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薄暗い街灯、街路樹が並ぶ閑静な住宅街。
側には線路があり、タイルで舗装された道を汗だくで走っている青年の姿があった。
金のネックレスに黒いTシャツ、だぼッとしたズボンを履いており、服装からして決して運動している者ではないことが伺える。
そして、何かに怯えている様にも見える。
すると、背後から衝撃波を浴び、バランスを崩して転倒した。
周りの草木も余波で揺れ、青年は悶え苦しみながら振り返ると、黒い影がこちらへと向かってくるのが目に入った。
そこへ電車が通り、漏れ出た明かりによって、相手の姿があらわとなった。
全身黒で、パーカーにジャージ。
フードをかぶっており、顔までは見えなかったが、背格好からして女性だとわかる。
青年は激しく動揺し、後ずさる様子を相手は静観する。
その後、電車が過ぎ去った途端、目の前が真っ暗になった。
陽の光が窓から差し込み、鳥のさえずりが聞こえてくる。
直樹は、ベッドで上体を起こし、呆然と過ごしていた。
時刻は、5:48━━。
スマホで設定した目覚ましの時間よりも早い起床であった。
駅のホームで阿武急を待つ直樹。
いつもと変わらない登校風景と気怠さ。
桜の季節は終わりを迎える頃であり、世間的には、明日からゴールデンウィークに突入する。
高校生は、その期間も何日か登校しなくてはならないため、自然と憂鬱になるが、逆に9連休だとはしゃぐ大人たちがいるのだから、子供ながらに羨ましく感じてしまう。
だが、彼は、いつもと変わらない日常を過ごすだろう。
ラノベを読んで、アニメを見て、配信を眺める。
ごくありきたりな休日を堪能するつもりだ。
マスク越しであくびをし、涙目でぼやけた視線の先に、ある人物が向かい側のホームで立ち尽くしていた。
相手はフードを深く被り、影で顔が分からない。
ぼやけた視界をクリアにするため、目をこすりたかったが、何故かヘタに動いたらいけない気がした。
やがて、 二人の間に電車が割って入り、通り過ぎた後、その者の姿は忽然と消えていたのだった。
そこへ、ホームに未来が訪れ、直樹を見かけては声をかけてきた。
「なっくん、おはよう」
「おはよー」
普段通りの挨拶を交わすが、直樹はジッと向かい側のホームを見つめていた。
「どうしたの?」
「いや、何でもない…」
朝から緊迫した空気に包まれ、心臓に悪い一日が始まったのだった。
━━高校に着いた志保は、昇降口で上履きと履き替えていると、自然と鈴音の下駄箱に目がいった。
今日も来ていない…。
あれから一週間、鈴音は、学校に来なくなった 。
LAINを送っても未読スルーされ、音信不通状態。
今どうしているのか、不安な志保は、浮かない表情で廊下に一歩を踏み出す。
「ちょッ!? なっくん! 土禁! 土禁!!」
すると、ナベショーの声が聞こえ、何事かと思いきや、直樹が上履きに履き替えず、そのまま廊下を歩いていたのだ。
ナベショーは、缶コーヒーを片手に自販機の前で唖然と立っており、当の本人は眉一つ変えず、足元を見ては、静かに下駄箱へと戻っていった。
徹夜でもしたのかな…。
朝から珍しい光景を目の当たりにしたのだった。
その後、直樹は2学年の教室へと向かう階段を上っていると、向こうからケータが歩いて来た。
「おッ! なおちゃん、おはようゴザイマス」
ケータが直樹に気付き、軽い挨拶をするが、直樹は、そのまま素通りして行った。
「…あれ?」
ご機嫌斜めッ!?
朝から無視されて、浅い心の傷を負ったケータであった。
━━放課後となり、部室に集まるも、異様な空気が漂っていた。
直樹は席に座っては、机の上に何も広げず、ただジッと過ごしている。
その様子を、残りのメンバーは遠くから見ていた。
「今日は、やけにボーッとしてね? いつもだけど」
「今朝からあの調子だよ」
『ケータ君、何か変なことした?』
「あの、何で“オレがやった”って前提なんですか?」
志保のスマホの内容に不服なケータだった。
「だって、ドジんのって、オメェしょっちゅうだべした」
「あのね、好きでドジるバカがどこにいるんだよ」
「男のドジッ子なんて萌えねェで」
「話し聞いてた!?」
小声でやり取りしている中、直樹は意識を集中させていると、ある場面が脳裏に浮かんできた。
細い路地に入り、ある学校の校舎裏で、門扉から出てきた男子生徒の後を追う一つの影。
それは、あの黒パーカーだった。
車の通りが多い道に出る前に、黒パーカーは、片手を伸ばし、男子の背中に衝撃波を食らわせる。
男子は吹き飛び、地面に倒れたところで、直樹は我に返った。
「…皆」
今まで沈黙していた口が、ようやく開き、ケータ達は、とっさに反応する。
「緊急事態です」
━━福島駅から少し離れた、秋田新幹線が通る線路下、歩道橋へと足を運んだ。
ここは、少々複雑な道路状況で、それぞれ飯坂、県立図書館、他高校へと通じる道となっている。
歩道橋の下は、車が多く往来し、エンジン音が高架橋に反響する。
「今から三手に別れるよ。
標的は一人、黒いパーカーにジャージを着てきてて、フードかぶってる」
「どんな顔してんの? 男? 女?」
「人相まではわからないけど、相手はか弱い女子だね」
直樹の返答に、一同引いてしまった。
オレ等、いつから犯罪に手を染めるようになったんだっけ!?
