毒を持った花
「先日、東雲市にて深災が発生。発生現場は市の病院の近くとのことでしたが、幸いにも怪我人は出ませんでした」
あ、これ昨日の深災のことだ。
朝のニュース番組でアナウンサーが淡々とニュースを読み上げている。
取り扱っているのはどうやら私が昨日巻き込まれた深災のことみたいだ。
私はもぞもぞと布団から顔を出した。
ここは私の自室。
愛しの布団の中だ。
テレビの横に置かれた金魚鉢の中では私の唯一の友人、金魚のププちゃんが今日も元気に泳ぎ回っている。
いつもと変わらない平和な朝。
そんないつもの一幕で自分が関わったニュースが放映されている。
なんだかそわそわするな。
「いきなりの出現でしたが、運よく現場付近にいた魔法少女ホワイトリリィによって鎮圧されたようです」
「え?彼女一人で鎮圧したのですか!?彼女ってそんなに強かったですっけ」
アナウンサーの報告に対し、コメンテーターが反応する。
モニターには昨日私を逃すために戦ってくれた白い魔法少女の姿が映し出される。
あの子、ホワイトリリィっていうんだ。
私はテレビをぼんやりと見つめながら昨日のことを思い出していた。
昨日、結局私は彼女に名乗った後急に恥ずかしくなって逃げ帰ってしまったのだ。
自分で逃げておいてなんだけど、かなり失礼なことをしたとは思う。
魔法少女になるのは一度きりと言っておいて、まだあのマスコットのツノのかけらも返せてないし。
というより、あのツノのかけらはどこへ行ったのだろう?
身体の中にそれらしき存在は感じるのだけど、取り出し方がわからない。
私は自分の胸に手を置いてため息を吐いた。
魔法少女の核たるこのかけらを返せていない現状私はまだ魔法少女のままだ。
「実は深淵を鎮静化したのはホワイトリリィなんですけど、元凶の深獣を討伐したのは別の魔法少女なんですよ」
モニターが切り替わり別の魔法少女の姿が映し出される。
それはどう見ても私だった。
「へぶぅ!!??」
思わず変な声が出る。
「見たことない魔法少女ですね。私の勉強不足でしょうか」
「いえいえ、実はこの子今回の討伐が初戦闘みたいなんですよ」
「えー!初戦かつ単独で深獣を討伐したんですか!?」
なにやらコメンテーターたちが色々と盛り上がっている。
でも私はそれどころではなかった。
一体いつ写真なんて撮られたんだ??
全く身に覚えがない。
しかもちょっと変身して隙だらけの獣を後ろから小突いただけなのに、随分な言われようだ。
なぜか謎の新人魔法少女としてニュースのメインに取り沙汰されている。
申し訳ないやら恥ずかしいやら色々な感情が渦巻き、私は布団に突っ伏した。
もしかして自分が想像していたよりもヤバい状況になってる?
やっぱり外になんて出ないで布団に潜っていればよかったぁぁ……
「まだ名前も未発表で、公式からの今後の発表が待たれますね」
『謎の魔法少女、今後に期待か!?』というテロップでそのニュースは締め括られた。
もう、やめてぇ……
私のライフはもうゼロよ。
もういい、今日は不貞寝をしよう。
これは夢だ、悪い夢なんだ…………
……………………………
…………………
……
……ン……ピ…………ーン……
ピ……ン……ポー……ン
ピーン……ポーン……
……うん?
チャイムが鳴っているな。
宅配便だろうか?
おかしいなこんな時間に。
私の今世の両親は共働きなので今は不在だ。
なので出るとしたら私しかいない。
私は布団から這い出ると窓まで移動しカーテンを開ける。
私の部屋は二階、位置的には窓から玄関の様子を伺うことができる。
玄関には今朝、ニュースに出ていた白い魔法少女その人が立っていた。
その隣にはあの小さなユニコーンも見える。
「んげ!?」
変な声が出た、本日二度目だ。
私は慌ててカーテンを閉めたが、閉める瞬間彼女とバッチリ目が合った。
「あ、二階かー」
そんな陽気な声が外から聞こえてくる。
そうして、コンコンッと今度は窓をノックされた。
「ひ、ヒエッ」
ここ二階なんですけどぉ。
魔法少女だし飛ぶのは簡単かもしれないけど、それはホラーだよ。
「ねーねー、あーけて。ちょっとお話ししようよー」
お話って何を話すっていうんですかぁ。
だいたいなんでこの場所がわかったのだろう。
私は魔法少女としての名を名乗っただけだ。
付けられた記憶もないのに住所が特定されてる!?
