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朝、教室に続々と生徒が入室し、グループを形成していく。
そんな中、鈴音は、スマホの画面を眺めながら席に着き、孤立していた。
昨日、クラスのほとんどの生徒が好奇の目で彼女を囲っていたのだが、彼女のドライな態度によって、一気に冷めたようだ。
その上、彼女自身も結界を張っているため、より人を寄せ付けなくしていた。
しかし、そんな鈴音の結界を容易く破ってきた者がいた。
『おはよ! 鈴ちゃん!』
スマホを差し出されて、初めて目の前の存在に気づき、顔を上げる。
「おッ、おはよう…志保」
微笑みかけてくる志保に、鈴音は戸惑う。
なぜなら、先日の部活見学について、どう言い訳したら良いかわからず、その後の謝罪のLAINも送っていなかったのだ。
本人を前に気まずい空気の中、志保がスマホに文字を打ち込んでいく。
『昨日はごめんね。
いきなり部活見学だなんて、迷惑だったでしょ?』
スマホと共に、お詫びのつもりか、ジュースも差し出された。
「いやッ、そんなことないよッ。
大丈夫だから」
志保の気遣いに、鈴音は、慌ててジュースを返す。
「私の方こそごめん。
えっと、この高校に来たばかりだから、いきなり部活見学は、その、ハードルが…」
『そっか、それじゃあ、少しずつ慣れていこうね』
動揺しつつも謝罪することができ、なんとか志保と和解できた。
「うぃ~ッス…」
すると、気力のない声が耳に入り、入り口の方へ目をやると、とんでもない光景を目にする。
え"ッ!?
頭に包帯を巻き、衰弱しきったケータが、教室に入ってきたのだ。
ふらふらと自分の席にたどり着き、鞄を机の上に置いては、枕代わりに頭を乗せた。
「オメェは、人間かで?」
「唐突に何言ってんですか?」
ちょうど未来と一緒にいたナベショーが、素朴な疑問を問いかける。
「だってそうだべェ。
オメェどんだけ頭打たれたら気が済むんだで。
しかも、昨日の今日で復活ってどんだけだで」
「そうだよ。
あれほど重症だったのに」
二人は血色の悪い彼に不安を抱きながら話しかける。
「オレだって休みたかったけど、お袋がうるさかったから嫌々来たんだよ」
「「あァ…」」
二人は何となく察し、ボロボロのケータが不憫に思えた。
「オメェん家のお袋さん、鬼だからな」
「ご愁傷様です」
ナベショーのそばで、未来が手を合わせ、深く会釈した。
「うん、オレまだ死んでない。
縁起でもないことしないで」
力のないツッコミを入れている様子を鈴音達は遠くから見ていた。
「あの人、昨日といい今日といい、なんでボロボロなの? 他校とヤりあってたりする!?」
鈴音の脳内には、 ケータがヤンキーで、来る日も来る日も喧嘩三昧な日々を過ごしているイメージが浮かんでいた。
もしかしてアタシの“アレ”が反応したのって、彼がガチの危険人物だったからってことなんじゃ…。
『違う違う!! ケータ君は、とっても良い人だよ!!』
引いている鈴音に、志保は、全力で否定してみせる。
「そうなの? 物騒な印象しかないんだけど…」
擁護する志保に、ジト目で見つめる。
「そういえば部活も一緒みたいだけど、その、長谷川君ってどういう人なの?」
『最初の頃は、鈴ちゃんと同じ感じだったよ』
スマホでそう伝え、初めて出会った頃を思い返した。
━━入学当初、同じクラスになったんだけど、第一印象は、かっこいい人がいるなァと思った。
ある程度人と話しているところは見かけたけど、よくイヤホンで耳を塞ぎ、時々誰も寄せ付けない壁を作ってるように感じたの。
いつだったか、衝撃的な光景を目の当たりにしたことがあってね。
購買で同級生の
「テメェッ!! パン買う金あんだったら金返せやコラァ!!」
「わッ、分かった!! 落ち着けッ、落ち着けって!!」
同級生はひどく動揺し、激昂するケータを必死になだめようとしている。
どうやら金銭の貸し借りでモメていたみたいだけど、それ以降、彼を怒らせると危いと校内に知れ渡っちゃったんだ━━。
「やっぱ怖い人じゃん」
『本人が言うには、3000円貸して3ヶ月経っても返さなかったからって言ってたよ』
それから何日か経ってからかな、事件が起きたのは…。
━━夜、福島駅東口から少し離れた場所で、自販機を何度も蹴るサラリーマンがいた。
「オラァッ!!」
顔を紅潮させながら、ネクタイ緩め、ワイシャツがズボンからはみ出している。
「今までッ、貢献ッ、してきたのにッ━━」
どうやら大量のアルコールを摂取したらしい。
何人もの通行人が、足早と通り過ぎ、中には距離をとってスマホで撮影している者もいた。
たまたま通りかかった志保も、ある程度離れてその場から脱しようと一歩踏み出した途端━━。
「何でッ、クビなんだよォッ!!」
自販機の隣に設置されていたゴミ箱を蹴り飛ばし、志保の前までゴミが散乱した。
その際━━。
「あんだよ…。あ?」
運悪く視界の端に志保が入ってしまったため、男の目にとまってしまう。
「何泣いてんだよ、テメェに何もしてねぇだろうがッ!!」
身構えている志保に、ふらふら近寄っていく。
「オレは悪者扱いか!? あ"ッ!?
