第四十四話 浴場、そこは女の戦場
茜色の夕方。
「ふぅ……今日も完璧ねぇ」
脱衣所の姿見に映った己の裸体を見つめて、エロウラは感嘆の息を吐く。
顔、うなじ、胸、尻、太もも……彼女の言葉どおり、全身のどこを見てもまさに非の打ちどころがなく、すべてが美の極致に達しているといえる。
そこにしっとり汗ばんだ肌と、サキュバス特有の淫靡な体臭が加われば、それはもう強烈すぎる、美の暴力。
心臓の弱い老人なら、全裸の彼女がそばに近づいただけで人生最後の絶頂を迎え、本当の意味で昇天してしまうだろう(それはそれで大往生といえるかもしれない)。
「美しすぎて、たまに自分が怖ろしくなるわぁ……」
悩ましげに呟いて、ふわふわ宙を漂いながら浴場へと続く扉を開ける。
たちこめる湯煙の向こう、大きな窓から夕陽の差す広々とした浴場では、すでに六人の少女たちが湯に浸かって、すっかりくつろいでいる。
「この城、ボロいけどお風呂だけは最高なのよねぇ」
神話の女神たちを描いた巨大な壁画を眺めながら仲間のもとへ近づいていくと、
「湯船に入る前に汗を流してきてください。不潔です」
眼鏡を外して普段よりぐっと色っぽさを増したイルマが、厳しい口調でいった。
「イヤよぉ。アタシの汗は汚くなんかないしぃ」
エロウラは
「金持ち連中はこの汗をひと舐めするために大金払うのよぉ?」
「っ!? 異常性癖のヘンタイと私達を一緒にしないでくださいっ!」
「うるさいわねぇ……。そんなちっさいコトばっか気にしてるから、いつまでたっても膨らまないのよぉ」
サキュバスの視線がどこに向けられているか気づいたイルマは、慌てて己の胸を腕で隠しながら口を歪める。
「こ、この際ハッキリいっておきますが……、私は自分の乳房がこれ以上大きくなってほしいなどとは思っていません。必要以上に大きくなれば肩も凝るし、激しく運動すると揺れて痛みも生じる……と、聞いています。剣士にとって大きすぎる乳房は邪魔なだけです。産後に充分な量の母乳さえ出れば、サイズなど問題ではないのです」
「そのとおりよ」
向かいにいるアラナが、湯に浮いた己の豊かなバストを恨めしそうに見下ろしながら、頷いた。
「こんなもの、あっても邪魔なだけ。やたらと重くて姿勢も崩れるし、夏場は胸の谷間に汗をかいて痒くなるし、こうして鎧を脱いだら男子たちが変な目でジロジロ見てくるし……。この胸さえもっと小さければ、と何度悔しく思ったことか。本当に、イルマが羨ましい。私もあなたのような胸に生まれたかった」
「…………っ」
善意は、ときに悪意より深く人を傷つける。
予想外の相手から特大のナイフでグサグサ胸を刺されたイルマが、死んだ眼でズブズブと湯に沈んでいく。
「ア、アラナさんっ……それ全部イヤミにしか聞こえないですよっ……」
慌てたカイリがその巨乳をちゃぷんちゃぷん揺らしながらいったひと言も、もちろんフォローにはならない。
「イルマ、そう気に病むな……」
見かねたのか、キヤがふいに湯から立ちあがって、己の形の良い胸に手を当てた。
「研究所で読んだ書物によれば、世の男共が視ているのは女の胸のサイズだけではない。乳房の位置、形、乳首の大きさや乳輪の色、両者のバランス……胸の美しさを規定する要素は、じつに多様だ。見ろ、ワタシの乳房を。サイズのみでいえばアラナにすら劣るが、純粋な美しさでいえば、間違いなくナンバーワンだ。とくに、この深山に咲く桃花のごとき清らかな乳輪の色……、まさに神の奇跡という言葉がふさわしい……」
うっとり呟いた
「オイ、チョット待てよ……。テメェの胸がナンバーワンだァ? 聞き捨てならねェなァ」
「そうよねぇ……せいぜい五番目ってところよねぇ……」
「わ、わたしも……キヤさんのおっぱいがわたしのより美しい、というのは、ちょっと、認めがたいです……」
意外にも、カイリまでもがハッキリと反論を口にする。
しかし、キヤは少しも怯まず、露わな胸を堂々と張って、両手を腰に当てた。
