2××3.5.8.

: 入部

GWが明け、福島駅の景色が普段通りに戻った。


会社勤めの中年やOL、校風にあった制服を着る高校生、様々な人種が朝のホームで電車を待っている。


そんな中、相変わらず直樹は、イヤホンで曲を聴き、あくびをする。


気だるく涙目で立っていると、隣の列に並んでいるある生徒が視界に入った。


思わず目を見開き、しばらくして鼻で笑った。


ホームにアナウンスが流れ、お馴染みの未来が現れる。


「なっくん、おはよう」


「おはよー」


声をかけた未来は、さりげなく隣に来る。


「GW何してた?」


「配信聴きながら、イラスト描いてたよ」


「さすがなっくん、ブレないねッ」


未来は笑みを浮かべ、ガッツポーズを決める。


電車が停車し、扉が開くと、一斉に列が動き出す。


「そういえば、嬉しいニュースが入ったんですよッ!」


「どうしたの?」


「あの人が、今日━━」


電車に乗り込み、扉が閉まる。


阿武急は、今日も彼らを恵梁町へと送り届けるのだった。




「━━はァ~、またやっちまった」


━━恵梁町。


広瀬橋の上で、ケータが頭を抱えながらしゃがんでいた。


目の前には、自転車。


視線の先には、切れたチェーン。


どうやら、完全にトドメを刺してしまったようだ。


「連休明けからこれかよ…」


しかも、地味に背中に感じる視線が痛い。


チラッと後ろを見ると、何人かの生徒が、こちらを見てクスクス笑いながら通り過ぎていく。


中には、あからさまに他人行儀でスタスタ去っていく、丸メガネをかけた女子・・・・・・・・・・もいた。


あれ、今のって━━。


どこか見覚えのある女子に、つい目がいってしまう。


「朝っぱらから視姦してんなで」


「うぇいッ!! ナベショー!?」


いつのまにか、ケータの横にナベショーがおり、呆れた表情を浮かべていた。


「べッ別に、視姦なんか━━って、アレ!? お前…」


ケータは、ナベショーが新品の自転車に乗ってることに気づく。


「あッ! 紹介が遅れたネ。

紹介するよッ、俺の新しい彼女、エリザベスさッ!」


えり━━ッ!?


歯の浮くようなセリフを、恥じる事無く吐き捨てる。


「おっと! もうこんな時間か。

それじゃ、アディオスッ!」


スマホで確認し、爽やかな笑みを浮かべながら去っていった。


「ちょッ!? ナベショォォォォォ!!」


今回もまた遅刻となりそうだ。




━━昇降口に入り、自身の下駄箱に靴を入れる。


志保は、鈴音の下駄箱に目をやり、今日も彼女が来ていないことに、心が沈む。


登校する度に、下駄箱を確認することが、志保の日課となっていた。


上履きを履くため、少し屈んだ途端、ポケットからスマホを落としてしまう。


そのまま跳ねていき、たどり着いた先は、“最悪”だった。


「何これ?」


気まぐれで志保をいじめる女子グループの中心人物がスマホを拾い、スマホに貼られたプリクラに興味を持つ。


「何!? アンタ等、デキてんのォ!?」


わざと大声で言い放ち、周りの生徒の気を引かせる。


「何々ッ!?って、う~わッ!!」


「えッ!? ちょッ、ガチィ!?」


いつもの面子が続々と集結していき、志保のスマホを面白おかしく回していく。


「根暗同士お似合いじゃんッ!!」


志保は必死に手を伸ばし、取り戻そうとするが、手前にいた女子生徒によって遠ざけられる。


他の生徒たちもギャラリーとして集まってくるが、巻き込まれたくないので、誰一人止める気がない。


そこへ直樹達が昇降口に到着するが、人だかりが出来ており、中に入ることが出来ず。


何が起きているのか、状況は分からないが、二人は、不穏な空気を察した。


「そういえば、最近見かけないけど、喧嘩でもしたの?」


「男子達に慰めてもらえよッ!

