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プロローグ

――郡山。


福島県の中でも人口が最も多く、娯楽や商業施設が充実しており、文武両道で名を馳せる高校が何校も建在する県内一の中心都市である。


そして、人が集まる場所には必ず争いが生まれる。


大事なものを壊された時――。


居場所を奪われた時―――――。


誇りを傷つけられた時――――。


常識や価値観、たった一言の食い違いで衝突してしまう。


その際に一番分かりやすく、すぐに決着がつく手段が“暴力”である。


そう、この郡山には、数多の不良が存在し、頂点を取るための抗争など日常茶飯事なのだ。


しかし、郡山を制すとなると、拳や武器だけでは限界がある。


なので、疳之虫を覚醒させ、限界の壁を超える必要があるのだ。


疳之虫の力と力のぶつかり合いに、一般人が止められるものではない。


さすがの警察でも取り押さえるのが非常に困難であるため、名の知れた不良には相手をしたがらない。


そう、あくまで“普通”なら―――。




――22時頃、コンビニの店員がやる気の感じの猫背姿でレジに立っていた。


しかもUSBケーブルを伸ばしたスマホを充電しながらいじっている。


なぜ店員がここまで自由に振る舞えるのか。


それは、この時間帯は一気に治安が悪くなり、一般の客は少なくなるからである。


特に最近だとこのコンビニはよそ者がよく来るたまり場とかし、余計寄りつかなくなってしまったらしい。


そんな場所に、ある少年が雑誌コーナーで立ち読みをしていた。


髪は赤く、右側頭部を編み込んだ七三の前髪。


ピアスを外しているのか左耳に穴だけあり、眼鏡をかけ、ブレザーを羽織っている。


ワイシャツは第2ボタンを開けているため、中のTシャツが露出しており、ネクタイも緩く締めていた。


ベルトをしているが、だらしなく腰パンをしているので、裾がローファーの踵でちょっと擦れている。


少年は、週刊少年誌を夢中になって読み続け、何時間も立ち尽くしていた。


本来なら高校生がたむろして良いものではないのだが、この都市だからこそできることなのだ。


だとしても、この少年はなぜ家に帰らず、ここにい続けるのか?


それには深い事情があり、ある人物を待っていたからだ。


少年は読み終わった少年誌を棚にを戻し、青年誌に手を伸ばしたその時だった。


遠くから爆音の排気音が店内にまで届いてきた。


それは、10台のバイクが道路を我が物顔で走り、乗用車が巻き込まれないと、わざわざ車間を離していた。


そんな騒がしい連中がこのコンビニに訪れ、前の駐車場にバイクを止めた。


賑やかになってきたところで、少年は眼鏡を外し、ケースにしまって懐に入れた。


柄の悪い輩がぞろぞろと入ってきた途端、店員の姿勢が急に改まり、表情も少し固くなった。


自分たちの欲しいものを取りに店内へを巡る中、大柄で単発のツーブロックが飲み物をコーナーに行き、アルコール9度数の500mlチューハイを2本手にした。


彼が冷蔵庫のガラス戸を閉めると、いつの間にか赤髪の少年がすぐそばに立っていた。


「あ? んだ? テメェ」


眉をしかめ、少年を見下ろすが、怖気付く様子はなく、じっと睨みつけてくる。


大柄の男はこの目をよく知っており、何が望みかもすぐに察した。


「どうしたんスか?」


異変に気づいた他の連中がぞろぞろと集まり、赤髪の少年を取り囲んだ。


「お前らか?」


「あ?」


敵意剥き出しの少年がようやく口を開く。


「最近、ここをたむろしている他所者よそもんってのは…」


「だったら何だッつーんだよ?」


注目される中、動じることなくを尋ねてみる。


それを聞いた彼らは心当たりがあったのか、赤髪の少年を嘲笑った。


「さあ? 知らねえなァ?

