第三十七話 やめろ……ッ

「…………おい」


 鈍感でマヌケなロンも、ここにきてようやく自分が騙されていたらしいこと気づき、快感の余韻に浸って震える少女をジト目で睨んだ。


「オリガ……お前、俺に嘘ついただろ」

「は、ハァ? ナ、ナンのコトだヨ?」


 少女の声が見事に裏返る。


「獣人の『尻尾コリ』なんて、本当は無いんじゃないか?」

「あ、あるって……! 尻尾コリは、ありまぁすっ!」

「それ絶対無いやつ!」

「あるっていってンだろッ! つーか、なんでオレを疑うンだよ?」

「いや、だってその……」


 ロンは、思わず視線を逸らせて、口ごもる。


「お前のさっきの反応が、ど、どうみてもイッ……」

「イッ、なんだよ?」

「と、とにかくっ! さっきのはコリがほぐれて気持ちいい、ってレベルのリアクションじゃなかっただろ!」

「そっ、そんなことねェよッ! テメェら人間だって、肩コリがヒドい時に揉んでもらったら、あンくらいの声出すだろ?」

「出さねえよっ!」


 ロンが怒鳴ると、オリガはおもむろに彼のほうを振り返って、妖艶な笑みをみせた。


「まァ、細けェことはいいじゃねェか……。それより、サ……♡」


 獣人の少女は牝豹のようにしなやかに体を起こすと、汗まみれの裸体を恥ずかしげもなくさらしながら、ずいっとロンに迫る。


「今度は、オレがテメェをキモチよくしてやンよ……」

「はっ!? ばっ、やっ……!」


 驚愕したロンは慌ててベッドの端まで後退るも、なぜかそこで動けなくなってしまう。

 逃げようと思えば簡単に逃げられるはずなのに、どうしても下半身カラダが言うことを聞かないのだ。

 「マッサージ」の間じゅう、少女の刺激的すぎる体臭を多量に吸っていたので、そうなっても無理はない。

 一方的に彼を責めることはできない。

 

(ダメだダメだダメだっ……うごけ、動いてくれっ、俺のカラダ……!)

「へへ……、ここに来た時からホントはテメェも期待してたンだろ?」


 オリガは、ロンの股間をチラリと確認して、勝ち誇ったように言い放つ。


「シッカリ準備万端じゃねェか……。今夜こそは、もう逃がさねェ。つまんねェコト全部忘れて、もうオレのコトしか考えられなくなるまで、死ぬほどイかせまくってやる……ッ」

「オ、オリガ……お、お、落ち着け……」


 ロンは全身から滝のような汗を流すものの、すでに首から下はヘビに睨まれたカエル状態。

 最凶の魔王さえ倒した伝説の元勇者は、少女にぐいと腕を引かれるとアッサリとベッドに仰向けに倒される。


「お、おい……」

「ここまで来たンだ。覚悟を決めろよ……」


 見開いた眼に情熱を滾らせた少女は、甘い息を吐きながらロンの腹に跨り、汗で濡れた乳房をゆっくり彼の顔に近づけていく。


「ずっと、コレが欲しかったンだろ……? 好きにしていいンだぜ……」

「うぅ……っ」


 いつかとはちがい、少女はロンを押さえつけてはいない。

 しかし、彼はもう完全に無抵抗。まな板の鯉である。


(だ、ダメだ……もう、逃げられない。こうなっては、仕方ない。据え膳食わぬは、とも言うしな。もう覚悟を決めるしか──)


 己に空しい言い訳するロンの顔が、いまにも少女の熱い胸の谷間に埋められようとした時。

 彼は最後に、口先だけの拒絶をした。


「オリガ…………」


 その、瞬間────。

 バンッ!! 

