ついに俺にも春の季節がやってきたか?
開けて月曜日、大学の後期課程が本格的に始まった。俺は後期も頑張るぞと気合を入れて寮を出る。なにはともあれ学生の本分は勉強なのだ。学費を出してくれている親のためにも頑張らなくてはならない。
「おっす!」
「よー兼続!」「ごきげんようですな兼続」
俺は同じ講義を受講している氏政や朝信と大学の中庭で合流すると、共に講義室へと向かう。氏政は俺の時間割を結構マネしてたので彼と講義が被るのは予想していたが、朝信も同じ講義を受講していたとは意外だった。
でもこの講義は内容が面白いと評判の講義だからな。講義の評判を知っている人はみんな受講したがるのも無理はない。
俺たちは世間話をしながら講義室への道のりを歩いていく。そして講義室につくと後ろから声をかけられた。誰だと思って見てみるとそこには秋乃と千夏が立っていた。
「か、兼続君偶然だね。兼続君もこの講義受講してたんだ?(なぁんてね。本当は私が彼の時間割を見て被らせたんだけど…)」
「奇遇ね兼続。また一緒に講義を受けれて嬉しいわ(…本当は私が彼の時間割に被らせたんだけど。少し白々しかったかしら?)」
「2人もこの講義とってたのか」
氏政と朝信に続いて秋乃と千夏まで同じ講義を履修していたとは驚きである。まぁそれだけこの講義が面白いという事なのだろう。
知り合いが多いとチームを組む課題だったり「隣の人とディスカッションしてください!」という他人とコミュニケーションをとる課題がやりやすいのである意味有難い。
…本当は知らない人と一緒に組んだ方が自分のコミュスキルがあがるんだろうけどね。
講義室を見回して見ると、少し早く来すぎたせいか生徒はまだあまりいなかった。席はどこでも座り放題である。せっかくなので俺は講義室の真ん中ちょい後ろという王道の席に座ろうとした。
個人的にここら辺が最も講義が聞きやすく、見やすいベストポジションなのだ。前の方の席は近すぎて見にくいし、後ろの方の席は遠すぎて見にくい上に教授の声も聞こえにくい。やる気のない奴らは後ろの方に行ったりするが、俺は講義を聞きたいのでここら辺に陣取るのだ。そもそもやる気が無いのなら講義をとるなよと思うが。
さて俺が席につき、隣にはいつものように氏政と朝信が座るかと思いきや…。何故か俺の両隣り座ったのは秋乃と千夏だった。…あれ、なんで俺の隣りに座るの?
2人は自然な感じで俺の隣に腰を降ろすと更にその隣の席に自分たちの荷物を置く。席は沢山空いているのに何故わざわざ俺の隣を選んだのか。
「兼続君、隣だね。えへへ/////(ふぉぉぉぉぉ!!! 15年間夢だった彼の隣の席に座れたぁ!!!! 今まで彼の後ろの席にしか座れなかったのに…凄い進歩! このまま、このままアピールを続けるのよ秋乃!!! 千夏ちゃんがいたおかげで自然な感じで兼続君の隣の席を確保できた。1人だと無理だったかも)」
「兼続、よろしくね(よし、なんとか彼の隣の席に座れたわ。一緒に講義を受ける事で彼との距離を縮めるわよ。秋乃がいたおかげで自然な感じで彼の隣を確保できたわ。1人だと彼の隣を確保できなかったかもしれないわね。氏政君と南田君にはちょっと悪い事しちゃったけど…許して頂戴)」
…別に隣の席に誰が座ろうと関係ないのだが、これはこれでちょっと緊張するな。
氏政と朝信は俺たちの後ろの席に座る様だ。
「兼続、お前両手に花だな。羨ましいぜ! ケッ!」
氏政がふてくされたような表情で俺を見て来る。そう言われてもだな…。俺も何でこの2人が隣に座ったのか分からん。
「お前大学の全男子に嫉妬されてるぞ。見てみろよ」
氏政にそう言われて見渡すと、確かに教室にいる数多の男子生徒がこちらの方を見てヒソヒソと話をしていた。
「おい…あいつ何者だ? 高坂さんと山県さんに挟まれて座ってるぞ…。羨ましい…」「あんなパッとしない顔の奴がなんで4女神のうちの2柱に囲まれてるんだよ。意味わかんねぇ…。俺の方が絶対イケメンだし!」「あいつションベン漏らしの兼続じゃね?」「えっ、何それ臭そう…。そんな汚物の隣に女神がいたら穢れちゃうだろ」「山と平野に俺も挟まれてみてえなぁ…」
俺の耳に言われもない誹謗中傷が聞こえて来た。確かに俺の顔はパッとしないけれども…2人が隣に座ったぐらいで酷い言われようである。
あとションベン漏らしたのは俺じゃねぇ! 氏政だ! なんであいつの悪行が俺の所業にされてるんだよ!?
