死後税金は国民の義務です

ちびまるフォイ

納税はこの世の義務

「たかし……どうして……!」


「チヨ子……」


母親は泣き崩れてしまった。


成人して都会に送り出してからしばらくして、

戻ってきたのはもう笑わなくなった息子だった。


自殺だったらしい。

遺書もないので何に悩んでいたのかもわからない。


「失礼します」


落ち込む二人のところへ、黒いスーツの男がやってきた。


「この度はご冥福をお祈りします」


「あんたは……?」


「私は死後税金徴収員でございます」


「しご……なんだって?」


「山田たかし様が寿命をまっとうしたとき、

 本来納税されるはずの税金が入らなくなりましたので

 死後税金として徴収しにまいりました」


「はあ!?」


「もろもろ含めて、これだけの金額になります」


男の提示した金額は夫婦がどんなに働いても、

死ぬまでに払い終えるかどうかもわからない金額だった。


「あんた、ひとの心はないのか!? 死んでもまだ金を払えっていうのか!」


「私は仕事で来ているだけです。決めているのは国です」


「だったらあんたが戻って"ふざけんな"と言ってこい!」


「国も今生きている人が、ちゃんと健康で暮らせる前提で

 さまざま予算を組んでるので予定外に死なれると困るんですよ」


泣き崩れていた母親もこれには反論した。


「たかしは……たかしは家畜じゃありませんっ!」


けれど男は夫婦ふたりの反論にぴくりとも心を動かさない。

冷静な表情をキープし続けている。


「どう思おうと勝手ですが、あなた方が死後税金を払わないと

 今度は税金で救われている人が死んでしまいますよ」


「な、なんだって……?」


「ご存知でしょう。この国の納税率は30%を切っている。

 税金で国を動かすのもギリギリなんです」


「そんなの知ったことか!」


「あなたが死後税金を収めないと、

 遠くで難病と戦っている子供が医療費を払えなくなり死んでしまいます。

 それでも良いんですか?」


「ぐっ……」


「あなたもういいのよ。しょうがないことなのよ……」


「チヨ子、おまえ……!」


「たかしの前よ……。もうお金のことなんてどうでもいいじゃない……」


「ではこちらで死後税金をお納めください。失礼します」


「冷血人間め……っ!」


父親は毒づいたもののそれ以上抵抗することはなかった。


それからしばらくは喪に服して静かな日々だった。

やっと、たかしを失ったショックが薄れ始めると今度は母親が落ち込み始めた。


「チヨ子、もうずっと家にいるじゃないか。

 外は桜が咲いてキレイだよ。ふさぎこんでいたらお前まで滅入ってしまう」


「たかしはずっと辛かったのに、私はそんなこと知りもしないで

 近所でバレーボールだのヨガだのをやってたんだわ……」


「それを今言ったってたかしが戻ってくるわけじゃないだろう」


「私は自分が許せないのよ! 辛いときに何もしてあげられなかった!」


「だってそれは……連絡もなかったし、しょうがないだろう」


「しょうがない!? あなたは自分の子供が死んでもしょうがないって思えるの!?」


「そういう意味じゃ……」


「桜? 見に行けばいいじゃない!

 たかしのいないこの世界で呑気に酒でも飲んでればいいわ!

 あなたにとっては、もう考えたってしょうがない過去のことなんだから!!」


「……死後税金を収めてくるよ」


家にも居づらくなってしまい、税金を収めに市役所へと向かった。


日々の生活もギリギリだったのに死後税金も上乗せされると、

楽しみに少しづつ貯金していた旅行代も切り崩すことになった。


「この先、一生なにをしていけばいいんだろう……」


そう言いつつも自分の寿命は病院のデータかなにかで測られて、

だいたい何歳くらいで死ぬからそこまでに税金はいくらで。


そんなソロバン勘定がどこかでされているようで空がまた暗く見えた。


「……帰ったよ、チヨ子」


父親が家に帰ると、古い家のハリにロープが巻かれていた。

その先でチヨ子はゆっくりと左右に揺れていた。


「ち、チヨ子!」


ロープから下ろしてもすでに遅すぎることがわかった。

救急車が到着しても救急隊は首を横に降った。


「残念ながら……すでに亡くなってます」


「そんな……!」


すると、救急隊の後ろから見知った黒服の男がやってきた。


「この度はご冥福をお祈りします」


前とまったく変わらぬ声のトーンに苛立ちがつのった。


「心にも思ってないくせに!!」


「心を込めていれば変わるものでもないでしょう。

 私はあくまで死後税金を回収に来ただけですから」


「お前……っ」


「納税は義務です。それは生きてても死んでても同じこと。

 この国の納税率は下がる一方なんです。払ってもらわないと」


徴収員の男はスムーズな動きで納税通知書を出した。


「たかしさんに続いて、チヨ子さんも亡くなったので

 二人分の死後税金をお支払いください」


「……」


「チヨ子さんも、死後税金のことをご存知のはず。

 自分が死ねば残された人に迷惑かけるというのを知っていて

 人はどうして死を選びたがるのでしょうね」


男の無神経な言葉に父親は初めて自分の感情が抑えられなくなった。


「なにも知らないお前がっ! チヨ子を知ったふうに語るんじゃねぇ!!」


父親は怒りに任せて近くにあったスパナを手に取った。

わけもわからず、男の脳天めがけて振り下ろした。


がつん、と確かな手応え。


男は頭が凹み地面にうつぶせで倒れてしまった。




スパナを手放したときにはもう遅かった。

怒りが引くとことの重大さに血の気がひいた。


「あ……ああ、俺はなんてことを……!」


男の頭の変形っぷりは明らかに致命的。

とても一命を取り止める可能性を感じない。



それなのに、男は数秒後に立ち上がってしまった。


「なにをなさるんですか」


「あっ……い、生き返った……!?」


父親は目の前の現実が受け入れられずに口をパクパクしている。

男は変わらぬ口調で話しつづけた。


「実は私にはかつて両親がいたんです」


「……?」


「両親は私と無理心中しようとしたのですが、

 私だけがひとり残される形となった。あなたと同じ状況です」


「そ、それが一体なんの関係が……」


「ひとり残された人間が、二人分の死後税金を死ぬまでに払えると思えますか?」


「それは……」


「自分が死ねば死後税金からも解放されると思ってませんか?

 いいえ。あなたが死ねば、3人分の死後税金が国民全体に課税されるだけです。

 自分勝手な行動がまわりを巻き込んでさらに苦しくするんです」


「じゃあどうすればいいんだ!」


「だから私がそれを紹介するためにここへいるんですよ」


男の顔は理想的で人工的な笑顔をつくった。


「私はこの体にされてから、一度も欠かさず納税できるようになりました」


男は傷口からわずかに見えるアンドロイドの本体を見せつけた。



「さあ一緒に国民の義務をしっかり果たしましょう!」

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