第11話 壁を越えた先に待つ苦労
「やった……やった!!!!!!!!」
ムートはその声で他のモンスターを呼び寄せてしまうと解っていながらも……喜びの声を上げる。
後方で観戦していたギールはそんなムートはの行動を止めることはなく、今しがた達成した功績に拍手を送った
「おめでとう、ムート……いや、マジでおめでとう」
先日、ギールはムートにメンタルの他にテクニック面でもアドバイスを行った。
その内容は主に二つ。
一つは、人同士の模擬戦であれば、どうやって技を当てて倒すかを考えろ。
二つ目は一つ目と似ており、モンスターと対峙した場合、どうやって技を当てて殺すかを考えろ。
毎日馬鹿みたいに訓練してるであろう型をただただ漫然とぶつけようとするのではなく、威力の乗った一撃をぶち込むための過程を意識する。
それが出来るか否かで、ムートの今後が大きく変わる……そう思っていた翌日、既にムートは一つ上の段階へと進んだ。
「っ、これって……ぎ、ギールさん!」
「おぅ、解ってる解ってる。壁を越えられたんだろ」
「あっ、はい。そうなんですけど……えっ、解るんですか!?」
「一応な」
人間として……生物としての壁を超える瞬間とは、まさに壁を乗り越えた時に体験する。
それは冒険者であれば、大抵強敵との戦闘後に起こる。
その光景を……ギールは今まで何度も見てきた。
故に、他者が壁を乗り越えて大幅に成長すれば、ある程度は解るようになった。
(まさか、とは思ってたが本当に越えるとはな……クソ羨ましい)
自分でもしかしたらと思っておきながら、嫉妬の感情が溢れる。
とはいえ、ここまで色々とアドバイスしたとなれば……最後まで教えるのが筋というもの。
コボルトの解体を終えた後、ギールはその場から動くのに待ったをかけた。
「ムート、今からここで模擬戦をするぞ」
「えっ!!??」
ムートからすれば、何を言ってるんだこの人は? という反応になって当然。
モンスターがウロチョロしている森の中で模擬戦を行うなど……正直、頭がおかしい。
そんな事はギールも理解しているが、ムートが壁を乗り越えたと解かった時、旅の中で出会った時に聞いた鍛冶時の言葉が頭に浮かんだ。
(鉄は熱いうちに打たねぇとな)
有無を言わせず、ささっと身構えるギール。
それに対して、ムートはまだ心の準備が出来ていない。
「あっ、お前はそのまま槍を使って良いぞ」
「そ、それは危ないですよ!」
「大丈夫だって。多分怪我しないから」
「っ……分かりました!!」
コボルトという格上のモンスターとのタイマン勝負に見事勝利。
加えて、壁を乗り越えた結果……ムートの身体能力は大幅に向上。
ムートは今、一種の万能感に酔いかかっていた。
「んじゃ、こい」
ギールはムートに怪我をさせないために、素手で対応。
それがまたムートのいきなり生まれた中身スカスカのプライドを刺激。
「おいおいどうした! 前は……てか、さっきまでもっと繊細な槍使いだっただろ!!!」
「くっ!!!」
当然と言えば当然の話ではあるが、ギールは今までの人生で、三度壁を乗り越えている。
龍魂の実を食べた影響で、身体能力は更に強化されている。
壁を乗り越えたとはいえ、ムートはまだ一つ目。
冒険者……戦闘者としては、ようやく卵の殻を破った程度の成長幅。
どの面に関してもギールより劣っている。
「ほれ、俺が昨日言ったこと、ボールドさんからのアドバイスは全部忘れたのか?」
「全部、覚えてますよ!!」
「なら、きっちり実行してみろ!!」
一つ壁を越えたとしても、更に上の人物はごまんと存在する。
戦闘者の多くが、壁を一つ越えた時の万能感に酔いしれ、数日後か数週間後……もしくは数か月後、モンスターに殺されてしまうことは良くある。
そしてもう一つ、壁を越えた戦闘者に起こりがちなことがある。
それは……劇的に向上した身体能力に振り回され、駆け引きや技術面が疎かになる傾向が強い。
当然、その技術力の急激な効果は、死に直結する。
(あまり身体能力に振り回されない精神レベルがマックスな奴とかいるけど、どうやらムートはそこまで化け物じゃないみたいだな)
ギールの友人であった才能の塊、レオルもこの点に関しては中々修正に苦戦していた。
「ほら、足元の警戒心が緩んでるぞ!」
「がっ!?」
普段ならもっと懐に入られることを警戒しているムート。
しかし現在はやや無意識に防御や回避が疎かになっており、そこにギールのスピードが加われば、あっさりと侵入が可能。
「っとまぁ、こんな感じだ。どうだ、壁を越えた直後は凄い体が振り回されるだろ」
「……はい。正直、色々びっくりです」
ギールに言われたことは勿論のこと、大幅に身体能力が向上した自分の攻めを、いとも簡単に躱して前に出てくるギールの強さには……多くのことにお驚かされた。
「先輩たちから教えられてきたこと、ようやく身を持って理解出来たって感じだな」
「っ……まさか、わざわざこのために?」
「まぁ、そんなところだ」
ギールやレオル、クリスタは若者からは少々ウザがられタイプの熱血職員に連れられ、一瞬にして現実を思い知らされたため、戦場で思いっきり調子に乗ることはなかった。
ただ……運悪く先輩たちに教えられる機会がなく、もしくは教えられても適当に聞き流した同年代の者たちの死を……ギールは何度も耳にしてきた。
(いや、こういう事をする柄じゃないんだが……うん、ムートはあんまりカッコ良くねぇし、実力は腐らせず伸ばしてやらねぇと可哀想だからな)
心の中で意味がない言い訳をするが、本心ではムートの将来がかなり気になっていた。
「……ギールさん! 一生付いていきます!!!」
「いや、個人的な目的があるから別に付いてこなくて良いぞ」
まさかの速攻拒否に、少なからずショックを受けるムート。
とはいえ、倍増したギールに対する敬意が縮むことは一切なかった。
それから一か月間、ギールは度々ムートと一緒に依頼を受けては、軽くアドバイスを伝えるといった日々を繰り返した。
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