席を移動しようかと考えたが、俺は何も悪いことをしていないのに移動するのも癪だったので思いとどまる。そして俺は冷静にこの2人が何故俺の隣に座ったのか考えてみる事にした。
…この2人とは夏休みを通してかなり親睦を深めたし、氏政たちと同じ仲の良い友人と言ってもいい。なのでこの2人は単純に仲の良い友達として俺の隣に座っただけだろう。
そう、2人は友達として俺の隣の席に座っただけ! 他に意味なんて無い。
俺はそう結論づけた。
だから俺が誹謗中傷を受けるいわれは一切ないのだ。ま、所詮はモテない男子生徒がひがみを言っているのだろう。分かるよ。俺も女友達すらいなかった頃はモテ男をひがんでいたから。でも今の俺は心に余裕があるからね。多少の悪口ぐらいは水に流そう。
教授が講義室に入って来たので周りのヒソヒソ話は一旦終焉する。俺は頭を切り替えて講義に集中することにした。この講義は楽しみにしていたのだ。絶対に聞き逃すわけにはいかない。
…と思っていたのだが、秋乃と千夏が講義中にえらくボディタッチしてくるのである。特に秋乃はその大きな胸がたまに俺の腕に当たるので気が散ってしょうがない。秋乃には何度か腕を組まれたことがあるが、それでもこの柔らかい感触には中々慣れないものだ。結局、講義の内容は半分ぐらいしか頭の中に入ってこなかった。
○○〇
講義が終わった後、俺と氏政と朝信の3人はお昼が近くなっていたので昼飯を食おうと講義室を出た。秋乃と千夏も一緒に来たがっていたようだったが、千夏は相変わらず講義の分からなかった所を質問しようとしてくる他の生徒に囲まれていたし、秋乃はなんか友達に連れていかれた。なので俺達3人で昼食をとることにしたのだ。
「お前さぁ…講義中散々見せつけてきやがって…。いつの間にあの2人とあんなに仲良くなったんだよ?」
「まぁ3カ月も一緒に生活してれば嫌でも仲良くなるさ」
「あぁー羨ましい。俺も女子寮で生活してぇなぁ!」
移動中も氏政に嫌味を言われる。氏政が女子寮に住んだとしてもおそらく仲良くなる前にセクハラで女子寮から放り出されると思う。俺も細心の注意を払ってセクハラはしないようにしているのだ。それでも不可抗力の時はあるけど…。
「ファカヌポゥ! まるで我が貸したエ〇ゲみたいですな。そういえば兼続はあれやりましたかな? 平均評価60点の凡ゲーですぞ」
「そういえばすっかり忘れてたわ。今度返すよ。ってか60点の凡ゲーって…。やる価値ないじゃん…」
「かねつぐー! こっちー」
俺たちが食堂に向かって移動していると、どこからか声をかけられた。見渡すとカフェのテラス席で美春先輩と甘利さんが昼食をとっているのが見えた。先輩はニコニコと手を振って呼んでいるので、俺はそちらに近づいていく。
「甘利さんこんにちは! 先輩、なんか用ですか?」
俺は甘利さんに挨拶をしつつ、先輩に用件を尋ねる。
「実はね、ちょっと食べきれないものがあって…兼続に食べて貰おうと思って呼んだの♪」
「はぁ…」
先輩はそう言うと満面の笑みで食器の上に乗っていたミートボールをフォークで突き刺し、俺に差し出してくる。
「はい、あーん♪」
「えっ…?」
「どうしたの? いつもなら食べてくれるじゃない?」
