第五十三話 最凶のふたり

「相手の士気を高めてどうするんですか……」


 呆れ声でいったイルマは、ため息をついたあと、黒魔機人ゴーレムたちに命令を発する。


武装せよアルマメント。我が敵を殲滅しなさい」


 両腕を黒刃の剣に変形させた黒魔機人ゴーレムたちは、同時に跳躍し、城門に迫り来るオークの大群に飛び込むと、

 

 バシャシャシャシャシャシャアッ!

 

 生物には真似できない可動域で縦横無尽の剣閃を繰り出し、たちまちその場を無数のオークの、青い血と死の海に変える。

 

 黒魔機人ゴーレムたちの剣技は、以前アラナとの試合でみせたのとはまるで別物。

 真の実力を解放した彼らはそれぞれが達人並の腕前で、一方的にオークを殺戮していく。

 しかし、もともと恐怖心というものが希薄なオークたちは、それでも怯まない。


「ヴガァァアアッ!!!」


 仲間の死体を乗り越えて、四方から現れたオークたちが次々に黒魔機人ゴーレムに重い戦斧を振り下ろす──が、

 

 ガギィィンッ!!

 

 鉄製の盾すら叩き割る強力な一撃は、黒魔機人ゴーレムに直撃しても、その外殻に傷ひとつつけることができない。


「ッ!? バ、馬鹿ナ……ッ」

「コイツラ、タダノ黒魔機人ゴーレムジャナイ……ッ」


 驚愕し、硬直したオークたちは、すぐさま相手の黒刃に胸を刺し貫かれ、絶命する。


「その二体は、私の最高傑作ですよ? そう簡単に破壊できるはずがないでしょう」


 イルマが少し顎をあげて誇らしげに呟くと、隣でエロウラが頬を膨らませた。


「頑丈なのはわかったから、もーちょい働かせなさいよねぇ。アタシの負担がすっごいデカいんですけどぉ?」


 黒魔機人ゴーレムたちだけでは捌ききれない無数のオークが城門に迫ると、エロウラの剣が陽春のツバメのように鮮やかに閃き、敵の群をことごとく肉塊に変えていく。


「つ、強い……。ふたりとも、俺たちとは、次元がちがう……」


 城壁から地上を見下ろす兵士たちは、全身を小刻みに震わせながら、ふたりの少女に畏怖の眼差しを向ける。


「な、なあ? あいつら、こっちの味方ってことでいいんだよな……?」

「俺に聞くなよっ! いまは、そう信じるしかないだろ……」


 呆然とその場に立ち尽くす兵たちを見て、彼らより少しだけ早く冷静さを取り戻した隊長が、怒鳴った。


「おっ、お前たち、何をしている! はやくあの者らを援護せんかっ!」

「えっ、でも、さっき隊長殿が手を出すな、と……」

「馬鹿者ッ! 彼女たち手を出すな、と言ったのだ!」


 石壁に強く拳を打ちつけた隊長は、三千匹のオーク相手に少しも怯まず奮闘する少女たちを見つめて、ぐっと奥歯を噛みしめる。


「どのような事情かは知らぬが、あのようなうら若き乙女……それも魔女とサキュバスが、我ら人間のために戦ってくれているのだぞ……。我らがここで何もせずそれを見ているなど、許されるはずがなかろうがっ! 矢だ。ありったけの矢を持ってこい! 一匹でも多くの敵を射て、あの者らの負担を少しでも軽くしてやれっ!」

