【完結】少し遅れた異世界転移 〜死者蘇生された俺は災厄の魔女と共に生きていく〜

赤木さなぎ

第一章 出会いの物語

第一章① 死者蘇生

「――すか? ――ですか?」


 声が、聞こえる。


「――大丈夫、ですか?」


 優しく耳触りの良いその声に意識を揺り起こされる。

 目を覚ますと、目の前に一人の女の子がいた。

 彼女は不安そうな表情でこちらを見ている。


「あ、起きました。えっと、わたしの言葉、分かりますか?」


 見た目から判断するに、年齢は二十かそこらだろうか。

 もしかするともう少し若いかもしれない。


 まるで透き通った結晶の様に無垢な純白のワンピースドレス。

 腰まで伸びた夜空の様に美しい黒髪。

 目を合わせると吸い込まれそうな程に澄んだ紫紺の瞳。

 そして、エルフ耳。

 

 そう、彼女の耳はすらりと長く伸び、つんと先の尖った形をしていた。

 それは漫画や小説の様なファンタジー作品でよく見る、俗にいうエルフ耳という物だった。


 これはコスプレか何かなのだろうか、まるで本物みたいによく出来ている。


 俺は身体を起こし、「ああ、大丈夫……」と辛うじて言葉を絞り出した。


「良かった。やっと、目を覚ましてくれました。あなた、この森で倒れていたんですよ。――普通はここまで入って来られないはずなんですけど、どうしてでしょう」


 重ねて彼女は話しかけてくる。

 しかし、覚醒したばかりでまだぼやけた頭では処理しきれず、全く入って来なかった。


「どう、して……? えっと……」


 定まらない思考を何とか働かせ、彼女の言葉を咀嚼する。

 しかし、上手く状況を呑み込めない。


 森……? 今、彼女は“この森”と言ったのか。


 冷静に、改めて周囲の様子を確認する。

 なるほど、確かにここは森の中。それもかなり奥深くの様だ。


 天にも届きそうな程に高く、太い木々が空を覆っている。

 その木々の根本や幹からは不思議な結晶体の石が生えていて、幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 辺りの空気は冷たく澄んでいる。きっとこれがマイナスイオンという物なのだろう。


 冷たい森の空気が気付け代わりとなったのか、一度落ち着いて来ると、ぼやけた思考の中でもそれなりに状況を把握する事が出来る様になって来た。


 状況を整理しよう。

 今俺が居るのは謎の森の中、そして目の前にはエルフの綺麗な女の子、以上だ。


 いや、待て待て。

 エルフもそうだが、そもそも俺が森の中に居る事自体がおかしい。


 何故なら、俺の最後の記憶は“トラックに跳ね飛ばされ、死んだその瞬間”なのだから。


 何か買い物に行く道中か、それとも職場からの帰りだったか、不思議と状況を正確に思い出せない。

 しかし、大体そういう状況だったはずだ。

 確か、そんな時に起きた事故だったと思う。


 跳ねられた衝撃で強く頭を打ったからだろうか、どうも色々な記憶が曖昧で、靄がかかった様だ。

 思い出そうとすると、道に迷う。記憶を辿ると、行き止まりに行き着く。点と点が線で繋がらない。そんな感じだ。

 

 記憶は曖昧だが、俺は信号が青でないと渡らないまともな人間であると自認している。

 おそらくトラック側の過失だろう。

 是非そう思いたいところだ、そう思わないとやってられない。


 しかし、自分の身体をよく確認してみれば、どこにも傷や怪我は見られない。

 まるで自分が跳ねられて死んだ記憶自体、俺の妄想だったのではないかと錯覚させる程に、何も無い。


「俺は、死んだはずじゃ……」


 ぽろりと、ふとした拍子にそんな呟きが漏れ出てしまった。

 慌てて口を抑え、ちらりと彼女の様子を窺う。


 やはり、ばっちりと俺の独り言が聞こえてしまった様だ。不思議そうに「何を言っているんだろう」という風に小首を傾げている。


 まずい。

 傷や怪我の様な状況証拠はどこにも無いと言うのに、初対面の相手がいきなりに「私はさっき死にました」なんて言い出したら、こいつは頭のおかしいやつなのかと思われかねない。


 いや、もしかすると、無自覚なだけでそうなのかもしれない。

 一応俺はまだ正気を保ったまともな人間のつもりだ。しかし、往々にして狂気に陥った人間にその自覚など無いだろう。


 必死に言い訳を考えながら、間を誤魔化そうと「ええと、その……」と苦しくしていると、彼女の口からは思いもよらぬ言葉が返って来た。


「ええ、そうです。あなた、死んでいましたよ?」


 どうやら、俺の記憶は間違っていなかったらしい。

 依然自分の正気が保たれていた事に安堵しつつも、しかし自分が死んでいるという現実が確定した所で、それは喜ばしい事でも無いだろう。

 この森は天国かはたまた地獄か、もしかするとあの世なのではないか。

 俺が無傷なのは死んで魂だけになったからなのではないか。


 なんて考えて、自分の頬を抓って痛みを感じるという原始的な確認方法を試していると、彼女は続けてこうも言った。


「ここにぐちゃぐちゃの死体が落ちていたので、試しに『死者蘇生』の魔法を使ってみたのですが……」


 ぐちゃぐちゃ……。

 自分の死体姿を想像してしまった、うげえ。

 想像するだけでも、あまり気持ちの良い物では無い。


 そして、魔法とは? 死者蘇生って何だ?

 と、また立て続けに俺の頭に疑問符が浮かび続ける中。

 また彼女は続けて、初めに俺へと投げかけたのと同じ様に、


「えっと、その――大丈夫、ですか?」


 と、そう問いかけて来る。

 “大丈夫”とは、何がだろうか。


 一度に押し寄せて来た情報の波。

 その勢いにしばらく思考がフリーズし、ぼーっとしていた。

 しかし、再度それらを咀嚼し直し、そしてやっと彼女の言わんとする事を理解した。


 俺の身体はぐちゃぐちゃの死体の状態でこの森に転がっていて、それが彼女の魔法で『死者蘇生』された、という訳だ。


 なるほど。“大丈夫ですか”とは、“死者蘇生したその後の経過はいかがですか”という意味だったのか。

 

「ああ、大丈夫……かな? 多分。一応生きてるみたい、ありがとう」


 死んでおいて何が大丈夫なのか分からないが、傷一つ無い健康体で身体は正常に動いている。

 一応その後の経過は良好と言えるだろう。

 と、俺は絞り出したいまいちな返事を、とりあえずで返す事しか出来なかった。


 しかし、一応彼女のおかげで今自分が生きているという事は辛うじて理解出来た。

 ならば、彼女は命の恩人だ。お礼を言っておいて間違いは無いだろう。


 そんな俺の適当な返事を彼女は「ふふっ」と一笑し、


「このままここで立ち話も何ですし、一先ず、わたしの家へ向かいませんか? このすぐ近くなんです」


 と、木々を分けた森の更に奥の方を指して示す。

 俺が何故突然こんな森の中に居るのか、『死者蘇生』とは、魔法とは何なのか。

 彼女には聞きたい事が山済みだ。

 付いて行けば、自ずとそれらについても分かるだろう。


 俺が「ああ」と頷くと、にこりと微笑み、そのまま「こっちです」とくるりと背を向けて先導して行く。


 そして、俺はひらひらと靡く美しい黒髪と純白のワンピースドレスを追いかけながら、森の奥へと歩を進めて行った。


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