失敗作の所以
(奴ら、『混じり物』か)
剣を床に突き立て、睨み立てながら脳の片隅で思考を回すイド。目の前の大男もそうかは分からないが、少なくともツウと呼ばれたそいつはこちらに対して動きを見せない。
翅の生えた、スリーと呼ばれた少年は、ゆらゆらと二人の間を飛び回る。その度に、光り輝く粉が大量に舞った。
(…あの体格から、するに。
こいつはオーガ、もしくは巨人辺りが混じっているか。どちらにせよ怪力と、その再生能力は常人とは比べ物にならん)
不自然に生えた翅、異常なまでに大きすぎる体躯。
それぞれが純粋な人間でなく、魔物か、不死者の。そのいづれかの力を、身体を、混ぜられたものだと解る。
きっとそれは先天的ではなく、後天的に。
(ならば徹底的に壊すのみ)
ハァ、と震えながら吐く息。
戦闘に伴う緊張、そして興奮。
その荒々しく、血に飢えた本性が兜から漏れ出た。
「きあッ」
奇怪な気合いが鳴る刹那に、大剣を振り終わっていた。横一閃に振り抜かれたそれは、ツウが牽制のように前に出していた右腕の、中指から小指までを切り落としていた。奇剣が赤いぬめりに身を光らせる。
「…!」
それを受けて、ツウが動く。怯むように腕を引っ込めながらの前蹴り。
イドは、巨大な岩のような蹴りを横に避ける。だが瞬間に、避けた先にまた巨木のような腕の一撃。半分以上の指が無い腕の一撃は、避けられず、そして尚も強大な威力。
鎧は砕けず、されど衝撃を内部に通し、イドが血を吹いた。
そう、なりながら。
騎士は兜の下で会心の笑みを浮かべた。
(なんだ、この程度か)
イドは止まらない。
その腕の一撃に、敢えて前に進む。鳩尾に打撃を喰らいながら、臓腑を潰されながら。むしろ、前に進んでいるから、傷がより深くなったのかもしれない。狂った男はそれを勘定に入れない。
腕を引く速度と同じ速さで前に駆ける。そのまま、拳を引くことを完遂しきれない腕を掴んだ。掴み、引きずり出す。
イドの空いた片方の手では、剣が振りかぶられる。
まずい、と。
咄嗟にツウはもう片方の手を伸ばす。この小さな騎士は、片方ずつ腕を切り飛ばしていくつもりであると、気付いたまではいい。
だが、それを止めようとした事は更なるミステイクだと気付けたのは、行動を行なってしまったその後だった。
ぎろり。
イドは、その剣の向ける方向を変える。それは咄嗟の反応では無い。これを予測し、誘っていたのだ。
腕を切り落とそうとすれば、誰だろうとそれを守ろうとする。ならば、そうして守ろうとした四肢を先に、落としてしまおう。それこそが、この気狂いの考え。
「ーーーーーッ」
声にならないくぐもった悲鳴。
指が残っていた方の腕。それが肘から切断された。
それがチャンスと、イドは動揺するツウの身体を、その異常な脚の力のみで駆け上った。顔面に剣を突き立てようと、逆手に持ちながら。その剣には煌々と、青い炎が燃え盛っている。
しかし。
「……グあっ!」
横合いから飛び出した何かが、イドの兜をほぼ真っ二つに裂いた。兜だけで済んだ要因は、一瞬、目端に、あの翅のある、スリーの不審な動きを捉えた為だ。
その不審に気づかねば、今頃、瓜のように真二つになっているものは兜ではなく、イドの頭部だっただろう。
衝撃に、吹き飛ばされる。
部屋の両端、それぞれにスリーとイド。
その間にツウ。そのような位置関係になった。
「…小賢しい真似をする。
汚い粉を撒き散らすのはもうやめたか」
は、と。
その場に居る誰もが目を離さなかった。だがそれは、膨張するかの如く。一瞬で、イドはスリーの目の前に、接近した。その場に居たもの全てが目を見張り、自身の正気を疑うが如くの瞬発。
ごぎぃん。彼の奇剣と、スリーから放たれた何かが鍔迫り合う音がする。それは先程、兜を引き裂いたものの正体。
