!」
俺はぷるんくんが切ってくれた尻尾肉を全部使い切って唐揚げを作ってあげたが、ぷるんくんのお腹は満たされることはなかった。
なので残りのレッドドラゴンの肉を相当使い、結局、調味料を使い切ってしまった。
ぷるんくんの食欲恐るべし。
不思議な感じだ。
家賃、光熱費、水道代、ガス代は数ヶ月滞納中で、所持金はゼロだ。
学校に行けば葛西グループが俺をひどくいじめてくる。
先生と他のクラスメイトたちもなんの力も持たない俺を見て見ぬふりをする。
秋月さんに助けられるたびに、無能な自分があまりにも惨めすぎて心が痛くなる。
俺に置かれた状況は何も変わってない。
でも、
「んんんん〜」
目の前でレッドドラゴンの唐揚げを完食して満足げな表情で安らいでいるぷるんくんを見てると、そんな悲しい現実からくる辛さが吹っ飛ぶ感じだ。
そろそろ風呂浴びて寝ないと。
明日は学校だから。
追記
次回は学校編です!
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