破:世界を壊す
楔
絶対に許さない。
例え、誰が敵だろうと。
何が敵であっても。
これをした奴に、報いを与えてやる。
殺した数に報いる末路を。
何があろうと懺悔をさせ殺す。
そう思っていたんだ。
それは、その時は本当に思ってた。
……俺は、ある田舎の村の出身だった。そこはクソみたいな部落で、ただでさえ良くなかった治安や情勢は、この近くによく生えてる草花を煎じるとクスリになるってわかってから更に、更に。
金に目が眩んだ村長。中毒になって、至る所から金を借りた挙句狂い死んだ両親。略奪と強盗だらけの市場。親が死んで、家も取り押さえられて、中毒者どもが殴り合ってる横で座り込んでた。
そんな俺を助けてくれたのが、隊長だった。
誰からも見向きをされない、よくいる孤児。
そこにあるのに、存在を認識されない薄汚いガキ。
それに手を出して、隊長は言ったんだ。
誰も彼もお前が要らないなら、俺が貰っちまおう。
あっという間に拐われて。
気づいた時には子ども用の鎧を被せられ。
なんも考えれないくらい厳しい訓練。泥のように眠るか食べるしかなかったその生活は、辛くて、だけど、初めて生きてる気がした。
「俺に追いつきたいだぁ?
寝言は寝て言えよ、青二才」
憧れをそのままに言って、そう一蹴された事がある。俺はそれが悔しくて悔しくて、必死に鍛えて戦って。
どんな魔物と戦っても、怯えるもんかと思った。
そうしている内に、気付けば俺はこの村一番の兵士だなんだの担ぎ上げられて、王都へと出向するように命じられた。
栄華栄転だなんて周りは無責任に言ったが、俺としてはとんでもない事だった。何より、俺より隊長の方がよっぽど強いのに。
「あんなひよっこが立派になってなぁ…俺も歳を取るワケだ。…礼?いらねえよ、自分の事だけ心配しとけ」
「…しつけえな。…なら、今度戻ってきた時、土産話を聞かせてくれや。それが一番の恩返しだ」
王都からの使者の申し出を断れる訳が無い。嫌々ながらもこの村を出て行こうとする俺に、隊長はそう言った。
ずっと、尊敬してきた。俺の居場所。
隊長はいつでも帰ってきてくれて良いと言ってくれた。
だから村を出る時は、本当に晴れやかだった。
元々この故郷が嫌いだったけど、この村に住む皆が嫌いな訳じゃない。いつでも戻ってこれると思えば、気は楽だったんだ。
だから、村に戻った時。
道を間違えたのかとすら思った。
黒焦げの、炭焼きしか残らない平地。全てが更地になって、土の中の虫すら焼け死んだ、世界の終わりそのもののような光景。
よくわからなかった。
違う。わかっていながら、脳が必死に理解を拒んだ。
『これ』が、俺の故郷だったなんて。
こんな破壊と滅亡の痕だけが、そうなんて。
変な、納得すらあった。
ああ、と嘆息が溢れ出る。
あんまりにもあんまりな光景に、ひょっとして誰かが生きてるかもしれない、なんて僅かな希望すら抱けないんだ。
死体が見つからない理由は、遺体すら残らないほど、影も残らないほど、丹念に燃やされたからだと、見ただけで分かったんだ。
なんだ。
なんだ、これは。
なんでこんなことになった。
どんな魔物が出ようと、どんな敵が攻めようと。隊長たちが負ける訳なんて無い。そう思っていた。実際に、そうなのだとも。
じゃあこれは、なんだ。
天災か、若しくは神話の怪物か。そんなものに襲われたのだと思わないと、辻褄が合わない。
いいや、なんだろうと構わない。
何が俺の村を壊したのだろうと。
俺がするべき行動は決まっているのだから。
絶対に、許さない。
この身が朽ち果てようとも。
俺はこの村が嫌いだった。
それは全て燃え失せた今になっても変わらない。
俺の故郷は最低の村だった。
薬物を売って、いけしゃあしゃあとしていた。
だけど、それがこんな事になる理由になるものか。こんな、何もかも消え失せるほどのものに見舞われるほどの罪かよ。
何より、俺の恩人を、同僚も、全員殺すほどのものかよ。
許さない。
隊長を殺した奴を。
村を滅ぼした怪物を。
俺だけがこの村で生き延びたのはきっと、それが理由。
俺は、残りを全て賭けて仇討ちをするんだ。
…そう、その筈だったんだ。
何を費やしても。
何を犠牲にしても。
俺が消えたとしても。
復讐の為に、何であろうとやってやる。
本当にそう思っていたんだ。
その時に抱いていた気持ちは本当だったのに。
であるのに。
俺はその仇を見て、情けなく小便を漏らしていた。
崩れ落ちるすれすれまで膝が折れ曲がって。
赦しを請おうとする口が、恨めしくて仕方なかった。
こいつだ、と。すぐにわかった。
捕らえた不死の魔物の噂。
来るであろう、と配備された俺たち兵士。
何が来るかはわかっていなかった。
だからこそ、『そいつ』が来た時に、俺たちはあれの為にここに置かれたのだと理解した。
あれこそが俺の故郷を壊した奴なのだと理解できた。そしてまた、俺たちはこれを足止めする為に、捨て石にされたのだと。
「貴様らのような塵を相手にする暇は、無い…」
殺されるのは怖くなかった。
少なくとも、そのつもりだった。だけど震えが止まらなくなった理由が、発言をしたそいつを見て初めて分かった。
復讐に、全てを用いる人間は、こうまで狂って居なければいけないんだ。正気を失うくらいに。もっともっと、徹底的に気ちがいにならないと、復讐なんて完遂出来ないんだろう。
俺のような、半端な狂い方では、駄目だったんだ。
…そうまで考えて、本当にそうなのか?と思った。
身体から恐怖で力が抜けて。
死の直前で心が強張って。
逆に、だからか。無駄な思考だけが早まった。
或いはこれが、俺の走馬灯だったのかもしれない。
「……クシーを返してもらうッ!」
俺の前にいた兵士が粉微塵になっていく。
横に居た兵士が首を千切られる。
後ろの兵士が恐怖で舌を噛み切った。
そんな地獄の中で、へらり、と笑った。
狂ったわけじゃない。
最期の最期。
奴の言ったそれで、答えが出てスッキリしたんだ。
そうだ。
俺は復讐に全てを賭けるつもりだった。
復讐の為なら、もう何も要らないと。
つまるところ、人としての生を捨てるつもりでいた。
なるほど、それが失敗だった。
それが勘違いだったんだ。
復讐をするのは、いつだって人だ。
人でなくば、いけないんだ。
こいつは、魔物よりも、怪物。
そしてそれこそが、正しく人なんだ。
教えてくれてありがとよ。
そう、微笑む俺の目の前には、奴。
妙な大剣の切っ先が、首の皮に触れた。
ああ、ただ願わくば。
この畜生も、出来るだけ早く地獄に来るように。
…
……
…羅刹。石の不死者より鍛造された鎧を、その隙間から。もしくはその鎧ごと潰して、進む男の姿。
怒り狂い、壊れ、壊していく怨嗟の徒。
血鯖の騎士。傍らに、片輪の少女は居ない。
彼は兵士すら見ては居ない。睥睨するは、白亜の城。これまで見た掃き溜めを踏台に、汚物を押し付けて創造された穢れた万魔殿。
忌々しく、ぎりと睨む。
「…退けェッ!!」
…
……
何故、このようになったのか。
話は少し前に遡る…
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