第六話 おっぱいトークはデリケート

 それから三十分後。城の二階にある大食堂。


 高い天井では、魔力の火を灯した豪奢なシャンデリアが煌々と輝き、ゆうに三十人は座れる長テーブルを明るく照らしている。

 細長い窓からはアルモス山の白い頂がちょうど夕陽に燃えている様が望め、景色も最高だ。

 純白のテーブルクロスの上、純銀製の皿に丁寧に盛られたカレーライスは、見た目も味も上々、のはず。

 はずなのだが……、


「オイッ! このカレー、肉が入ってねェぞッ!? どうなってンだッ!」

「あーあぁ。こんな城に住んでんだから、料理もそれなりのモノ出してくると期待してたのに、カレーとはねぇ……。アタシ、食欲なくなっちゃったぁ」

「使用している野菜は、タマネギ、ニンジン、ジャガイモのみで、付け合わせのサラダも無し。彩りも栄養バランスも、とても合格点とは言えませんね」


 食事の開始直後からブーブーと文句を垂れはじめた少女が、約三名。

 ロンは、スプーンを口に運ぶ手をとめて、彼女たちにしかめ面を向ける。


「オリガ。肉はちゃんと入ってるだろ。よく見ろ。ほら、これだ」

「ハァッ!? このイタチのクソみてェなのが肉かよ!?」

「カレー食べてる時にそのワードはやめろ……頼むから」

「こんなちっせぇの、喰った気がしねェよッ! もういいから、骨付きのカタマリ肉持ってこい。オレが自分で焼いて喰うからよ」

「そんなモンねえよ……」

「ケッ、シケてやがんなァ。まあ、味は悪くねェから今夜はコレで我慢してやっけどよ、明日からはモーチョイ考えろよな? 毎日こんなショージン料理みてェなモンばっか喰わされたら、ヒョロヒョロの干物女になっちまうぜ……」

「ならねえよ。ていうか、カレーを精進料理だと考えてるのはこの世界にお前ひとりだよ」


 ロンはうんざりした声でいいつつ、オリガの隣に座るサキュバスに視線を移す。


「エロウラも、食べないのは勝手だけど、あとでお腹が空いたぁとかいっても何も出ないからな?」

「そんなこと言いませぇーん。アタシ、サキュバスだからそもそもフツーの食事から栄養取る必要ないしぃ。オトコのアレさえ飲んでれば永遠に生きられるしぃ」


 挑発的に言いながら、エロウラが片手をシュッシュと淫らに振ってみせると、


「ねえ、エロウラ、オトコのアレって、なーに?」


 向かいに座るウィナが可愛らしく首を傾げて、無邪気に質問した。

 

「ふふっ、知りたい? アレっていうのはねぇ、オトコにしか出せない

「やめろぉおっ! 食事中だぞ!? いや、食事中じゃなくてもウィナにはまだ早いっ!」


 思わず絶叫したロンをみて、エルフ少女はぶうっと頬を膨らませる。


「えーっ、そんなこと言われたら、もっと気になるですっ! 知りたいですっ! 教えてください!」

「ダメ、ゼッタイ。あと三年……いや、五年くらいしたら、年上の女の人にコッソリ聞きなさい」

「ぶーっ!」


 まだ不満顔のウィナに、エロウラが魅力的なウインクを送る。


「そんな顔しないのぉ。今夜、アタシの部屋に来なさいな。アンタが知らない、オトコとオンナのヒミツ、ぜぇんぶ教えてあげるからぁ♡」

「ほんとっ!?」

「ダメッ! 絶対ダメッ!! エロウラ、ウィナに余計なこと教えたら、即刻退学処分にするからなっ!」

「えー、なんでよぉ」

「なんでもだっ!」


 ピシャリといったロンはふと、ウィナの隣で眼鏡の魔女がコソコソと怪しい動きをしていることに気づいて、眉を寄せる。


「おい……イルマ。お前、栄養バランスがどうとかエラそうに言ってたくせに、ニンジン残す気かよ」

「っ!」


 ギクリ、と露骨に肩を震わせたイルマは、上目遣いにロンを睨んで反抗的に口を開く。


「この植物は、私たち魔女の間では『千呪の血槍』と呼ばれ恐れられる毒草です。魔女が口にすると、全身に耐えがたい激痛が走り、目鼻から鮮血が噴き出し、寿命が十年は縮むと──」