鍔迫り合い、イドが顔を近づける。開き切った瞳孔。物憂げで神経質な顔持ちであった兜の下のその顔は、今や殺戮の愉悦と血に酔いしれ、獣の様な匂いを放つ。
騎士のその顔の右半分は、骸骨のように枯れている。目が有った筈の場所には孔が空き、口は唇どころか皮膚もなく、牙が剥き出しになっている。左半分の獰猛な印象とは対照的に、冷たい死を感じさせる面だ。
「ク、クククク。貴様の武器は、懸命に撒いていたその薄汚い鱗粉と…さっきまで必死に隠していた尻尾。貴様の混じりもの正体はフェアリーか」
「粉を吸い、動きが鈍った獲物を、あの大男とその尻尾の鞭のような一撃が仕留めるというのがいつも通りか?だが残念だな、そんなくだらん毒は効かん」
ご、がきぃん。
鍔迫り合いが、終わる音。
イドが剣をねじり、尻尾を弾く。瞬間にイドの手が閃き、腰に付けた短剣がその尾を裂き壊した。
瞬間に、その剛力でスリーを押し倒して、馬乗りになる。
両手には大剣。すでに、振りかぶっている。
「何しろ、俺も同類だからな」
どす、どず。
二回、スリーに大剣を突き立てる。
一回は頭部に、二回目は心臓に。
突き刺す度に捻り、ねじり、傷口を広げた。
「ハハハァッ!」
そしてそのままに、ぐるりと身体を回転させながら大剣を振り抜く。回転の勢いを得た一撃。
それは、背後から襲おうとしていたツウ。その腹をずぱりと引き裂いた。傷からぼどぼとと腑が零れ落ちていく。
巨躯が膝から崩れ落ちた。
噴き出る血の雨。
兜が無くなり、露わになったその顔が爛れて行く。
毒性のあるその血を、浴びながら、悦びながら。
「……恐ろしいね」
ぼそりと、呟く声。それは部屋の片隅、牢屋の近くでそのこうけいをずうと眺めていた、エィスの声だった。
それはまた、イドに話すというよりは、独り言のような。
「ツウ、スリーともに、下手な魔物や軍隊、なんなら不死者ですら無力化できるほどの猛者だ。それを物ともしないとは…しかも、その出来損ないの剣だけを使ってだ」
「ああ、そうだ。君は今ここでツウとスリー相手には炎を用いていない。それがなくても、十分に強い戦士なんだ。圧倒的なまでに」
「…では何故、此処に来るまでに炎を使った?こうまで派手に、爆発を、パフォーマンスするように。君ほどの実力があり、バンパイアの協力もあるならじっくりと、忍び込むことも出来たろうに」
「答えは一つ。君が、怒っていたからだ。君は、大切な者を連れ去られたというくだらない怒りに身を任せて、無駄にそれを使った。爆発するような憤りに身を任せて、愚かにもそれを濫用した」
「ああ。それが、110番の失敗作たる最大の所以。感情のコントロールの不得意。それに伴う、不確定要素の多さ。
結局のところ、思いのままに支配できないものなど使い物にならない、ということだったわけです」
「最期の言葉は、それでいいか」
ぎし、ぎしと歩き寄りながらイドが言う。
大剣を肩に担ぎながら悠然と近付く。
「…身体が重いだろう、あんなに、『あの炎』を使えば当然だ。それになんとも無いようなフリをしているが、此処に来るまでの傷、それにさっきのツウの打撃は幾つか骨や臓器を壊してる。スリーの一撃も、首筋の血管を切っている。放っておけば出血過多で死にますよ」
「そうか。死ね」
剣が振るわれ届く、射程距離範囲内に入る。
あくまで笑顔のままのエィス。
その首筋に、だらだらと汗はかいていたが。
何に関係あらず。
イドはただ剣を振り下ろすだけ。
…その、つもりだった。
「…おや、その足はどうしましたか?」
がくり。
そう言われるや否や、足から力が抜ける。
視認すればそこには、腱の辺りに…
(…なんだ、これは。刃?)
