しゅらばらば?

「あれ? でも東坂先輩って確か高坂先輩と付き合ってるじゃありませんでしたっけ?」


 穴山さんの言葉に俺の背筋に冷や汗が流れる。そうだ…すっかりその設定を忘れていた。


 以前、俺と氏政と緑川の3人で参加した合コンがあったのだが…その場に穴山さんもいたのだ。そしてその際に緑川が千夏に言い寄って来るのを防ぐために着いた嘘を貫き通すため、彼女の前で「千夏と付き合っている」と言ってしまったのだった。


 そしてその話を冬梨は知らない。これは…ちょっとめんどくさい事になりそうだ。


 冬梨は穴山さんの言葉を聞くと俺の方をジト目で睨んできた。


「…兼続、どういう事? 冬梨、兼続が千夏と付き合ってるなんて聞いてない!」


「えっ? 東坂先輩もしかして二股ですか? 誠実そうな顔してやってる事はやってるんですね。ドン引き! 女の敵!」


 それを聞いた穴山さんも俺の方を下衆男を見るような目つきで見てきた。これは…どういう風に話を持っていこうか。…どの選択肢を選べば俺の心労が一番少なくて済む? 


「いやいや、冬梨。俺たちはカップル限定ケーキを買うためにカップルのフリをしているだけであって、本当のカップルじゃないだろ?」


 とりあえず俺はまず穴山さんに俺と冬梨が付き合っているという誤解を解く事にした。緑川の件を2人に説明してもよかったのだが、それをやると穴山さんから秋山さん経由で緑川に嘘がバレる恐れがあったからだ。


 人間「誰にも言うなよ!」と釘をさされた事ほど誰かに言いふらしたくなるものである。穴山さんを信用していない訳ではないが、できうる限りバレる可能性は潰しておきたかった。


 俺と千夏が付き合っているという嘘がバレると、またあの男が調子に乗る事になる。調子に乗ったあいつを相手にするのはそれはそれは酷くめんどくさい。それを避けたいという理由だ。


 それに引き換え、俺と冬梨が付き合っているというのは冬梨のいつもの悪ふざけに過ぎない。なのでまずそちらを解く事にしたのだ。…というかさっきめんどくさがらずに否定しておけばよかった。


「…兼続、冬梨とのお付き合いは遊びだったの? この前も兼続の部屋で激しく(ゲームを)やったのに!」


「えぇ…東坂先輩それはマジで酷くないですか? 馬場冬梨を遊ぶだけ遊んで捨てるとか…。これは女として馬場冬梨に味方せざるをえません」


「冬梨、いつもの悪ふざけはそこまでにしてくれ。今度またお菓子奢ってやるからさぁ」


 しかし、俺の言葉を曲解したのか穴山さんが更にヒートアップする。


「マジ酷い! 東坂先輩見損ないました。そこまでクズだったんですね。いくら馬場冬梨がお菓子が好きだからって、遊んで捨てたのをお菓子やるから許してくれだなんて! これは私のトゥイッターで拡散します!」


「あぁ…」


 これじゃいつまでたってもラチがあかんな。仕方がない、冬梨の方を説得するか。

俺は冬梨の腕を掴むと店のトイレの方へ引っ張っていった。


「冬梨、頼む! 悪ふざけはここまでにしてくれ! 今度またあの3000円のクッキー缶を買ってやるから!」


「…兼続は本当に千夏と付き合ってるの?」


 冬梨は相変わらずジト目で俺を睨んでくる。…どうして冬梨はそこに執着するのだろうか? 俺は千夏の件を彼女に言おうかどうか迷ったが、冬梨なら大丈夫かと判断して事情を話す事にした。


「実はな。アレは緑川っていう千夏のストーカーから彼女を守るための嘘なんだ。俺と付き合ってる事にして千夏をストーカーから守ってるの。穴山さんが緑川の友達の後輩でな、そこからバレる可能性があるんだよ。頼む、千夏の身の安全のためにもそういう事にしておいてくれ!」


