小話シリーズ（失踪済み）

運命

「あなたは運命を信じますか？」 彼は私にそう尋ねた。私たちは、偶然にも同じ列車に乗っていた。私は彼の隣の席に座っていた。 「運命なんてないと思います」 私は答えた。私は自分の人生を自分で決めると信じていた。過去の出来事や未来の予測に左右されることなく、今この瞬間を生きることが大切だと思っていた。 「そうですか。でも、あなたが今ここにいることも、何かの運命ではないですか？」 彼は微笑んだ。彼は私より少し年上で、穏やかで優しい目をしていた。 「どういう意味ですか？」 私は不思議に思った。 「あなたがこの列車に乗った理由は何ですか？」 彼は聞き返した。 「仕事です」 私は答えた。私は出張でこの町に来ていた。明日から別の場所へ移動する予定だった。 「それでは、あなたがこの席に座った理由は何ですか？」 彼はさらに聞いてきた。 「空いていただけです」 私は答えた。他に特別な理由はなかった。 「それだけでしょうか？もしかしたら、あなたがこの席を選んだのも、何かの必然ではないでしょうか？もしかしたら、あなたと私が出会うことも、何かの必然ではないでしょうか？」 彼は真剣に言った。

私は黙って考え込んだ。確かに、偶然という言葉では説明しきれないような奇妙な感覚があった。彼と話していると、心地よくて安心できる気持ちがした。まるで前から知っている人のようだった。

でも、それが運命だと言えるのだろうか？そんなことを信じてしまったら、自分の意志や責任が軽くなってしまわないだろうか？

「ごめんなさい。わからないです」 私は正直に言った。 「わからなくても構わないですよ」 彼は優しく言った。 「でも、一つだけ言わせてください。あなただけが決められることがあります」

「何ですか？」 私は尋ねた。

列車が駅に到着した。

彼は立ち上がり、荷物を持ってドアへ向かった。

そして振り返って言った。

「この列車から降りるかどうか」

《終》