第4話(1)南東へ

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「ふむ……」


「あ、あの、タイヘイ兄さん……?」


 パイスーが問う。タイヘイが苦笑する。


「その兄さんってのが、いまいち慣れねえんだけどな」


「兄さんは兄さんですから」


「まあ、好きに呼べばいいけどよ……なんだ?」


「今更ですが、どこに向かっているんです?」


「南東」


「さ、ざっくりとしたことを……」


 タイヘイの言葉に、パイスーが困惑する。


「まあ、詳しく言うと……」


「ああ、はい……」


「南東の山だな」


「詳しくとは⁉」


 パイスーが愕然とする。


「だって、そういう風にしか聞いてないからな~」


「さ、さすがに成り行き任せ過ぎやしませんか?」


「う~ん、確かにそれは否定できないな」


「否定して欲しかった……」


「一応だが地図もあるんだぞ」


 タイヘイは地図を取り出して広げてみせる。


「ああ、それは良かった……どの辺を目指しているんですか?」


「う~ん、この辺かな」


「え?」


「『この辺!』と書かれているからな」


「お、大雑把!」


「これに関してはこの地図を渡してきた爺さんに文句を言ってくれ」


「な、なんてこった……」


 パイスーが頭を軽く抑える。


「はっ、俺についてきたことを後悔しているか?」


「ちょっと……」


「へへっ、その感覚はわりと正しいと思うぜ。なあ?」


 タイヘイが笑いながら、モリコに視線を向ける。


「……帰るなら今の内よ、止めはしないわ」


「あん?」


 モリコの言葉にパイスーが反応する。


「タイヘイ殿が進む道はいわば修羅の道……生半可な気持ちでついてこられてもかえって迷惑なのよ」


「生半可だあ?」


「分かる? 中途半端ってことよ」


「それくらい分かるわ! 誰が中途半端だって⁉」


「アンタよ、他にいないでしょう?」


「いい度胸してんな、コウモリ女……また、糸で絡め取ってやろうか?」


「同じ手を二度も食うほど馬鹿じゃないわ、アンタと違って」


「面白えじゃねえか……」


「やってみる? 蜘蛛女さん」


「人獣が人妖に勝てるとでも?」


「あ、あやかしだったのね? それなのに虫って、色々中途半端ね?」


「てめえ……」


「……やめろ」


 タイヘイが低い声色で言い放つ。


「!」


「‼」


 タイヘイの静かな迫力にパイスーたちは気圧され、黙り込む。


「……今は志を同じくする同志、仲間だろうが」


「同志……!」


「仲間……!」


「そうだ、必要以上に仲良くしろとまでは言わねえが、味方で争いあうなんてくだらないことはやめろよ」


「むう……」


「分かったか、パイスー?」


「は、はい……」


「モリコも分かったな?」


「はい……」


「モリコ、一応謝れ」


「え?」


「ケンカを売ったのはお前さんの方だろう」


「し、しかしですね……」


「あと……」


「あと?」


「中途半端とか言うな、それはお互い様だろうが、俺も含めてよ……」


 タイヘイが笑う。


「……!」


「そうだろう?」


「ええ、タイヘイ殿のおっしゃる通りです……悪かったわね」


 モリコがパイスーに頭を下げる。


「あ、ああ、まあいいけどさ……」


 パイスーが鼻の頭をこする。タイヘイが満足そうに頷く。


「よし、これで解決だな」


「は、はあ……」


「ええ……」


「それじゃあ、先に進むぞ」


 それからやや時間が空く。三人は険しい山道を進む。


「……なあ?」


「なによ?」


「お前は飛べば良いんじゃねえか?」


 パイスーがモリコの背中に生える翼を指差す。


「アンタも糸とか使って、この木々を辿っていけば良いんじゃない?」


「それも考えたんだが……」


「だが?」


 パイスーが小声で囁く。


「タイヘイ兄さんとはぐれちまうだろう。あの人のことだ、絶対迷ったりして、合流が困難になるぜ?」


「奇遇ね」


「ん?」


「私もちょうど同じことを考えていたわ」


「! へっ……」


「ふふっ……」


「おい、俺の悪口言ってねえか?」


「い、いや、言ってないです! なあ?」


「え、ええ……」


「急にこそこそ話をするとか仲良くなってんじゃねえか……ん?」


「どうかしましたか?」


 モリコが問う。


「いや、あれは……」


 タイヘイの指差した先には荒れ果てた建物があった。パイスーが首を傾げる。


「なんだありゃ?」


「こんな山の中に建物が……」


 タイヘイが顎に手を当てる。

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