お前らもッ!! 俺を見下してんのかッ!?」
スマホ向けている人達に指を指し、倒れたゴミ箱を再度蹴り飛ばす。
男は、怯えている志保が気に入らず、舌打ちをしては彼女の腕に手を伸ばした。
しかし、次の瞬間、横から腕を掴み上げられてしまう。
そこに現れたのは、意外にもケータだったのだ。
「━━へェ、それで助けてもらったと」
志保は、微笑みながら頷く。
話を聞く限り、悪い人ではないのは確かかな。
頬杖をつきながら、チラッとケータの席に目をやる。
彼は、鞄の上に顎を乗せ、やはり痛々しい頭の怪我が響いているのか、少々顔色も悪く、遠くを見つめている。
すると、視線を感じ取ったのか、首がこちらを向いたので、悟られぬよう志保に視線を戻し、話題を振る。
「っていうか、志保もダメだよ。
女子が一人で夜出歩くなんて」
自分の事は棚に上げて、志保に注意する。
━━でも、その話には続きがあって…。
そこから先は、きっと信じてくれないだろうな…。
志保は、笑みを浮かべながら軽く流し、当時の出来事を振り返ってみた。
━━彼は、黒いニット帽を深く被り、男を凝視していた。
「ンだッ!? テメェはッ!! 触んじゃねェ!!」
男は腕を振り払おうとするが、ケータは、決して放さなかった。
「おじさん、女子に手を出してしまうほど、落ちぶれてないでしょ?」
「うぜェつッてんだろ!! 放せやコラッ!!」
一見、男の怒号に怯むことなく、穏やかに説得してるように見えるが、志保の目には、異様なものが写っていた。
腕を掴んでいる手から、かすかに白い蒸気が出ていたのだ。
「おいッ!! 放せつッてんのがわかんねェのか!?
あ"ァ!?」
ついに男は、空いている右腕で顔面に右ストレートを食らわせ、さすがのケータも声が漏れてしまう。
「ッ痛ェな…」
唇が切れ、ツーッと血が垂れる。
その時、空気が変わったのを肌で感じ取った。
「しつけェんだよッ!! 何様のつもりだ!?
テメェはッ!?」
何、今の…。
頭に酔いが回りすぎて鈍くなっているのか、語気を弱める様子はない。
「ただの━━」
そして、ケータが左目を開眼したとき、事件は、強制的に終わりを迎えた。
「害虫駆除です」
それは、私にとって非合理的で、非現実的な、非日常の始まりだった━━。
当時を振り返り、つい鼻で笑ってしまう。
思えば、アレがきっかけで疳之虫が見えるようになったんだよね。
『だから、あまりケータ君を誤解しないで欲しいな』
文面を読み、志保の顔を見上げる。
無垢な彼女の微笑みに返事をしようとした途端、チャイムによって遮られてしまい、皆、席に戻り始める。
「あッ! これ…!」
机の上にジュースを置いたままになっていることに気付き、志保を引き留めようとしたが、去り際に軽く手を振られ、その場から離れていった。
彼女の前の席にいるケータを横目で流し、缶の水滴が机に落ちていく様にボソッとつぶやく。
「何なの…」
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