7_待ち伏せ

 消灯してから3時間。集中力が切れてきて、夜の病院の静かさに耳が痛くなってきたころ。

 不審な動きを察知する。

 院内ネットワークのバックドアから何者かが侵入してきた。触手を伸ばすように手探りでネットワークを探査する独特の感覚で相手の正体を悟る。

 端末ごしのネットワークの走査は機器間のやり取りをプロトコルで定められたとおりに行う。自分の手足で探るようなこの感覚は間違いなく電脳化処理を施された者の仕業だ。


「ふん」


 獲物がかかった愉悦が鼻から漏れる。今日来なかったとしたら、検査の結果をでっちあげて経過観察の日数を増やさなければならなかった。一日で済んでしまったのは思わぬ収穫だ。


 ハッカーに悟られぬようパケットの発信場所を辿って、基地局に残っていたレンジングの情報から、基地局からの距離を算出する。

 距離の条件に合う箇所を映している防犯カメラ映像を片っ端からさらうと、バンが一台停車していた。深夜で車も少ないのに、この車両は数分前にこの地点に停まったばかりだ。時系列から見てこれが発信源と見て間違いないだろう。

 防犯カメラ映像に加工された形跡はない。

 当然といえば当然だ。今では防犯カメラは町中の至る所に設置されている。それらすべてに細工を施すことは私達ならばできるが、大々的に行えば足がつく可能性が高まる。

 足跡を残さないようどれだけ注意したとしても、絶対に探り当てられないという確証を持つことはできない。そもそも、私たちの力では人の目を誤魔化すことはできない。

 映像と証言に乖離があり、同じ証言が多数あれば疑われるのは映像の側。私たちに出来ることは多いが、決して万能な力ではないのだ。


『敵に動きがあった。アクセス場所は病院から300mくらい離れた場所。地図上のデータと、それらしき車両を捉えた監視カメラ映像を送る。確認をお願い。あいつらが病院に来た場合はこっちで受け持つ』


 博士が手配した実働部隊にデータを送る。


「よし」


 ベッドから抜け出して装備を確認する。

 腰に吊り下げたボウガンと拳銃にナイフ。ベストには予備の弾倉と矢をセットしている。

 上着の下には防刃シャツを着こみ、靴は薄い鉄板が仕込んであるブーツだ。ただし、音をたてないように靴底は柔らかいゴムにしてある。


 問題ない。準備は万端だ。


 部屋の入り口でじっと息を潜めて、待つ。

 倒れた宇宙政策委員の病室に向かうには、必ずこの部屋の前を通らなければならない。そうなるように、博士が病室の手配をしてくれた。


「ふぅ」


 気を抜くと緊張のあまり呼吸が止まりそうになるので、意識して息を吐く。強張った筋肉がほぐれて、血の巡りが良くなる。

 組織の実働部隊はただの雇われた傭兵かもしれない。だが、私と同じ電脳化処理を施された存在が来るのだろうと、不思議な確信があった。

 映像の加工は少ないほうが良いから少人数のはずだとか、リアルタイム性のためにここまで足を運んで電波が伝搬する距離を小さくする必要があるだとか、理由はいくらでもつけることができる。

 しかし、処理を受けた貴重な研究サンプルを気軽に外に出すはずが無い。合理的に考えれば、襲撃は普通の人間が行うだろう。それでも、私の中で確信が揺らぐことはない。


「だめだ」


 小さく呟く。脳が興奮しているせいで色んな考えが高速で浮かんでくる。

 私と祐樹以外にも、非人道的な電脳化処理を施した組織への怒り。

 私と同じ力を持つ人間がどんな相手だろうかという興味。

 そんな余計なことばかり考えてしまう。これでは、いざ奇襲を行うというタイミングで出遅れてしまうかもしれない。

 失敗は許されない。作戦が失敗すれば、組織の情報は得られない。それどころか、組織が私の生存を確信してしまう。

 それを知れば、組織はこれまでと違って黙ってはいないだろう。刺客を差し向けて連れ戻すなり、始末するなりしてくるはずだ。

 この作戦は一度きりの奇襲。次は無い。絶対に失敗するわけにはいかないのだ。

 余計な思考の優先度を下げて、キューに積みなおす。

 ネットワークの監視に集中しなければ。

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