「はい嘘」


 ロンは、ジト目で少女を睨み返した。


「俺の知り合いの魔女は、お肌に良いから、とかいって毎日欠かさず食ってたぞ。年中安くて、どこでも手に入る、最高の美容食品だって絶賛してたな」

「うっ……」


 バツの悪そうな顔で視線を逸らせたイルマをみて、エロウラが嗜虐的に嗤い、わざとらしく巨乳をぼゆゆんっ! と揺らしながら身を乗り出した。


「誰かさんは、そんな好き嫌いばっかしてるから、いつまでたってもんじゃないのぉ?」

「……っ!」


 どうやら、イルマ自身も、己の胸のサイズを気にしていたらしい。

 あきらかに動揺して言葉を失い、悔しげに唇を噛んで俯いた彼女をみて、ロンはにわかに深い同情を覚える。

 そして、なんとか彼女を元気づけようと、すぐさまフォローを入れた。


「おい、エロウラ! カレー丸ごと残そうとしてるお前がエラそうなこと言うな! たしかに、イルマの胸はかもしれないけど、それが何だ。まだ成長期なんだからこれから大きく膨らむ可能性は十分あるし、そもそも、世の中には好きの男だって沢山いる。胸が小さいことは、女性にとってけしてとは言い切れないんだ」

「……っ」


 イルマの怒りの矛先が、次第にエロウラから自身へと変わりつつあることにも気づかず、ロンは熱弁を続ける。


「胸の小さい女性ほど心は広い、とも言うしな。だいたい、女性の胸のサイズばかりを気にする男は、器の小さいつまらない奴だ。そんな奴はこっちから願い下げだと、その可愛らしい胸を張って堂々と宣言してやればいい。ちなみに、俺はけして貧乳好きではないけど、イルマの胸はとても形が良くて、いじらしくて……そう、清貧といえばいいのかな、その控えめで一歩引いた感じが、すごく魅力的だと思うぞ。そんなイルマの胸が大好きだっ、ちっぱい最高! といってくれる男も、この世界のどこかに必ずいる。俺が保証する。だから、そんなに落ち込まず──」

我が僕たちよ、ここへベニエ・フィデル・サバス


 ロンの言葉を遮って、ふいにイルマが低い声で呪文を唱えた。

 すると、突然、ロンの左右に黒魔機人ゴーレムが二体、虚空より暗黒の烈光とともに出現する。


「っ!?」

 

 それらは、一般的にイメージされる巨大で鈍重な黒魔機人ゴーレムとはちがい、しなやかな痩身で背丈もほぼ人間と変わらない、軽装黒魔機人ソルジャー・ゴーレムだ。


 細部まで精緻に造形された、素晴らしく洗練された機体で、それらを瞬時に召喚したイルマの実力の高さが窺える──のだが……、


(なんで今、黒魔機人ゴーレムを召喚するんだ?)


 ロンが怪訝な顔で首を傾げた、その直後。



 イルマが冷酷に命令を下した。

 黒魔機人ゴーレムたちは頷き、次の瞬間、ロンを両脇から抱えて、軽々と宙に持ちあげる。


「っ!? お、おいっ、何すんだ!」


 驚愕したロンが抵抗する暇もあらばこそ、黒魔機人ゴーレムたちは彼を抱えたまま大きく跳躍、一陣の黒い風となって食堂から飛び出していく。


「やめろっ! 俺は、敵じゃねェエエエエエェェェェェ…………」


 ロンの哀れな絶叫が夕闇の彼方へ消えていくと、心配そうな顔の少女たちをよそにイルマはひとり満足げに微笑み、ニンジンをキレイに除いたカレーを上品に食べはじめた。

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