: 3p.

チャイムが鳴り、一斉に椅子を引く音が教室中に響く。


「しゃあッ! それじゃ部活行くべッ!」


ナベショーは、退屈から解放され、ハツラツとした表情でケータ達の元へ合流する。


ケータも鞄を肩に背負い始めていると、スマホをいじりながら席を立つ鈴音の姿が視界に入った。


視線に気づいたのか、一瞬こちらと目が合うが、何事もなかったかのように、その場から去っていった。


またか・・・━━。


彼女の態度に軽く落ち込む中、志保がナベショーにスマホの画面を見せる。


『ちょっと、トイレに行ってくるね』


「あ~、わかった。

先、行ってっから」


そして、志帆は駆け足で教室から出て行った。




━━女子トイレに入り、個室のドアに鍵をかける。


用を足す準備をしていると、入り口のドアが開き、複数の足音が聞こえてきた。


自分と同じように利用しに来たのかと思いきや、何故か彼女のドアの前で立ち止まる。


その時、突如頭上から中身の入ったペットボトルが投げ入れられた。


いきなりの出来事に、志保は短い悲鳴をあげ、とっさに身構える。


「あれェ? ここに口パク・・・が入ってね?」


口パク・・・の分際で、何ここ使ってんだよッ!」


ドアのわずかな隙間からいくつもの影が蠢いておりその内の一人が蹴りを入れてきた 。


「つか、テメェ自体、何で普通の高校に通ってんだよッ!?」


「マジうぜェ~!!」


女子達の高い笑い声が、室内を反響する。


志保は、怯えながら頭を抱えていると、上からバケツ一杯の水を浴びせられ、終いにはバケツも落ちてきた。


壁や頭に弾んでいる中、ドアの隙間から漏れ出た水に、外の女子達が大はしゃぎしている。


「怖いんなら助けを呼んでみろよッ!

助けてェってさァ!!」


「いつもツルんでる奴らが来てくれるかもよ!?

アンタ、あいつらの肉便器・・・なんでしょ!?」


「便所なだけにッ!?」


「便所なだけにッ!!」


彼女達は盛り上がり、気が済んだのか、廊下へと退出していく。


「また遊んでやるよ、クソビッチ!」


そう言い残し、声が遠ざかって行った。


沈黙が漂う女子トイレで、ずぶ濡れになった志保だけを残して…。




━━階段のすぐそばにある個室。


表札には、“特設帰宅部”と記されている。


8畳ほどの広さで中央に二つの長テーブル。


その先には、少々高めの机が段差となって連なり、ひとつしかないゲーミングチェアが収まっている。


戸棚にマンガやフィギュアが飾られ、脇にポットと五つのマグカップ、向かい側には、ホワイトボードが設置されていた。


長テーブルを囲んでいるパイプ椅子が、四つのうち三つが埋まっており、トランプに励んでいる少年達の姿があった。


「新学期早々、オメェは本当に期待を裏切らねェな。

はい、“縛り”」


「別に狙ってやってるわけじゃねェぞ、オレは。

はい、“8切って”5」


「転入生にも嫌われちゃうしね。

はい、“革命”して“あがり”」


「「うおォ~ッ!? かッ、革命!?」」


未来の出された4枚のカードに、二人は、あまりのショックでハモってしまう。


「あ~、ギリギリかなァ」


「マジかよ~、駄目だこの手札」


最高潮に盛り上がっているところで、突如、未来とナベショーの背筋が凍った。


いつからいたのか、入り口の前に直樹が立っていたのだ。


直樹は、相変わらず無気力な表情をしているが、ジッと見つめてくるその目には、ちょっとした不気味さが漂っていた。


「ん? どうしたの?」


二人の異変に気付いたケータは、直樹のマスク越しのため息に、ようやく察した。


スタスタとケータの後ろを通り、静かにゲーミングチェアに腰掛ける。


「おッ、お疲れ、なおちゃん…」


苦笑しながら顔を伺うが、眉ひとつ動かさない彼としばらく目を合わせ、さすがに気まずくなった。


「やめようか…」


「そだね…」


重い空気に耐えきれず、3人は、黙々とトランプを片付け始めた。




━━木々が生い茂る校舎裏を、鈴音は、落ち込みながら歩いていた。


「迷った…」


おかしい、私、昇降口に向かってはずなのに…。


軽い頭痛と疲労が相まって、自身の方向音痴に嫌気をさす。


初日からずっとツイてないんだけど。


「ホント、サイアク…」


ボソッとつぶやき、角を曲がると、陽のあたる場所に出た。


開けた中庭となっており、向こうに渡り廊下が見える。


どうやら、一学年のベランダに出たようだ。


アレ?


