第20話 クズ男

 木崎は数秒の間、なにが起こったのか飲み込めないで呆然と立ち尽くしていたが、


「まぐれだ! まぐれに決まってんだよ! なにぼーっとしんでだ、木崎っ! 鈴城なんかぶっ潰してやれ」

「言われるまでもない。さっきのは油断しただけ。これからはもう手を抜くつもりはない!」


 浜田が動物園のチンパンジーみたいにフェンスを掴んで激しく揺らしながら、口やかましくせき立て、木崎はその声でようやく我に返ると飛んでしまったラケットを拾い、本気を出すことを決めたらしい。


 すでに本気出してると思ってたんだけど、あの遅いサーブは俺の油断を誘うものだと知り、俺も気を引き締めていた。


 いざとなれば、スイッチすることも念頭にいれなきゃ……。


「鈴城、ボクの本気サーブを食らって、沈黙しろぉぉーーっ!」


 いや……木崎のほうが黙れよ……。


 試合中なのにうるさい木崎に辟易していると、サーブのモーションにすでに入っており、俺は肩幅より広めのスタンスを取り、腰を落として構えた。


 パコンッという音とともにサイドラインから一〇センチ内側にボールが落ちている。


「どうだ! ボクの精密サーブは!!!」


 なるほど、威力は相変わらずだが確かにさっきより本気だしているというのは確からしい。俺は驚いて小泉行文みたいな思いに囚らわれていた。


 木崎のサーブが精密ってんなら、いまの俺の両手フォアハンドはどの程度の精度があるんだろうなっ!


 俺は、蚊が寄ってくるような木崎のサーブをサイドラインを跨ぎアレイ上で捉え、そのまま弾き返した。


 ――――サーティ、オール!


 勢いよく打球はサイドラインとベースラインを踏んでコートの外へ出ており、木崎はサーブを打ち込んだあとダッシュでサービスラインで構えていたが、早いボールに反応できておらず構えたまま見送っていた。


「なっ!?」


 審判のコールでようやく気づいて、コート外に出たボールがてんてんてんと転がるのを振り向いた木崎が確認して、驚いていた。

 


 ざわっ、ざわっ、ざわっ!



 サーブを二本決めて、盛り上がりまくっていた木崎のファンたちは互いに顔を見合わせ、異変を感じとっているようだった。


 祈るように俺を見つめ心配そうにしていた伊集院に俺は目配せして、頷いた。



【触れられたくもない男に渡さねえから安心しろ】



 別に伊集院の彼氏でも恋人でもセフレでもないが、つきまとわれて困ってるなら、ストーカーにきちんと事実を叩きつけてやらねえとな!


「いいぞーーーっ! 鈴城ぉぉーーっ! もっとやれーーっ! 勝ったら、おっぱい揉ましてやるから、頑張れよーーーっ!」


 えっ!?


「ま、真莉愛!?」


 俺も水上の大胆な発言に驚いたが、それは伊集院も同じだったようで、にひひと目を細めて笑う水上の顔を見ていた。


 まるで家庭教師がいい点数を取ったら、みたいなシチュエーションに桜ちゃんとのことを思い出してしまう。


 あとで直なのか、服の上からなのか、生で見れるのか、そうでないのか、詳細なオプションについて水上ときちんと詰めないといけない。


 真莉愛のおかげで、さらに早く試合を終わらしたくなった俺は木崎への遠慮が皆無となってしまった。


 ――――だ、大丈夫かな?


 ――――あのモブに負けるとかないよね?


「木崎っ! おまえ、舐めプも度が過ぎっと負けちまうぞ。ここらでカスにおまえの力を見せつけてやれよ」


 木崎のファンの動揺を見た浜田が木崎に声をかけるが……。


狼狽うろたえるなっ! ボクの実力がこの程度などと見くびってもらっては困る。鈴城がやってるのはただのパワープレイに過ぎない」


 ああなるほど、ライン際々きわきわを突いたのは木崎には見えなかったんだよな、俺が脳筋と思われても仕方ない。


「ボクの精密なサービスでこのゲームを取る!」


 ――――きゃぁーーーっ!


 ――――木崎くん、かっこいいーーーっ!