 俺は冬梨に必死に頼み込んだ。


「…実はそんな気はしていた。2人が本当に付き合っていたらもっと何かしらサインがあるはず」


 ホッ、納得してくれたか。しかし冬梨は再びジト目になると俺に言葉を放った。


「…でも兼続は千夏のためにそこまでするんだ?」


「そりゃ大事な寮の仲間だからだよ。もし冬梨がストーカーに付きまとわれていたら俺は守るために同じ事をするぞ!」


 冬梨はそれを聞いて少し複雑そうな表情を見せたが、やがてほほ笑むと俺に語り掛けてきた。


「…少し複雑な気分だけど、それが兼続の良い所。冬梨は兼続のそういう所がす…//// き、気に入っている。例のクッキー缶2缶で手を打つ」


 2缶…つまりは6000円。少し高いがこの場合は仕方がない。調子にのった緑川の相手をするよりはそちらの方が良い。俺は秒でそれを承諾した。


「ありがとう冬梨、恩に着るよ」


 俺と冬梨は交渉成立の握手を交わした。そして2人で穴山さんの所へ戻る。


「…オホゴメン、あれは冬梨の冗談。オホの反応が面白いからついやっちゃった」


「えっ、冗談だったの?」


「そういう事だ。スマン穴山さん、勘違いさせちゃったみたいだな。という事で俺と冬梨がカップルというの嘘な」


「そうだったんですか…。私もう少しでトゥイッターに拡散するところでした」


「そうなる前に思いとどまってくれてよかったよ」


 穴山さんのフォロワーってうちの大学の男子共も結構いるって話だし、もしそうなったら大学の男子どもに俺が大学の女神の2柱と二股をかけているという話が広まり、暴走した大学の男子生徒たちにより俺の平穏な大学生活が崩れていただろう。


 危ない危ない。間一髪だった。冬梨の理解が良くて助かった。


「…でもオホ、冬梨のために怒ってくれて嬉しかった」


「それは…その/// もうあんたは友達…みたいなもんだし? 友達が酷い事されているんだから怒るのは当然じゃん」


「…オホ。もしよかったら今度一緒にお菓子食べに行かない?」


「オホ言うな。あっ、それならさ。今度『色彩さわやか農場』でカボチャのお菓子フェアがあってさ~」


 2人は楽しそうにお菓子の話をしている。良かったな冬梨、友達が増えて。俺はその様子を微笑ましく見守った。



○○〇



 穴山さんと別れて後、俺は冬梨と約束したクッキー缶を買うために近くのスーパーへと向かっていた。


「何も今日買わなくてもいいんじゃないか?」


「…外に出たついで。そろそろ寒くなるから冬梨はあんまり外出したくない。冬はこたつで丸くなっているのが良い」


「…さいですか」


 冬梨という名前からして寒さには強そうなのにな。というか彼女はド力かというと一年中部屋に引きこもってないか?


「…兼続、手を出して?」


「ん? なんでだ?」


「…さ、寒いから手を繋ご?////」


「そんなに寒いか?」


 10月も後半になり、涼しいとは思うがまだまだ寒いという感じではない。


「…冬梨は寒いの!///(千夏が兼続に付き合っているフリをしてくれと頼んでいるんだから冬梨はこれくらいしても許されるはず/////)」


「そ、そうか」


 俺は冬梨と手を繋いで歩く。なんだか年の離れた妹と一緒に歩いているみたいで少し恥ずかしい。まぁこういうのもたまにはいいか。


 俺たちは近くのスーパーへと向かって歩く、そしてその途中にある十字路に差し掛かった。


 パシャリ!


 と、その時俺の後方で何やら写真を撮ったような音が響いた。振り返って見てみるとそこには春海ちゃん…美春先輩の妹が険しい顔をしてこちらにスマホを向けていた。


「兼続さん…見損なったわ。あんなにおねえを大事にするって言っておきながら浮気するなんて…。これは動かぬ証拠よ」


 彼女がスマホをこちらに向けてると、そこには俺と冬梨が手を繋いでいる写真が収められていた。


 これはまためんどくさくなるやーつ。



○○〇


皆さん、今年もお疲れさまでした。良いお年を

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