「イド!それに目を向けちゃダメ!」
そうだ。
これは、ありえない。
クシーの発言で確信する。空中で顕現した何かが足首に刺さるならまだしも、刺さった状態で顕現することなどはあり得ない。あったとしても、予兆がないはずが無いのだ。そして、痛みと脱力感は、認識した瞬間に走ったもの。
認識。エィスが、指摘した瞬間。
その足はどうしたのかと、言った瞬間だ。
「幻術か…!」
「ええ、おっしゃる通り。
僕の持つ力はただのチャチな幻覚ですよ。
だけど僕ができるのはちょっとの時間稼ぎで十分」
「な…ごあっ!」
イドの悲鳴は、その背後から来た圧迫する力に由来する。
背後に立ち、握り締め潰さんとする、それに。
ぎちぎち、ぎりぎりと嫌な音が鳴る。
内側から押し返すものの、それが限界な程。
「…ツウ、だったか。何故動ける。二、三度は死ぬほどの傷を与えたぞ…!」
「………」
寡黙な大男から、その付けられていた仮面がぼろりと崩れ落ちる。その顔面を見て、クシーが短い悲鳴を上げた。
目と口が縫い合わされている。
頭髪は全て剃り落とされ、幾つものつぎはぎ。
人が、生き物が持つべき五感を、その半分も果たしていないだろうその異様な光景を見て、イドには思い当たる節があった。
「………ッ!おぞましい、ことを!」
「『混じり物』。フェアリーや、オーガ辺りの混じり物であることは予測してたたが、それだけではないな、これは。
その程度の冒涜では無いなッ!」
「ふふ、はは。気付くのが遅いですよ110番。
やはり、怒りは判断能力の妨げになりますね。
だから貴方は失敗作なんだ」
視界の後ろで、かたかたと立ち上がり始めるスリーの姿を捉える。焦燥と共に力を込めるが、その掌の内から出る事は出来そうに無い。親指と人差し指の二本しか無い筈のそれが、しかし抜け出ることの出来ない圧縮となっている。
「…貴様…死体を素体にしたのか。人間の死体と不死身を混ぜ合わせた、生体と死体。人間と不死者。いわば二重の混じり物か」
「おや、さすがに聡いことで。
それとも既に知っていたのですか?」
エィスが意外そうな顔を浮かべ、その後にっこりと目の笑っていない微笑みを浮かべる。そうして、つらつらと語り始めた。
まるで、研究を発表する学生のように。
「既に死が現象として定着している人間と、心は壊れてもまだ不死身として生きているもの。それを上手いこと混ぜ合わせたら、どうなるか?そんな研究が少しずつ進んでいましてね。最近まで、倫理がどうとかで凍結されていましたが」
「答えはこう。死んでいるという属性を持ったまま、不死身として動き始める。なんともまあ矛盾している気持ちの悪い状態でしょう?これから考えられるのは、不死者はただその再生能力や生き物としての強度でなく、もっと概念的に死を否定する何かがあるのではないかという事でして…」
クシーは、それを訝しげに、気色悪いものを見る嫌悪感と共に見つめた。何故、自らその手を明かすのだろう。それを説明するメリットも無いし、彼ほどの知能があるなら、これがただのイドの時間稼ぎになっていることなどとうに気付いているだろうに。
ただ、イドにはその理由はなんとはなしに、解る気がした。
理由は、その目だ。
あれは、孤独に飽き飽きした目だ。
エィスは恐らく、誰かに理術を説明したくてたまらないのだ。悪戯を自慢したくて仕方のない子どものように。自分のやったことが、こんなにすごいことなんだよ、と誇りたくてたまらないように。
横に居る実験台、死体の混じったものを友人と呼び、名前をつけるほどの孤独だったのだろう。
だから、彼は話し続けるのだ。
それが実験台相手でも、侵入者相手でも。
「…さて、そろそろいいかな。
110番。貴方にも、分かった頃だろう?」
「…ッ!」
「あの炎を使え。それ以外にこの状況を脱する手段はないぞ。まあ、そのまま握り潰されても構わないなら別だが」
余裕たっぷりに、持論を語る間に、イドは必死に握り潰されそうな今を打開すべくもがき、考えた。
だが出来ない。どうあっても、あの火を使うしか。
「ええ、ええ。僕の幻術は本当にちゃちなもので。言葉を言い切らねば意味が無いですし、耳を塞がれてしまうかもしれないし、届いた所で痛みを与えるくらいで実際に傷は負わせられない。術にかけても、一瞬で解かれてしまう。本当に弱くて情けないものです」
「でも、そうだな。例えば今あなたが必死に内側から抵抗しているその腕。その片方が一瞬でも動かない、という術をかければ」
「……ぐッ…!!」
「ふふ、フフフ。どうなるでしょうね?