得意だろッ!? そういうのッ!!」


後にナベショーも合流し、志保がいじめられていることを知ると、すぐに人混みに突入しようとするが、 瞬時に直樹に止められてしまう。


志保は、諦めずに奥にあるスマホへと手を伸ばす。


その様を女子達は、陽気にはしゃいでいた。


バァンッ。


急に大きな音が響き渡り、何事かと一同は動揺する。


一斉に視線が集中した先には、下駄箱を殴り、静かに立ち尽くしている女子生徒がいた。


アタシの親友・・・・・・をいじめないでくれる?」


鋭い視線を女子グループに向け、落ち着いた口調で話しかける。


背筋が真っ直ぐで姿勢が良く、目付きがキリッとしている。


前髪パッツンで、後ろ髪はうなじを刈り上げる程短い。


一瞬、誰なのか判断できなかったが、トレードマークである丸メガネと、左耳の三つの黒ピアスでハッキリした。


鈴ちゃんッ!?


以前の雰囲気は感じられず、ひどかった目のクマも消えている。


別人と化した彼女との再会に、驚きの後から嬉しさが湧いてきた。


鈴音は、女子生徒の持つスマホを素早く奪い取り、強引に輪を押し通っていく。


「ッ痛ェんだけどッ!」


舌打ちをし、鈴音にいちゃもんをつける。


「おいッ!!」


しかし、苛立つ女子を相手にせず、志保の元へたどり着く。


「おはよッ、志保。

はい、これ」


志保に優しく微笑み、スマホを手渡す。


「シカトこいてんじゃねェよッ!!」


あまりにもしつこいので、仕方なく振り返る。


「何?」


「痛ェつッてんだろ!!」


「なんだ、強気な割には貧弱なんだね」


「あんだとォ!?」


頭に血が上っている相手に対し、鈴音は常に冷静を保っている。


「さッ、志保行こっか。

久しぶりすぎて教室忘れちゃったよ」


そう言って志保の手を握り、その場から離れ、階段へと向かう。


「あッ、アンタ等、ガチでデキてんの!?

ウケんだけどォ!!」


階段を登り始める二人に向かって、負けじと最後まで挑発してくる。


「そう。

だから━━」


鈴音は振り返り、志保を引き寄せて、腕を組んで見せた。


手を出していいのは・・・・・・・・・アタシだけだから・・・・・・・・ッ。

手出さないでよね」


衝撃発言により、志保の胸は高鳴り、大勢の生徒の心に刺さった。


周りから歓声が沸き。 完全に場の空気を支配した。


「ウザッ、意味わかんねーし…」


「きッ、キメェ~」


女子グループは戸惑い、負け惜しみをボソッと漏らしながら、その場から退散した。


鈴音の物怖じしない堂々とした態度、冷静かつ大胆な行動に魅了され、これを機に、校内で一躍有名となったのであった。




━━バンッ。


「これ、よろしく」


放課後、部室に訪れた鈴音は、入部届けを直樹の机に出した。


「はい、受け取りました」


直樹は、隣にいた未来に入部届を渡す。


「まさか、本当に入部するとは…」


「当然でしょ。

自分の身に何が起きているか、まだわからないことだらけなんだから、事情を知ってる人と一緒にいた方がいいに決まってる」


「確かに、そうだけども…」


鈴音の圧しの強さに怯むナベショーだった。


すると、ナベショーの隣に座っているケータに目がいく。


「な、何?」


「別に」


気になったケータに、素っ気ない態度をとって済ませた。


「いやァ、それにしてもバッサリ切ったね。

見違えちゃったよ」


「ん、ああ、久しぶりにしてみただけだよ。

やっぱり短い方が頭が軽くていいね」


髪型を指摘され、ジョリジョリになった自分のうなじを触る。


「それに、朝から良いものも見れたしッ」


未来は、机に顔を埋めて、耳まで真っ赤な志保に話を振る。


あれから鈴音の顔をまともに見られず、視線を合わせられずにいた。


「あれだけのことをしとかないと、バカには理解できないでしょ」


そう言って志保の隣に座り、肩を軽く叩く。


「志保」


声をかけるが、目線を反らし、顔を赤らめて恥ずかしがっている。


そんな彼女に、そっと手を握る。


「これからは、アタシが付いてるからね」


ドキッ!!


いッ、イケメンッ!!


その場にいた者たちが、皆、鈴音にときめいたのだった。


そう、ここから先は━━━━━━。


「では、改めて━━」


直樹が口を開き、鈴音に笑みを浮かべる。


非合理的で━━━━━━━━━━。


「星 鈴音さん」


非現実的な━━━━━━━━━━。


「ようこそ、特設帰宅部へ」


非日常的青春の始まりである━━。




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