「なっくん、オレ等もそうだけど、小賀坂さんが一番ドン引きしてるよ」
志保が痛々しい視線を直樹に向けている。
「勘違いしてるようだけど、その人は、今とてもヤバイ状況なんだよ」
なっくん、オメェの発言もやばかったよ。
「とにかく、今回は気をつけていこう」
そう言って、各々分かれて捜索開始した。
━━直樹とナベショーペアは、県立美術館方面へと歩みを進め、新幹線の高架橋の下を通り過ぎた。
映画館の駐車場のそばで、ナベショーが疑問を吐露する。
「なっくん、何か珍しく熱入ってッけど、何かあった?」
「いや、ただ…」
直樹は、しばらく沈黙し、改めて口を開く。
「その人を野放しにしたら危ない気がした。
ただ、それだけだよ」
穏やかに話しているが、どこかズレを感じ取れたナベショーであった。
━━ 一方、ケータは、一人で捜索しており、高校の前を歩いていた。
いやァ、たまには一人って良いよねェ。
久しぶりの単独行動に、気を楽にして軽く背伸びをする。
道端に設置されてある自販機を見かけ、ブラックコーヒーを購入。
軽く口にして、喉を潤すと、吐息が漏れだす。
一人だとドジった時、皆に迷惑かけずに済むもんねェ。
呑気に歩いているうちに、不審な影が目に入った。
高架下を歩くサラリーマンの後、待ち伏せていたかのように物陰から何者かが現れたのだ。
性別までは視認できないが、服装は完全一致。
ケータは、気づかれぬよう早足で近づいて行く。
街路樹によって街頭の光は遮られ、明かりが乏しい高架下の公園を、サラリーマンは、ゆっくり歩いている。
黒パーカーは、フードを深く被り、足音を立てずに背後を詰めていく。
やがて、ポケットから手を出し、サラリーマンの背中へとかざした。
カーンッ。
その時、橋脚から空き缶の衝突音が響き渡り、二人共一瞬怯んでは、反射的に音が鳴った方へ目がいった。
「すいませ~ん、わざとじゃないんです~」
後方から棒読みで声をかけるケータ。
二人は、揃って振り返り、サラリーマンは舌打ちをする。
「チッ、これだから若い者は━━」
小言を漏らしながらも、そそくさと公園から離れていった。
黒パーカーもその場から退散しようとするが、自身の体が半身の状態で動かぬことに困惑していた。
それもそのはず、既にケータが蛇眼を開眼しており、相手の動きを止めていたのだ。
そして、ついに公園には二人だけとなり、ケータが近寄っていく。
「すいませんね、すぐに終わ━━」
次の瞬間、相手の左ポケットから音波が放たれ、無防備の携帯直撃した。
「おぶッ!!」
うわッ、当たり引いちまった。
ケータが、尻もちをつくと、異能が解けて自由となった黒パーカーは、追い討ちをかける。
3mほど飛び上がり、右足を高く上げている。
危機察知能力で瞬時に横に転がると、かかと落としによって着地地点が陥没した。
「い"いッ!?」
あんなんくらったら━━ッ!!
まともに受けていたらと、想像しただけで青ざめてしまった。
よく見ると、黒パーカーの四肢が細く、滑らかな曲線の鎧と化していた。
すると、一歩跳ねただけで一気に詰め寄って来られ、籠手となった右掌から、更に細い5本の指が伸び、圧縮された音波を繰り出す。
しかし、ケータが異能でそれを止め、駆除するために腕を伸ばすのだが、左手で弾かれてしまった。
「こんのッ!!」
その拍子に懐がガラ空きになってしまい、強靭な脚によって、右横腹に一撃お見舞いされる。
「ぐぶッ!!」
ケータは、腹部を押さえながら後退り、相手は、隙を見せた彼に突進する。
「━━加減にッ」
微かに声を漏らし、自身の足に力を入れ、こらえてみせる。
「しろよッ!!」
左目を見開き、完全に相手の動きを止めた。
黒パーカーは、宙に浮いた状態で固まってしまい、 風圧で飛ぶ小石も同様に静止していた。
まるで、オブジェのような異様な光景である。
「━━ッたく、手こずらせやがって。
ふゥ~」
息を深く吐き、腹部に手を当てて一歩ずつ近づく。
そして黒パーカーの肩に手を置き、そこから白い蒸気を走った。
その拍子に、甲高い悲鳴をあげ、蒸気が出尽くしたのを確認してから異を解き、そのまま地面に倒れこんでしまった。
フードが脱げて顔があらわとなり、気を失っている少女を目にして、やっと一息つくことができた。
ふィ~、やっと終わったァ~。
少女のそばにしゃがみこみ、内ポケットからスマホを取り出す。
しかし、そこで予想外なことが起こった。
「アンタ、何やってんの…!?」
震えた声が聞こえ、スマホを持ったまま振り返ると、そこには、星 鈴音の姿があった。
「あッ…、と…」
まさかクラスメイトに遭遇するとは考えていなかったため、ケータは言葉を失った。
家が近所なのだろうか、おそらく先ほどの悲鳴を聞いて駆けつけたのだろう。
そして、この状況は、どう見ても彼が少女を襲った場面にしか見えない。
非常にまずいッ。
「サラ…!? どうして…」
「えっとですね、実は━━って、えッ!?
知り合い!?」
誤解を招かぬよう説明しようとしたら、鈴音の新情報により、ますます面倒なことになってしまった。
「アンタッ━━」
「はい!?」
「サラに触れるなァ!!」
声を張り上げたと同時に、内なる力も吠えた。
鈴音が屈んで両手を地につけると、肩甲骨から翼が生えてきた。
「なッ!?」
しなやかに風を切り、 巨翼で鞭の如くケータを打つ。
ケータは、先ほどの比にならない衝撃をくらい、そのまま橋脚に吹き飛ばされて激突。
血反吐を吐いては、膝から崩れ落ちていった。
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