「ふん。サイズしか取り柄のない乳牛どもか。このワタシの乳房の美しさを理解できぬとは、救いがたい……。さっさと牛舎に戻って午後の搾乳でもされてくるがいい」
「ッ! だれが牛だコラァッ!!」
オリガがザバァッと大量の水飛沫を散らしながら勢いよく立ちあがった時、
「待ちなさい」
エロウラが低い声でそれを制して、ゆっくりと湯から浮かび上がった。
「ねぇ、キヤ……オンナの胸で重要なのは、美しさだけじゃないのよぉ」
「なに……?」
「もうひとつ大事なのはぁ……、その感度」
言った直後、エロウラはびゅんっと空を裂いて飛び、ピタリとキヤの背後についた。
「それをアタシが確かめてあげるわぁ♡」
「な、何を──あっ!」
サキュバスが素早く回した両手がキヤの乳房を掴み、その凶悪な指先で敏感な部分だけを繊細に、苛烈に愛撫しはじめる。
すると、たったそれだけで、
「やめっ、ぁあっ! あぁぁん♡」
キヤはその場に棒立ちになったまま、ビグンッビググンッと不規則な痙攣をはじめ、切なく甘い喘ぎ声を漏らした。
「ふふ……アタシ、オンナのカラダも得意なのよねぇ。むしろ、勝手がわかってる分、コッチのほうが簡単なくらい」
「んぁんっ! やめっ……はぁああっ♡」
普段の鉄面皮からは想像もできぬくらい、
彼女の尋常ならざる反応をみれば、エロウラが与える快感がどれほど凄まじいものであるかは容易に想像できる。
『………………』ごくり。
他の少女たちは、湯船の中でぽっと頬を染めたまま、ふたりに羨望とも畏怖ともとれる眼差しを向ける。
「感度は悪くないみたいねぇ。というか、ちょっと感じすぎじゃなぁい?」
エロウラは意地悪な口調でいいつつ、さらに指の動きを激しくする。
「あっ、んあぁっ! も、もう、やめ──あぁああっ♡」
キヤは目に涙を浮かべ、全身に玉の汗を浮かべながら、強すぎる快感に悶え苦しむ。
「いやっ! かっ、カラダがおか、しいっ! あぁあっ、アツいっ……! なっ、ナニかが……くるっ……んぁああっ!」
「いいのよ、そのまま……。そのアツゥい波に身をゆだねて、すべてを解放しなさぁい……」
「はぁああっ! いっ、いやだ、こわい!」
「だいじょうぶ、だいじょうぶよぉ……」
「やめっ……ぁあっ、いやぁっ! んあぁあ♡」
「ほらほらぁ、ココも、こうしてあげるぅ……」
エロウラは、キヤの涙の懇願をあっさり無視して、限界まで感度の高まった彼女のカラダの一点を、容赦なく、執拗に刺激しはじめる。
「んぁあっ!? それっだめ! ほんとにっ、だめぇっ! た、たのむからっ、やめ……ろぉっ!」
「うふ、ダメダメ。やめてあげなぁい。このまま、一気に天国までイかせてあげるわぁ♡」
みずからも興奮してきたサキュバスは、キヤのうなじを流れる汗をペロリとひと舐めしたあと、いよいよ仕上げにかかった。
「んぁあっ!? はぁぁあっ♡♡♡」
「そうよぉっ、そのままぁっ!」
────しかし。
この時、己の美を否定されてプライドを傷つけられていたエロウラは、普段の冷静さを欠いており、やや性急にコトを進めすぎていた。
「んぁあっ……やめっ……!」
相手が、並の人間よりはるかに強靭な精神力をもつ
「や……めろっ!」
そのため……あと一歩というところまで追いつめてはいたものの、キヤの意志を完全に屈服させることはできず──、
「や、めろっ────と、言っているッ!!!」
ギリギリのところで理性を取り戻したキヤは、振り向きざまにサキュバスの腹に強烈な肘打ちを放った。
ドンッ!!!
ガシャァァアアン!
浴場の窓をド派手に突き破ったサキュバスは、悲鳴をあげる間もなく遥か彼方の森まで吹っ飛んでいった。
『うわぁ…………』
湯船の少女たちが立ちあがって夕暮れの森を心配そうに眺める中、
「…………ふっ」
イルマだけはひそかに笑みを浮かべ、熱い湯の中でちいさくガッツポーズしたのだった。
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