そこまで考えて、ふと思いつく。
ツノのかけらのせいじゃない?
私の中にあるかけらは元々あのユニコーンのものだ。
もしかしたら位置を探知できるのかもしれない。
とゆうか、そもそもツノのかけらを回収しにきてくれたんじゃない?
そうだ、きっとそうに違いない。
カーテンの隙間から覗き込んで様子を伺う。
少女はこちらを見ながらニコニコと笑っていた。
あう、笑顔が眩しいよぉ。
彼女と目を合わせないようにしながら再びカーテンを開き、窓の鍵を開ける。
「おっ邪魔しまーす!」
その瞬間ものすごい勢いで窓が開き、リリィが部屋に侵入してきた。
「ピ!ピギャ!!??」
その想定外の勢いに本日三度目の奇声を上げて布団まで避難する。
「僕もお邪魔するユ」
布団の隙間からあのユニコーンも入っているところが見える。
入ってくるなら、そう言って欲しかった。
自分の部屋に女の子が、しかも魔法少女がいるなんて変な気分だ。
陰キャのダメ人間だけど部屋は綺麗にしておいたのは不幸中の幸いだった。
「あれ?お布団の中に逃げ込んじゃったよ」
「だから言ったユ。大人しそうな子だからガツガツ距離を詰めるのは良くないユ」
ユニコーンの忠告に対し、白い魔法少女は頬を膨らませる。
どうやら彼女はかなり活発な性格のようだ。
ユニコーンの方は私の性格をよく分かっている。
いきなり来られると私は引いてしまう。
悲しき陰キャの性……こちらはただでさえ人と話すのは苦手になっているのだ。
「ぁ、ぁのう…………」
私のかけらを回収しにきてくれたんですよね、そう言おうとした。
でも私の声があまりにも小さくて聞こえなかったのか、私の言葉を遮るようにリリィが言葉を発した。
「ねぇ!あたしたちとチームを組んで一緒に魔法少女をしようよ!!」
……うえぇ?
何言ってんのぉ…………
リリィは満面の笑みで布団をかぶる私へと手を差し出している。
「あ、えっとぉ…………無理、です……」
目をそらしてその申し出を断る。
「ええ!なんで!?」
少女は断られると思っていなかったのか、驚いた顔をする。
いや、むしろなんで断られないと思ったんだよ。
いったいそのポジティブな自信はどこから来ているの?
少女の方は話にならなさそうなので、私はユニコーンの方に話しかける。
「ぁの……あなたのかけら……返します」
元々、魔法少女になるのは一度っきりという話で変身したのだ。
深獣も倒したし、少女も助けた、私が魔法少女であり続ける必要はもうないだろう。
「えっと、言いにくいんだけどユ……」
え、何?
ユニコーンが困ったようにもじもじしている。
まさか返却不可とか言わないよね。
「カメリアちゃんがとっても強いから本部からぜひ正式に魔法少女にってスカウトが来たんだよー」
ユニコーンと布団の間に入ってリリィが嬉しそうに言う。
嘘でしょ……
本部からスカウト……全然嬉しくない。
深災と闘う組織は二つある。
『白き一角獣』と『黒き獅子』、『白き一角獣』は魔法少女を『黒き獅子』は魔法騎士をそれぞれ有する組織だ。
この二つの組織の大きな違いはその採用方法だ。
『黒き獅子』は前世で言う軍隊に近い組織であり、多種多様な人材を採用している。
採用には才能の有無を問わない。
性格、経歴に問題がなければ志願することで魔法騎士の一員になれる。
それに対して『白き一角獣』は完全なスカウト制だ。
本部から才能ありとみなされた者しか魔法少女になれない。
そして当たり前だが、魔法少女と言う名の通り女性しかなることはできない。
女性しかなれない理由については色々議論されているが本部は詳細を明かしていない。
一部では本部の趣味とまで言われている。
まぁ、そう言われるのも無理はなく、魔法少女はその見た目の可憐さから一部ではアイドル化していることは事実だった。
ともかく、魔法少女とは魔法騎士と比べると狭き門であり、そう簡単になることはできない存在なのだ。
私の魔法少女化は特例中の特例であり、緊急事態だからこそ起こった例外の事例だ。
だから私の魔法少女化はすぐ取り消しになると思っていた。
それなのに本部からスカウト…………?