俺らここに来て日が浅くてよォ」


「…そうか、それじゃあ――」


とぼけ出した大柄の男に、少年は静かにこう言った。


郡山ここのルールを教えてやるよ」


次の瞬間、大柄の男の顎に衝撃が走り、脳が揺らいだ。


彼は天井を見上げ、大きな体は後ろへと退っていく。


目の前で何が起こったのか理解されるわずか数秒の間に、他2名に大ぶりで拳を炸裂させる。


「ぐあッ!!」


「テメェッ!!」


波のごとく襲いかかる奴らに、赤髪の少年は、商品棚ごと蹴り倒していく。


「うらァッ!!」


酒コーナーから日本酒を手にし、少年の頭に振り下ろした。


殴打された衝撃でガラスが割れ、清いアルコールが少年の赤髪を濡らす。


本来、普通の人間ならこの一撃で怯むか致命傷を負うはずなのだが――。


「ごあッ!?」


少年は動じることなく、相手の左頬に拳をお見舞いし、顎が外れた感触が伝わってきた。


すると、少年の体を後ろから羽交い締めで動きを封じ、先ほどの大柄男が殴りかかる。


しかし、肌に触れる寸前で大柄男の鼻がへこみ、押し返されてしまった。


食品棚に吹き飛び、鼻血を出してズルズルと床に倒れていく。


「なッ!?」


少年を制していた不良が動揺し、隙を見せた。


少年はすぐさま脇を閉めて前傾になった。


その際、不良の足が宙に浮いて背負った状態となり、体捌きで勢いよく振り落とした。


「うわッ!!」


床に倒れた不良が短い悲鳴を上げた途端、体が浮かび上がり、側のガラス戸に激突。


ガラス戸は派手に割れ、エナジードリンクやお茶が何本も棚から崩れ落ちていく。


「おいコラァ!!」


怒声が聞こえたため顔を上げる。


そこには、外で待っていた残りの仲間が、騒ぎを聞きつけて入店してきた。


「何やってんだでクソガキィ!?」


レジ側から威圧してきたので、少年は、お菓子、カップ麺が陳列した商品コーナーを堂々と推し進んでいくと、敵が縦に並んで突っ込んできた。


少年は脇をしめて小さく拳を構え、敵の攻撃を俊敏にかわし、カウンターを一発二発とくらわしていく。


その時、反対側に回り込んできた一人が少年の背後を狙おうとした途端、突如、天井に一筋の軌跡ができた。


そして、それは途中でピタッと止まり、埃がパラパラと落ちてきた。


「あ"ッ!?」


敵は、しまったと言わんばかりに天井を見上げ、焦りながら何度も力んでいる。


「こんなところで使


少年は呆れ気味で言い放つと、慌てている彼は、飲み物棚に吹き飛ばされた。


レジの影から観戦している店員は、自分の目を疑った。


彼らは、実際素手で殴り合っているのだが、所々で不可解な場面が見られる。


体の動きに違和感を感じる。


まるで、――。


霊感が全くない一般人からしたら異様な光景であり、理解し得なかった。


しばらくして、床には商品や飲み物の残害だけでなく、十人の柄の悪い連中が倒れていた。


店内の惨状に店員が怯えていると、赤髪の少年がレジの前にやってきた。


「すんません…」


「 ひッ!!」


少年は、疲れた表情で店員に声をかけ、テーブルにビール350ml缶を置いた。


「タバコ、107番」


「あッ、はッ、はい…」


相手は未成年だとかそんな常識を気にしてる余裕はなく、店員は棚からセブンスターメンソール12を手にし、震える手でバーコード読み取った。


少年は、レジに表示された年齢確認を軽くタッチし、会計を済ませて店を出た。


入り口ですぐパッケージの封を切ってタバコに火をつけては一気に毒を肺に流し込む。


「ふい〜」


腑抜けた声とともに煙を吐き出し、星空をぼーっと眺める。


目的が達成され、疲れもイライラも解消した。


気分が晴れたと思いきや、奴らが乗ってきたバイクが視界に入った。


そのナンバーには“会津”と表記されており、自然と目を細めてしまう。


「ホント、どうなってやがる…」


不満を漏らしながら、コンビニから離れた。


道中、サイレンが近づいてきたため、少年はタバコを持つ手を下げてパトカーが通りすぎるのを注視する。


音が遠のいていき、軽く周りを確認して缶を開ける。


開口部分から溢れ出る泡をすすり、そのまま口内にビールを流し込む。


喉を鳴らし、アルコールが頭に登ってきた感覚が気分をさらにに高揚させる。


「くあァ〜ッ!! んめェ〜ッ!!」


一仕事を終えた後は、やはり身にしみる。


大人たちが酒に走る気持ちがよく理解できる。


面倒事は後だ。


難しいことは、明日考えよう。


少年は思考を鈍らせ、虚ろな目で帰路についたのだった。


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