それを試してみたいな。君なら耐えるかな?」
明らかに、誘っている。
あの蒼い炎に対するカウンターを、何か握っている。それが明らかだ。この部屋に来てから、明らかに挑発をしていた。
エィスは、それに対する対抗手段を試したいのだ。
だから、敢えてツウとスリーとの戦いでは用いなかった。
だが、今の状況。
背後から、恐ろしい怪力で握られる。
シンプルにして無比、単純にして極限。
ただ単純が故に、それを脱する手段が無い。
だからこそ、その瞬間に響いた声は。
『動くな』
がらがらに、しゃがれた声。
イドの声でも無い。エィスの声でも。
ツウとスリーは口を縫われ、声を出せない。
イドが知る、クシーの声では無かった。
イドが知る、彼女の壊れた鈴のような音では。
だが、それは、彼女から発せられた声。
喉に激る怨嗟と火に渇き、唸る声。
嗄れた、怪物そのものの声。
その威圧感に皆が一瞬、真に動きを止めた。
『イドを傷付けるな』
エィスの手が反射的に、竜笛に手が伸びる。
だが、それを彼自身が意識的に止めた。
「これは…!?クシーは白龍だったはず。このような変化はあり得ない!生物の、生き物の摂理を捻じ曲げている…
フハハっ、竜にはこんなデタラメも許されるのか!?」
クシーの変幻は牢を内側から壊すほどの膨張を伴い、今や細身の少女の姿はどこにもない。
ぐちゃぐちゃに崩れかけた身体。
赤く、気持ちの悪い色をした竜の体。ぐつぐつと湧き上がる溶鉄が、害意を持って動き出したかのような醜い姿。
赤褐色の、岩のような皮膚を持つ醜い龍。
それを、この場でただ一人。
イドだけは見覚えがあった。
あの日、あの時。
ニコの発言に怒り狂った竜の少女が、暴れ回らんとしていた時の、その姿にそっくりだった。否、同じもの。
あの時に、妙な胸騒ぎがしたのだ。
『この扉を開かせてはいけない』。そんなような、絶対にこれは、途中で止めなくてはいけないというような直感が。だから止めた。
それの行く末は、破滅のみ。
そんな、不吉な予感がして堪らなかった。
「やめろ、止めろ、クシー!」
それは駄目だ!それだけは止めろッ!
俺なら、大丈夫だ!だからッ!」
「これは、いいなあ」
息を荒げ、冷や汗をだらだらとかきながら。
それでいて楽しそうに、嬉しそうにエィスが嗤う。
そうして、ツウの掌の中にあるイドに語りかける。
「本当は、ただこの子を囮に君を連れてこようと思ってただけだった。正直、竜の研究なんて、もうし飽きてるから。だから唯一の実験体である110番の為の生き餌にするつもりだったんだけど…」
・・・・・・・
「ああ、こっちでいいや。
こっちの方がずっと面白い」
狙い澄ましたように笛の音が響く。
言わずもがな、竜のみを無力化する忌々しい笛。それは、未曾有の変化を齎した今のクシーすら例外ではなく。
『ぐ、ああああッ!!』
嗄れた悲鳴が部屋中にびりびりと反響し、鼓膜を破らんばかりに轟く。三度目でありながら、慣れる、などはあり得ないような激痛が大悲鳴を上げさせ、クシーはみるみる痩せ細った少女の姿に戻っていく。
そして、その倒れた竜の前に、翅の生えた少年。スリーが、頭部と胸に風穴を空けながら立ち、倒れる少女を受け止める。
「スリー、僕と彼女を抱えて、『あそこ』へ。
ツウは引き続きそいつを足止めしていろ」
「ぐ、う…!
