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特設帰宅部は、皆部室に集まり、各々自由に過ごしていた。
直樹は、 A 4サイズの紙に魔法少女を描き、ケータもイヤホンをつけながら、漫画を読んでいる。
音量全開で音ゲーをやっている未来の隣で、志保は小さいボトルの紅茶を口にした途端、ナベショーが歓喜のあまり椅子から立ち上がった。
「いよッしゃァァァァァ!!」
「うおいッ!? なんだよ、急にッ!?」
突然の出来事に驚く未来と志保。
特に志保は、むせて軽く咳き込んでしまった。
「前から狙ってたキャラが、ついに手に入ったんだで!!」
スマホを手に興奮しきっているところをみると、どうやら、ソシャゲでガチャをやっていたようだ。
━━ナベショーは、昔、両親の離婚でひどく落ち込んでしまった時期があったらしく、その時に疳が覚醒したそうです。
自暴自棄になりかけたみたいですが、なんとか理性を保ち、制御することができるようになったとのことです。
「んよしッ! 今日は気分が良いから大富豪やッぺェ!!」
なぜそんな話に!?
そう言ってトランプを取り出し、山札をシャッフルし始めた。
「ここは、部活をやるとこなんだけどなァ」
自分の事は棚に上げ、冷めた目でボソッとつぶやく直樹。
「少しだけ少しだけ! おい、そこの包帯野郎!!
大富豪やんぞ!!」
「えッ!? 何ッ!?」
「オレもやる~!」
志保も笑顔で手を挙げ、次々と参戦表明をしていく中、ケータは急に声をかけられたため、訳が分からず動揺してしまう。
「オレは、やらな~い」
直樹は呆れ混じりのため息を吐き、続けてイラストと向き合う。
四方にカードを配り終え、手札を確認する。
「ッしゃあ!! スペ3ッ!!」
ナベショーがスペードの3を出し、ゲームが開幕した。
第1ラウンド=・大富豪 未来 ・富豪 志保 ・平民 ケータ ・貧民ナベショー
「んまァ、最初だからなッ! 次は上がってやんぜッ!」
第2ラウンド=・大富豪 志保 ・富豪 未来 ・平民 ケータ ・貧民 ナベショー
「あ~あ…」
第3ラウンド=・大富豪 ケータ ・富豪 未来 ・平民 志保 ・貧民 ナベショー
「…」
第4ラウンド=・大富豪 志保 ・富豪 ケータ ・平民 未来 ・貧民 ナベショー
「意味わかんねェよォォォォォ!!」
絶叫するナベショーに、周囲は、哀れみの目を向ける。
「全ての運をガチャにベットしたんじゃね?」
ドンマイだよ、ナベショー…。
「は~い、そこまで~」
その時、直樹が力の抜けた声で、ゲームを中断させた。
「それじゃあ、今日の活動場所━━」
「 あ~ごめん!オレ、今日バイトだから無理!」
ナベショーは、そう言って直樹の言葉を遮り、荷物をまとめ始めた。
「え~? じゃ、何で部室に…」
「だって、部活サボりたくねェべした」
実質サボりでは!?
「そんじゃ時間だからッ! お先にッ!」
カバンを背負い、皆に敬礼して勢い良く部室を去っていった。
残された部員は、嵐が去ったかのような静けさに、しばらく浸り、やがて直樹が口を開いた。
「さて、重症で悪いんだけど、頼むよケータ君」
「…、え"ッ!?」
直樹の言葉を理解するのに、少々時間がかかったケータであった。
━━辺りは暗くなり、時計の針は、20時を回った。
「お疲れ様でェす」
ナベショーは、バイトの先輩方に挨拶を済ませ、タイムカードを打刻し、駐輪場へと向かう。
自転車のロックを開錠し、荷物をカゴの中に入れた。
いやァ、バイトで出たラーメン美味かったわァ。
バイトの休憩中、まかないをご馳走になり、幸福感で胃は満たされていた。
自転車に跨り、余韻に浸りながらペダルを漕ぐ。
街頭が一つしかない道に出ると、資材置き場の側を歩く一人のお婆さんがいた。
お婆さんは、前傾姿勢で買い物袋を両手に持ち、せっせと足を運んでいる。
お婆さんの横を通り過ぎようとしたとたん、資材を支えていた柱のボルトが、突如外れてしまった。
資材は歩道側に雪崩落ち、何も気付かないお婆さんの頭上へと落下する。
ナベショーは、とっさに反応し、お婆さん目掛けて飛び込んだ。
━━「すッ、すんませんでした。
つい、出来心で…」
「いえ、わかってくれたんならいいんですけど」
青年がケータに対して、何度も土下座している。
