第三十四話 今夜、部屋に来い
ガタガタ、ゴロゴロ……と騒々しく、小刻みに揺れつづける世界。
「ん……うん………、ん」
木漏れ日のなかで目を覚ましたカイリは、自分が荷車の荷台に寝ていることに気づいて、驚いた。
「あっ、あれっ? わたし、どうして……?」
体を起こしてあたりを見回すと、そこはもうネドの町ではなく、レオス城へと続く街道である。
「カイリ、気分はどうだ?」
荷車を引くロンが肩越しに振り返って、すこし心配そうに訊く。
「え、あっ、気分は、いいです……。でも、あの、なんで……?」
「覚えてないのか?」
シャツの背中をびっしょりと汗で濡らした元勇者は、困ったように笑った。
「あの、町でジュースの試飲を勧められたのまでは覚えているのですが、一口飲んだら急に眠くなって、そのあとは……」
「ハァ? テメェなァ、コッチはテメェのせいで──」
前をいくオリガが振り返って言いかけると、ロンがそれを遮ってまた口を開いた。
「そのジュースにすこし酒が入っていたみたいなんだ。香りづけ程度にね。カイリが眠ってしまったのは、たぶんそのせいだよ」
「オイ……」
オリガが不満げな視線を向けるが、ロンは無言で、ゆっくりとかぶりを振ってみせる。
「……ケッ!」
「そう、だったのですか……。ご迷惑をおかけしてしまったみたいで、本当に申し訳ありません……。無理についていった挙句、足手まといになってしまうなんて……やっぱりわたしは、何をやってもダメですね……」
「そんなことないよ。こっちは迷惑かけられたなんて思っちゃいない。買い物もほら、ちゃんと無事に終わったし」
ロンはのんびりいいつつ、荷台に積まれた大量の食料に目をやった。
カイリは、ロンがまったく怒っていないことを知って、少しだけほっとしたような顔をみせる。
「カイリがよかったら、また一緒にいこう。ただし……この次は俺の許可なくヘンなモノを口にしちゃダメだぞ? 人が集まる場所には、それなりに危険もある。人間にだって悪い奴はいるんだからな」
ロンが真面目に、穏やかな口調でいうと、魔族の少女はようやく控えめな笑みをみせた。
「……はい」
***
午後の色づいた日射しに照らされた城の中庭。
そこにいるのは、空いた時間に剣の鍛錬をしようと考えたオリガと、それに付き合うロンだ。
「なんで、カイリに本当のこと言わなかったンだよ?」
オリガは、抜き身の剣の背で己の肩をトントン叩きながら、目の前にたつロンを睨む。
「コッチはアイツのせいでヨケーな骨折らされたっつーのによ」
「お前はわりと愉しんでたじゃないか」
「ま、そーだけどよ」
ロンは苦笑しつつ、すこし視線を落とした。
「カイリに本当のことを言ったら、たぶん、あの子は己を強く責めてしまう。自分のせいで俺たちを危険な目に遭わせてしまった、とな。そうなれば、あの子の性格からして、責任を取ってここを出ていく、とも言いかねないだろう。俺は……いや、ここにいる誰も、そんなことは望んじゃいない」
「…………。ま、そりゃそーかもな」
オリガはそっけなくいったが、ロンを見つめるその顔には、彼女が滅多にみせないやさしい笑みが浮かんでいた。
「ん? どうした?」
ロンが不思議そうに首を傾げると、少女は慌てて視線を逸らせる。
「べ、べつに何もねェよッ! ……あっ、そうだ、ともかくオレのおかげでカイリを助けられたンだから、約束どおりゴホービくれよな」
「……は?」
「は? じゃねェよッ! 町でちゃんと約束しただろォがッ!」
「あ、そういえば、そんなこと……」
ロンは、わかりやすく「しまった!」という顔をして、額に手を当てる。
「ちなみに……、お前は何が欲しいんだ?」
「ヘッ、テメェがビンボーなのは知ってるから、モノはいらねェよ……」
妖しく微笑むオリガをみて、ロンはたちまち顔を引きつらせる。
「なんだか、すごぉく、いやな予感……」
「とりあえず……今夜、オレの部屋に来いよ」
薄っすら頬を染めた少女はチロリ、と淫らに舌なめずりをしてみせる。
ロンは、怯えた小動物のように体をちいさくして、上目遣いに相手を見つめた。
「ええっと……、もし断ったら?」
「今日あったことを全部カイリに話す」
「ぐぅ……」
有無を言わさぬ言葉に追い詰められたロンは、もはや観念するしかなかった。
「……わかった。いくよ」
「よォし、絶対だからな?」
興奮気味にいうオリガの胸が悪い夢のようにグングンと迫ってきて、ロンの視界を埋め尽くす。
「……っ!」
そしてたちまち、ロンの脳内にここではとても描写できない
(嗚呼……つ、ついに俺は、今夜オリガと……!)
(いやっダメだダメだ! 俺は、あいつとそんなカンケイには……)
(でも、断ったら、カイリが……)
(なんとか、どうにかして、オリガを説得するしかない)
(ただ一応、万が一のため、下着は新しいやつに替えていったほうがいいかもしれないな。歯磨きもすませて、ちゃんと風呂も入っていったほうがいいかもしれない。今日けっこう汗かいたしな……)
次第に高鳴る胸に気づかぬふりをしつつ、ロンはひとり
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