先輩はニコニコと笑顔で俺にミートボールを差し出す。確かに…先輩から何度か「あーん」はされたことがあるのだが…ここは公衆の面前である。流石にここで「あーん」をやるのは恥ずかしい。案の定、同じカフェ内で食事していた他の生徒が俺達の方をガン見している。
「おい、あいつ美春さんに『あーん』されてるぜ」「えっ? じゃあ美春さんがあいつと付き合ってるって事? あんな冴えない顔の男と『美の女神』である美春さんが?」「いや、知らんけど。でも普通は付き合ってるとかじゃないとやらんだろ?」「美春さんの親友の甘利さんも別に驚いた顔してないし、あの2人本当に付き合ってるんじゃない?」「マジかよ!? 夏休み前は美春さんフリーだったよな?」
…なんかここでもとんでもない噂をされている気がする。こういうことになるから公衆の面前でやるのは勘弁してほしいのだが。当の本人は気づいているのか気付いていないのか、不満げな顔をしながら引き続き俺にミートボールを差し出してきた。
「兼続はやくぅ、あたしの腕疲れちゃうんだけど?」
「東坂君、食べてあげなよ」
甘利さんも一緒になって俺をせかしてくる。…これは仕方ないか。俺は観念して先輩の差し出したミートボールを口の中に入れた。
その瞬間に「うぉぉぉぉ!!!」と周りから歓声が上がる。何の歓声だよ!? これ以上ここにいると不味い気がする。本能的にそう感じ取った俺は先輩にミートボールの礼を言うと颯爽とその場から立ち去った。
「はぁ…緊張した。皐月、今ので良かったの?」
「上出来! 今のなら流石の東坂君もドキドキしたんじゃないかな? それに周りに2人が付き合ってるんじゃないかって疑惑も流せたし。噂が広まれば…東坂君は嫌でも美春の事が気になるはずよ」
カフェから去る途中で後ろから何か聞こえた気がしたが、声が小さかったので俺にはよく聞こえなかった。
○○〇
カフェから撤退した俺は3人で大学近くの定食屋『カンピロバクター』で昼食をとる。はぁ…無茶苦茶緊張した。
「お前いつの間に美春先輩に『あーん』される仲になってんだよ? 羨ましすぎて血尿が出そうなんだが」
言えない…。美春先輩だけでなく女子寮の全員と「あーん」した事あるなんてこいつには絶対言えない。言うと間違いなくめんどくさい事になる。
「な、何でかなぁ? 多分美春先輩の事だから俺をからかおうとしたんじゃないの?」
俺は適当な理由をでっちあげてとぼけた。まったく…美春先輩と恋人の練習をする契約を結んだのは良いが、公衆の面前で練習をやろうとするのは問題だな…。今度注意しておこう。
氏政は食事中ずっと俺にくどくどと小言を言ってきた。よほど羨ましかったのだろう。
昼食を食べ終えた俺たちは3限の講義を受けに行こうと講義室を目指す。しかし講義室に行く途中の学部の連絡掲示板に、俺たちが受ける予定の3限の講義が「教授が急用のため休講」と書かれてあることに気が付いた。
大学では教授に予定ができて講義が休みになる事がたまにあるのだ。
「どうする? 4限まで暇になっちまった」
「どこかで時間をつぶしますかな? 我はメイド喫茶を提案しますぞ!」
「高いから却下だ」
俺たちが4限までどこで時間を潰そうか悩んでいると、向こうから全速力で走って来る人影が見えた。
あれは…バラムツさん!?