 木崎が俺にラケットを向けて、そんなことを言い放つと、さっきまで不安そうだった木崎のファンたちがうちわを掲げて、木崎を応援し始めていた。


 木崎の精密なサービスよりも、水上の濃密なサービスをお願いしたいところ。


 木崎がトスを上げると周りは静まり返り、テイクバックののち、相変わらずの死んだ球が打ち込まれた瞬間、木崎は俺に向かってまっすぐ走りこんで、ネット前に陣取った。


 よほど切羽詰まったのか、いまじゃめっきり見なくなったサーブ&ボレーを狙っているらしい。


 せっかくだし、つき合ってやろうじゃないか。


 俺は返されるのを覚悟の上で木崎の正面めがけて両手フォアハンドを渾身の力を込めて放った。


「バカめ! ボクのボレーは――――!?」



 ばちこーーん!



 ――――きゃぁーーっ! 木崎くんの顔が!


 ――――高い鼻が潰れちゃってるよぉぉ!



 ファンたちから漏れる悲鳴。


 木崎はなにか言おうとしていたが、言い終えることなく俺の打球を真正面でラケットに当てこそすれ、そのまま打球の勢いに負けて、ボールとラケットが木崎の顔面に直撃していた。


 顔面ボレーによりガットが木崎の甘いマスクに押しつけられ、鼻は赤くなって鼻血を垂らし、顔全体にガットの編目がくっきりついてしまうが、イケメン顔の犠牲により、ボールは俺のコートに戻ってきており、それを木崎は痛々しい顔でドヤる。


「どうだっ! これが木崎勇騎の本気だ、思い知れ鈴城っ」


 案外泥臭いテニスもするのかと感心する。



 ――――サーティ、フォーティ!



 俺は木崎のまさに身を削るボレーで浮いたボールをスマッシュしておいた。


「くっ……鈴城……貴様には人の情というものがないのか……」


 その事実に木崎はがくっと膝をコートに落としながら、うなだれながら俺だけにぼやく。


「女の子を物のように扱う木崎に言われたかねえよ」


 そのひとことだけ言い、俺は定位置へと戻り構えた。


 ――――やめてよね!


 ――――木崎くんの顔が見れなくなっちゃう!


 また顔面ボレーを敢行した木崎だったが結果は同じ。ファンが俺に文句を言ってきたのだが、それしか木崎ができないのだから、お門違いにもほどがある。


 木崎の顔は網焼きステーキみたいな筋が入っていて焼いたら案外旨いかもしれない。


 捨てるけど。


 ――――ゲーム鈴城。ファーストゲーム。


 最初の木崎のサーブには驚かされ、先制を許したが難なくブレイクし、今度は俺のサービスゲームとなる。


 長椅子に置いた伊集院が渡してくれたクマのマスコットがプリントされたファンシーなタオルで汗を拭い、スポドリをくいっと一口、二口煽り、コートを移ろうとしたときだった。


「勇騎……大丈夫? 腫れてるよ、棄権したほうが……」


 佐竹先輩が顔ぱんぱん網目焼きにしている木崎を心配して声をかけたのだが、木崎は腕で振り払い、それが佐竹先輩に当たってしまう。


「きゃっ!」


 木崎の手が先輩の顔に強く当たって、先輩は声をあげてよろめき、俺のほうによたついて転びそうだったので受け止めた。


「うるさいっ! おまえは黙ってろ。これはブライドを賭けた問題なんだよ!」

「はい……よけいなこと言ってごめんなさい……」


 木崎は謝るどころか、先輩に文句を言うが、当の先輩は木崎を立てて自分が謝罪していた。


 知ってたけど、なんてできた人なんだろうか。


 それにしても木崎の奴だ。プライドじゃなくて、ただ伊集院と佐竹先輩の二人を自分の女にしたいだけじゃねえか。


 俺は「冷やして」と水滴のついたスポドリを渡すとまぶたにうっすらと涙を浮かべた先輩はぺこりと俺に頭を下げたあと、頬に当てがう。敵である俺にもホントに丁寧極まりない神対応。


 佐竹先輩みたいないい人がいるのに……。


 他の女の子か欲しいとか、ただのクズだろ! 木崎って奴は。


 俺は木崎をとある方法で潰すことを考えていた。


―――――――――――――――――――――――

お待たせして、済みません。いよいよ明日、断罪のお時間です。


すみれパイセン、いい人すぎる……彼女をクズ木崎から解放してあげてという読者さまはぜひフォロー、ご評価お願いいたします。


真莉愛のご褒美SS書いた方がいい?

ちとお時間いただくかもしれませんが、フォロー、ご評価伸びてたら、頑張りますね。


ホントはテニスの試合中に気合いはよくても、会話してはいけないんですが、小説における演出だとご理解いただけるとうれしいです。

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