ポツンと1人だけ体育座りをしている人がおり、ブレザーをコンクリートの地面に広げ、タオルをかぶっていた。


近寄ってみると、ブレザーが濡れており、それ以外の身につけている服装も湿っていた。


「どうしたのッ!? その格好ッ!?」


思わず声を上げてしまい、彼女も初めて鈴音の存在に気付くと、ゆっくり顔を上げた。


「ッ! アンタは━━ッ」


同じクラスの━━。


職員室への道案内や男子の輪に入っていたあの少女であった。


どうしてこのような状況になってしまったのか尋ねようとした途端、喉が詰まってしまった。


そういえば、私、この人の名前知らなかった…。


「え~っと…」


対応に悩んでいると、彼女はスマホを取り出し、文字を打ち込んで画面を見せた。


『小賀坂 志保だよ。

よろしくね』


微笑む彼女に戸惑ってしまう。


何でこの状況で笑っていられるのか、理解に苦しむ。


「小賀坂さんって、もしかして━━」


皆まで言わんとしていることを察し、口をパクパク動かしては、両手でХとジェスチャーする。


喋れないんだ…。


すると、志保がくしゃみをしたため、それどころではないと我に返る。


「ッて、風邪引いちゃう!」


鈴音は、 慌ててカバンを下ろし、自身のブレザーを脱ぎ始めた。




━━「へェ、そんなひどいことがあったんだ」


志保は、事の経緯をスマホを通して説明した。


「小賀坂さんは、ムカついたりしないの?

そんなイジメにあって」


鈴音のブレザーを羽織り、文字を入力して見せる。


『思ってないよ』


「なんで? なんでそう思えるの!?」


次の文章を打ち終え、鈴音に渡す。


『私はね、ここに来る前に色々あってね、その時に声が出なくなっちゃったんだ。

でもね、それでも私は感謝しているんだよ』


「声が出なくなったことが?」


志保は、コクッと頷いてみせる。


『声が出なくなったおかげで、環境は一気に変わったし、それに、“友達”もできたしね』


友達とは、あの男子たちのことだろうか。


異性を友達と呼ぶ志保に、少し不安を覚えた。


なぜなら、中高一貫の女子高にいた鈴音にとって、少々共感できない感覚だったからだ。


「もしかして、男子に何かやましいこととかされてない!? 大丈夫!?」


鈴音の言葉に、とっさに首や両手を振り、否定をアピール。


『確かに不便な事もあるけど、これは、幸せを手に入れるための、仕方のない、大きな犠牲だったんだよ 』


「小賀坂さんって、強いね…」


志保は笑みを浮かべ、素直に照れてしまう。


「でもさ、あんな男子に囲まれて浮かない?」


『そうなんだよね。

話が合う女友達って、私いないんだよね』


志保が困った表情でため息していると、 表示画面を見ていた鈴音が顔を赤らめた。


「私ね、この高校に来たばっかしだし…。

その、知らないことも多いから…」


徐々に口調が小さくなっていく彼女は視線をそらし、志保にスマホを差し出した


「話し相手が欲しいかなァ…って、いうか…」


ぼそっと呟いた鈴音に、志保は感激すると、スマホを持つ手を両手で掴んだ。


「ちょッ、ちょっと━━ッ!?」


片手でスマホを打ち込み、再度、鈴音に見せる。


『それじゃ、これからは“鈴ちゃん”って呼ぶね!!』


「へッ!? いや、えっと━━」


戸惑う鈴音に気にすることなく、握った手を離さずに激しく腕を振る。


目を輝かせ、満面の笑みを浮かべる志保。


二人は、この高校に来て初めての友達となったのであった。





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