 と、勢いよく部屋のドアが開いて、ひとつの黒影が矢のような勢いで飛び込んで来た。


「っ!?」

「なッ、なンだ──」


 ベッドのふたりが思わずそちらを振り返るより速く、


「マスターから、離れろっ!」


 暗がりの中で跳躍した影は、ロンに馬乗りになったままのオリガの顔面にいきなり、強烈な回し蹴りを喰らわせた。


「ぶごぉっ!」


 不意打ちを喰らったオリガは、見事に吹っ飛んで床をゴロゴロ転がる。

 が、さすがは獣人、すぐさまビョン! と跳ね起きて、襲撃者を燃える瞳で睨みつけた。


「テメェ……いきなり何しやがンだッ!」

「それはこっちのセリフだ。オマエこそ、ワタシのマスターにナニをしている!」


 セクシーなメイド服姿の人造人間ホムンクルス──キヤは、ロンを庇うようにベッドの前に立ち、オリガを睨み返した。


「な、ナニって……テメェにはカンケーねェだろッ!」

「関係ある。ワタシは、マスターの剣であり盾。マスターを襲う敵があれば、それを即座に排除するのがワタシの務めだ」

「ハァ? オレはロンの敵じゃねェだろがッ!」

「いや、先程マスターは確かに『やめろ』と口にした。マスターの望まぬ行為を強制する者は、すなわち敵だ」

「ッ!? テメェ、ずっと部屋の外で盗み聞きしてやがったのかッ!」

「人聞きの悪いことを言うな。マスターの護衛としてドアの前で控えていたら助けを求める声が聴こえた、というだけだ」

「マジか。まったく気づかなかった……」


 いまだに呑気にベッドに横たわったまま、ロンが感心したように言う。


「ザケやがッて……ッ!」


 怒髪天のオリガは、にわかに全身から凄まじい闘気を放った。


「ここでオレにブッ壊されたくなかったら、いますぐ部屋から出ていけ、このポンコツ人形ッ!」


 しかし、キヤはまったく怯むことなく冷静に、毅然とオリガを見据える。


「出ていってもいいが、その時はマスターも一緒だ。盛りのついた凶暴な牝犬のもとに、マスターひとり残していくことはできない」

「ンだとォ……。テメェ、コッチが下手に出てりゃ調子に乗りやがッて……。もー我慢ならねェ。いまここでジューシーな粗大ゴミにしてやンぜッ!」

「やはり、オマエは敵だな。では、こちらも遠慮なく、全力で排除させてもらう」

「お、おいっ!? 落ち着けよ、ふたりとも!」


 ロンは慌てていったが、完全に戦闘モードに入ったふたりの少女は、もはや彼の言葉など聞いてはいない。

 色の異なる二つの闘気が烈しくぶつかり合い、部屋の窓ガラスがビリビリと音を立てはじめる。

 そして、


「死ねやァッ!」

「覚悟!」


 少女たちが拳を固めて跳躍し、互いに渾身の突きを繰り出そうとした、その時。


「やめろってば!」


 ロンは素早くベッドから下り、持ち前の神速でふたりの間に割って入ろうとした。

 が……、その時、彼は運悪く、オリガが床に脱ぎ捨てていた毛皮の下着で足を滑らせてしまい──、


「うぉおぅっ!?」


 たちまち派手に体勢を崩して、

 

 ──ボガゴッ!!!


 オリガとキヤが同時に放った強烈な右ストレートを、二発とも見事に顔面に喰らってしまった。

 

「うわっ、ヤベッ!」

「ま、マスター!?」


 獣人と人造人間ホムンクルス──両者とも人間をはるかに凌駕する腕力の持ち主である。

 そのふたりの全力の拳を一度に受けたロンは、至極当然のことながら、


「ぶ、ぐぇぇ……」


 奇怪な呟きを漏らしながら白目を剥いて失神し、その場にドサリと倒れ伏した。


「お、おいッ、ロン! しっかりしろッ!」

「マスター! 死ぬな! 目を覚ませマスター!」


 ふたりの少女は慌てふためきながらすぐさまロンの介抱をはじめたものの、一瞬本当に天国までイきかけたロンは、翌朝まで目を覚ますことはなかった。

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