その汚い手をクシーから離せ!」
「じゃあね、ツウ。まあ、上手くいけばお前なら生き残れそうだし。頑張れ」
もはや、視界の内にすらない。
エィスは、イドの発言を無視して大男に背を向ける。
そうして、とん、と窓から飛び降りあ。落下するそれを、妖精の混生が受け止めて何処かへと飛び去って行く。もう片方の肩に、気を失った竜を担ぎながら。
「……ぐ」
「…うおおおオオオォォオッ!!」
ぶちぶち、みちみち。と。
獣のような蛮声に負けずの音量と共に鳴り響く破壊音。肉が千切れ、軟骨が砕けて、繊維が絶たれて行く音。
イドが、その肉体の破壊を顧みずに脱出をする音。どれだけ身体が壊れても、死のうとも構わない、痛みを忘れた動作。
「……その手を」
「…離しな、このうすらデカブツ!」
さん、と。
残り二本の指の内、更に一本を切り落とす音。
もう一人の侵入者、不死者の出来損ない。
セーレの乱入だった。
「うええ、嫌な感触!
ああクソッ、旦那!無事かい!遅すぎたか!?」
返事はしない。その暇すら惜しい。
大剣を逆手に持ち直し、大男の胴に深々と突き刺す。
そして内側より、燃え盛る魂を穢す焔。
(…未だだッ!未だ、間に合う!)
殺し切れたかの、確認すらせず。
イドは剣を引き抜き、駆ける。
鎧が砕け、ぼろぼろと身体から落ちて行く。
背後で、巨体が斃れる音が聞こえた。
「…おおおオオオオッッ!!」
一瞬の迷いもなく駆け、飛び降りる。
降りた先、剣の届く場所にはあのエィスの姿。
そして、薄らと目を開けた、竜の少女。
「クシーーッ!!」
「…イ…ド…」
その大きな剣であれば、届く距離。
それでなければ、届かない距離。
それでも、咄嗟に伸ばしたものが剣ではなく、手であったのは、彼の中で、怒りよりも愛する者への想いが上回ったからだろうか。
当然に、それが彼女に届く事は無い。空中の距離という、現実という、あまりにも無慈悲すぎる壁が、彼らにその手を繋がせはしなかった。
ただ、落下していくイド。
落ちながら叫ぶ声は、悲鳴ではなく。
口惜しき、怨念を纏った雄叫びだった。
…
……
「……ほんと、運が良いんだか、悪いんだか」
「……」
「よくもまあ生きてるもんだよ。
あんな高いとこから落ちて」
「……セーレ…」
「っと…目を覚ましたかい旦那。早速だけど少し静かにしてな。今、ニコから言われたとこまで飛んでる最中だ。下手に喋ると舌噛むよ」
「……」
ばさばさと、蝙蝠の羽が絶え間なく動く音。
その背から見下ろす街の姿は地獄じみた有様。燃え盛る炎は塔に留まらず街を燃やし、風に煽られて次々に燃焼の場所を増やして行く。
それを瞼の裏から感じながら、イドは更なる憤怒と憎悪を激らせる。
(……済むものか)
(この程度で済むものか。
たったこの程度で。俺の怒りはまるで晴れない)
「よくも、よくもクシーを。
許すものか。赦せるものか…」
混濁したその意識の中に呼ぶクシーは、竜の少女か。はたまた、過去に居なくなった遠い恋人の名前か。
いづれにせよ。
消えかけた焔は、激る、激る。
ただ、ぐつぐつと、激しく。
燃え尽きんばかりに、轟々と。
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