「おにーさん確保ー!」
バラムツさんはそのまま俺に突進してきて抱き着いてくる。なんだなんだ? 何が始まるんだ? そして背中の方にも誰かから抱き着かれた感触がしたのでそちらの方を見ると冬梨が背中に抱き着いていた。
「…兼続、冬梨たちと一緒に来て!」
「えっ、どうしたんだ? いったい?」
「…今日色彩洋菓子店で1人1個限定のケーキの販売がある。お菓子ハンターとして見過ごせない」
なるほど…ケーキを買うのに付き合えってか。4限まで時間も空いたし、それは行っても良いのだが…。学部のラウンジの真ん中で抱き着くのは止めて欲しい。あーあ、またみんなが俺の方を見て噂話してるよ。
「アレ何? 三角関係? あの冴えない男を2人が取り合ってるの?」「あの可愛い子って馬場冬梨さんよね。いつもボッチだったけど、彼氏が出来たのかしら?」「えぇ…。俺密かに狙ってたのに」「お前じゃ無理だよ。自分の顔鏡で見て来い!」「某は冬梨ちゃんを遠くから見守ると決めておる。イエス! ロリにはノータッチ!」
「…そう、冬梨たちはドロドロの三角関係」
「あぁ…罪深きおにーさん。このワタクシと冬梨ちゃんの心を奪うだなんて…」
冬梨とバラムツさんがオーバーな演技をして周りの勘違いを助長させる。俺はこれ以上変な噂が広がらないように止める事にした。
「おい! 人聞きの悪い事言うんじゃねぇ! 勘違いされるだろ!?」
「兼続、お前ってやつは…」
「兼続、我は貴殿の事を誤解していたようですな」
しかしそれにもかかわらず、氏政と朝信まで俺の方を白い目で見て来た。あぁ…めんどくせぇなぁ、おい。
○○〇
なんとか周りの誤解を解いた俺は冬梨たちと一緒に限定のケーキを買いに行った。色彩洋菓子店を出た時点でもういい時間だったので、4限の講義に出るべく急いで大学に戻る。
そして4限の講義を受けた後…。
「あー、今日の講義終わったー。疲れたなぁ」
俺は長時間座って固まった身体をほぐすべく伸びをした。
「なぁ兼続、お前いつの間にあんなに女の子に囲まれるような人間になったんだ?」
後ろからついて来ていた氏政が俺の方をジト目で睨んできた。
「いや、別にモテてるわけじゃないだろ? 4人とは単に仲の良い友達なだけだよ。お前らと一緒だ」
「ホントかねぇ…」
怨嗟のこもった顔でこちらを見て来る氏政。いい加減うっとおしくなってきたな…。
「あっ…東坂君!」
と、そこでたまたま通りかかった諏訪さんが笑顔で俺に小さく手を振って来た。移動の最中かな? 俺は彼女に手を振り返す。
「おまっ! 諏訪さんまで!? なんでそんなにウチの大学の美少女たちと仲が良いんだよ!? 俺も顔見知りのはずなのに挨拶すらされなかったぞ!」
「さぁ?」
「もしかしたら兼続、お前モテ期がきてんじゃねぇの?」
モテ期…人生に3回あると言われている異性にモテる期間の事だ。…都市伝説だと思っていたモテ期が俺にも来ている?
まさかぁ。みんな俺の事を仲のいい友達だと思っているだけだぞ? でも…ずっと冬だった俺の青春にも春来たらいいなと、その時の俺は漠然と思っていた。
○○〇
※ちょっと補足。秋乃と千夏が兼続の隣に座れたのはお互いに意図せずお互いの席取りをサポートしていたからです。千夏と秋乃がそれぞれ自分も兼続の隣に座りたいと思った結果、2人が兼続を意図せず囲んでしまったために氏政と朝信が座る隙を与えなかったという事ですね。2人はまだお互いの好きな人が誰かを知りません。
次の更新は11/1(水)です
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