『は、はいっ!』


 まもなく、城壁の上からオークの群めがけて次々に矢が放たれはじめると、それに気づいたイルマは、ふんと鼻を鳴らした。


「まったく、大人しくしていろと言ったのに……。これだから人間は」

「とかなんとかいっちゃってぇ、顔がちょっと嬉しそうよぉ?」

「おや。加齢による視力の衰えがみられますね。眼鏡お貸ししましょうか?」

「…………相変わらず可愛くないわね」


 オーク軍はいまだ圧倒的に優勢ではあったが、たったふたりの少女を倒せずに犠牲ばかり増えていく状況に、彼らの指揮官は焦燥を募らせる。


「オマエタチ、何ヲシテイルッ! 敵ハ、タッタノ二人ダゾッ!」


 周囲のオークよりさらにひと回り大きい巨体を重武装で固めたオークが、雷鳴のような怒声を轟かせた。


「アノ魔女……黒魔機人ゴーレムヲ操ル術者ヲ狙エッ! アイツハ、自分デハ何モデキナイ。アイツヲ殺セバ、黒魔機人ゴーレムモ止マル!」


 命令を受けて、百匹近いオークが一斉にイルマめがけて突進を開始する。


「オークのくせに、さかしいわねぇっ!」


 エロウラの剣が素早く飛んですぐに魔女を援護するが、さすがに大量の敵すべてを倒し切ることはできず、ついに、十匹以上のオークがイルマを包囲してしまう。


「イルマッ──」


 一瞬、顔色を失ったサキュバスに、魔女は横目で冷笑を返した。


「ご心配には及びませんよ……」


 呟いた、次の瞬間──。

 イルマに襲いかかったオークたちが仰け反り、喉元から大量の青い鮮血を噴き出した。


『っ!!?!』


 何が起こったのかわからず、エロウラも含めてその場にいた全員が一瞬、動きを止める。


 断末魔の悲鳴もなく絶命し、ドサドサと倒れ伏したオークたちの中心には、いつのまにか黒刃の短剣を手にしたイルマが、女王のように艶然と佇んでいる。


「やはり愚かですね、オークという生き物は……」


 魔女は、短剣の刃についたオークの血を振り払い、嗤った。


黒魔機人彼らに剣を教えたのは、?」

「グ、クッ……、オノレェエエッ……!」


 指揮官オークは、その醜い顔をさらに歪ませて、喚いた。


「オマエタチ、モウ小細工ハイランッ! 数デ押シ切レ! 全軍デ突撃ダ! クソアマ共ヲヒネリ潰セェッ!」

『ガァァァアアアアッ!!!』


 そこからはじまったのは、もはや陣形も戦術もあったものじゃない、単純極まりない総攻撃。

 しかし、だからこそ、恐ろしい。


 仲間がどれだけ殺されようと決して怯まず、足も止めないオークたちを見て、少女たちは同にため息をつく。


「ほんと、やんなっちゃうわねぇ……」

「まったくです」

「サキュバスガ操ル剣ハ、十本ダケダ! 一気ニ畳ミカケレバ、崩セルッ!」


 指揮官オークがそう叫ぶ声をきいたエロウラは、


「んー?」


 その蛇を思わせる金眼をねじるように細め、見た者の背筋が凍るようなおぞましい笑みを浮かべた。


「アタシが操れる剣は十本だけぇ? そんなの誰が決めたのぉ?」


 呟くと同時、サキュバスの体内で魔力が急激に膨れあがり、その直後。


 ザアァァァァァアアアアアアアア……………………


 彼女の周囲に、さらに九十本の多種多様な剣が召喚された。

 

「これは、また……」


 さすがのイルマも、それをみて思わず感嘆を洩らす。


 これでエロウラが操る剣は、合計百本。

 古今東西の刀剣の大博覧会、ともいうべき様相を呈しながら、彼女の剣は天空を典雅に舞い踊る。


『……っ』

 

 エロウラに迫っていたオークたちも、その美しくも恐ろしい光景を目にした瞬間、思わず足を止め、そして──まもなく己に訪れるであろう運命を悟った。


「ムカついたから、ちょぉっとだけ本気出してあげるわぁ」


 いって、エロウラが、高く掲げた右手をさっと振り下ろした瞬間。

 百本の剣は銀色の大嵐となってオークの群に襲い掛かり、しばし、無数の怒号と悲鳴を巻き起こしたあと、あたり一帯を死の大地へと変えた。

 

 それはもう──戦闘などではなく、ただの虐殺。

 イメージとしては、食肉工場での効率の良い解体作業に近い。


(ナ……ナンナンダ……、コイツラハ……)


 五年前の戦争にも参加していた古強者の指揮官オークは、かつて魔王ヴァロウグを目にした時と同じ感情、魔王亡きあと久しく忘れていた負の感情────恐怖を味わった。


(フザケルナ……タッタ、二人ダゾ……)


 認めがたい事実だが、認めないわけにはいかない。

 あの少女たちの潜在能力は、歴代の魔王にも匹敵する。

 彼女たちが今後さらに腕を磨き、力をつければ、もはや誰も手がつけられなくなるだろう。

 そうだ。それは間違いない。

 

 だからこそ────ここで、潰すッ!


「ブッ殺スッ!!」


 強い怒りと使命感で恐怖を振り払った指揮官は、この場から逃げ出そうとしていた数匹のオークの首を戦斧で刎ね飛ばしたのち、


『ウガアアアァァァァアアアッ!!!』


 大地を震わすほどの怒声を叫ぶと、残ったすべてのオークとともに最後の特攻を敢行した。

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