不味い気がする、逃げ道を塞がれた、そんな気分だ。
「一緒にやろうよ」
こちらの気も知らないでリリィは無遠慮に手を差し伸べてきた。
その迷いのない無邪気な笑顔が羨ましい。
私もそんな風に前向きになれたら……こんな風に布団にくるまって惨めな思いをしなくてすむのに。
そう思うけど、一歩を踏み出す気にはなれない。
魔法騎士だったら、まだよかったのに…………
「ぁの、やらない、よ……魔法少女は、いやだ」
やらない。
私はやらないよ。
「そんなこと言わないで、こんな風に引きこもってたらダメになっちゃうよ。ほら布団から出てー!」
「んん〜」
リリィが布団を引っ張ってくる。
私も負けじと布団を自分の方へ引っ張り返す。
まるで子供の喧嘩だ。
だが、どんなに子供染みていようと私は一歩も引く気はなかった。
この布団が私の聖域だ、出る気はない。
「リリィ、無理にやらせるのはよくないユ」
ユニコーンが魔法少女の強行を引き止める。
なんだかんだいってこの小動物は常識的な性格なのかもしれない。
今日も終始申し訳なさそうな表情を浮かべているし。
私が魔法少女の世界に引き込まれたのは彼のパートナーを助けたいという願いが原因だ。
その結果私が後戻りできなくなりつつあるのを申し訳なく思っているのかもしれない。
「今日はここらへんで帰ろうユ。君もスカウトの件を少し前向きに考えてみて欲しいユ」
「え〜ちょっと、パプラー!?」
パプラと呼ばれたユニコーンはパートナーを引きずって窓から去っていった。
窓の外からホワイトリリィの不満げな声が聞こえてくる。
来るのも唐突なら、帰るのも唐突だな。
私は窓の鍵を閉め、カーテンもきっちりと閉じる。
また明日も来るのかな……
私は急に静かになった自室で一人ため息を吐いた。
私が……魔法少女か…………
まだ、人生に希望を抱いていた頃の私なら喜んだだろう。
魔法少女や魔法騎士、前世において存在しなかった彼らはまるで物語の登場人物のように脚光を浴び、人々の憧れの対象となっていた。
その輝かしい活躍に嫉妬したこともあった。
でも今となっては、それらの存在は私のトラウマを刺激する存在でしかない。
また、布団の中に潜る。
この中になら、私を傷つける存在はいない。
視界の端に、赤い揺らめきが映る。
金魚のププちゃんだ。
そうだ、私はププちゃんのようになりたい。
金魚鉢の中は狭くて、毎日退屈かもしれない、でも天敵のいないそのガラス玉の中でなら私は安らかに眠れるだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
思えば、彼女は初めから特別だった。
彼女の立ち振る舞いからはある種のカリスマ性のような、人を引きつける何かがあった。
自己紹介をする彼女の背はしっかりと伸びていて、彼女の厳格な性格を表しているようだった。
その凛とした佇まいはまさしくお嬢様といった感じで、誰もが彼女に目を奪われていた。
「よろしくお願いね、出雲さん」
たまたま隣の席だった。
それだけなのに彼女は私に微笑みかけ、握手を求めた。
「ぁ、ょろしく」
私は少し吃りつつも彼女の握手に応じた。
目は合わせられなかった。
美しい彼女の顔立ち、宝石のようなその瞳は私には眩しすぎた。
それに微笑んだ彼女の顔は自己紹介の時の凛とした佇まいとは一変して年相応に幼く、無邪気そうな笑顔で、私を赤面させるには十分だった。
彼女は、自分を友人に招き入れたいのかもしれない。
でも、私はその招待に応じるつもりはなかった。
小学校での失敗を反省した私は女性との交友関係をすっぱり諦めることにしたのだから。
私は彼女なんかより、友達になれそうな男子を探すことに必死だった。
今思えば、彼女の招待を受け入れていればその後の結末は違っていたのかもしれない。
彼女は特別なのだから。
藍澤恵梨香、彼女の特別には理由があった。
魔法少女ピュアアコナイト、それが彼女のもう一つの顔。
彼女もまた私の神童としての地位を脅かす選ばれた人間の一人だった。
その時の私は考えもしなかった、彼女の正義の刃が私を貫くことになるなんて。
その独善的な正義で私の人生をめちゃくちゃにされるなんて。
魔法少女ピュアアコナイト、私への虐めの主犯格の一人だ。
だから、私は魔法少女が嫌いだ。
魔法少女の掲げる正義が正しいものばかりではないと彼女が私に教えてくれたから。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
鳥兜 Aconitum
鳥兜の花言葉は騎士道、栄光。
正義の騎士のようなイメージの花言葉が存在する一方で、人嫌い、厭世家、復讐という花言葉もある。
鳥兜はその全てに毒性を持っていて、特に根は致死量に達するほど危険な毒を持っている。
毒としてあまりにも有名だが、その毒は薄めることで薬にもなる。
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