つい先ほど、青年がコンビニで商品を上着のポケットに入れるのを目撃し、店を出て路地に入ったところをケータが引き止めると、胸ぐらを掴まれ、壁に叩きつけられたのだ。
身の危険を感じたため、すぐさま疳を払い、その後、直樹たちが駆けつけ、今に至る。
「コンビニに戻って、謝りに行きましょうか」
土下座を続ける青年に、未来は、しゃがみながら店への謝罪を勧める。
「お疲れ~、逃げられるところだったね」
「ハハッ、そうね」
直樹に空返事し、ゆっくりその場にしゃがみ込んだ。
ど突かれた際、衝撃で傷に響いてしまい、地味に頭が痛い。
もういい加減、痛いのはゴメンだし…。
包帯が目立たぬようコットン帽で隠しており、痛覚を和らげるため、ため息混じりの深呼吸をする。
すると、頬に熱を感じ、見上げると、志保が微笑みながら缶コーヒーを差し出していた。
「あァ、どうもすいません」
軽く礼を言い、コーヒーを手に取って立ち上がる。
「今日は、ここまでにしますか」
直樹の言葉に、ケータは肩の力がドッと抜けた。
「たッ、助かったァ」
「はい、か~いさ~ん」
こうして今夜の活動は、終了したのだった。
━━足場材の踏み板が歩道からはみ出し、道路にまで散乱していた。
そんな踏み板の山がわずかに動き出し、埋もれていたナベショーが顔を出した。
「ふ~! 危なかった~!」
気抜けた声を出し、何枚も踏み板も押しのけ、庇ったお婆さんが、後から恐る恐る立ち上がった。
「大丈夫ですか?」
「こっちのセリフだで!! どっか骨折してないかい!? 頭はッ!?」
お婆さんはひどく動揺し、ナベショーの腕や足を触るが、痣どころか傷一つ見当たらない。
「大丈夫ですよ! 最近の若者は、頑丈に出来てるんで!!」
そりゃあ、普通の人なら骨折じゃすまないべね。
ぐちゃぐちゃだべなァ。
へらへらと異常がないことをアピールするが、お婆さんは耳を傾けず、背中を見始める。
「そうかい? 頭打ってたりとか━━」
「大丈夫です、大丈夫です」
「頭を打ってっとまずいべェ」
「頭打ってないんで、大丈夫ですよ」
「いやでも、頭━━」
しつけェよ!!
その後、足場材をどかし、買い物袋も回収したが、中身の商品がいくつか潰れてしまっていた。
それよりもお婆さんは、最後までナベショーの心配をしていた。
お婆さんを見送り、無事に帰っていく姿に一息ついた。
「さて、オレもか━━」
振り返った途端、ショックなものを目にした。
それは、自転車が踏み板の下敷きになっており、カゴや車輪が原型を留めていなかったのだ。
「じゃッ、
愛車のあられもない姿に絶叫し、静寂な夜を轟かせたのであった。
━━ 翌日、鈴音は相変わらず寝不足の表情で教室に足を踏み入れる。
ふらつきながらも席へと向かうと、隣の机に鞄がないことに気がつく。
「ん、おはよう志保」
その時、鈴音の席に志保が訪れ、軽い挨拶を交わす。
ほんと仲良いんだな。
未来がその様子を遠くから眺めていると、弱った声が耳に入ってきた。
「ど~もで~す」
ケータが疲れ切った表情で未来に挨拶し、窓際の方を見ては、異変を口にする。
「あれ? ナベショーは?」
「ナベショーは、まだだよ」
「へェ、ナベショーが遅刻って珍しいね」
いつも目立っている存在だったため、本人がいないことに新鮮さを感じる。
そこでチャイムが鳴り、担任も入ってきては、ホームルームが始まった。
担任が出席を取り始めたその時、入り口の戸がゆっくりと開いた。
「? おい、ナベショーどうした?」
廊下で立ち尽くし、俯いている彼に声をかける。
「
「…は?」
━━休み時間、ケータは、ナベショーから事の顛末を聞いていた。
「それは仕方ねェよ、ナベショーがいなきゃその人は助からなかったんだし」
廊下で窓の外を眺め、風にあたりながら、隣で壁を背に寄っ掛かっているナベショーを励ます。
「いやァ、でもチャリが潰れたのは痛いぞ」
自転車に名前をつけていたこともな。
落ち込んでいる相手に、さすがに追い打ちをかけることはできなかったケータであった。
すると、向こうからある一人の少女が歩いてきた。
身長は小さく、白衣を着ており、教材を両手に抱え、 ナベショーの前を通り過ぎていく。
ナベショーは、少女に釘付けになり、彼女の後ろ姿をじっと見つめていた。
「…ケータ」
「どした?」
「オレ、春が来たわ」
「桜散りかけてるのに?」
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