【第一章完】四国?五国で良いんじゃね?

阿弥陀乃トンマージ

第一章

プロローグ

                 プロローグ


 四国山地――四国の中央部を東西に貫く、千数百メートル級の山々が連なる山地――この山地のとある場所にて騒動が起こった。


「きゃあ!」


「うわあ!」


「ふっはっは! ここらは俺たち、『亜人』の縄張りとする!」


 豚の顔と人間の体をしたものが高らかに叫ぶ。その手には槍が握られている。槍の先には血が滴り落ちている。それを目にしたものたちが恐れおののき、悲鳴を上げながら散り散りになって逃げる。


「お頭! どうしやす?」


「貴重な労働力だ! 逃がすなよ、適当に痛めつけろ!」


「へい!」


 お頭と呼ばれたものの指示に従って、豚頭たちが逃げるものたちを追いかけまわしていく。


「お、お助けを!」


「どうする?」


「娘以外は要らねえな、爺は始末しちまえ」


「ああ!」


「な、なんてことを⁉ 血も涙もないというのか⁉」


「うるせえ! てめえらみたいな『はみ出し者』に情けなんかかけるかよ!」


「うっ⁉ ……ん? はっ⁉」


 老人は閉じた目を開いて驚いた。自身の体に突き立てられていた槍の柄を片手でガシッと掴む者がそこにはいたからである。その者はコートで体を覆い、フードを目深に被っている。豚頭は戸惑う。


「な、なんだ、てめえは⁉」


「ん~?」


 その者はフードを外す。短い銀髪の青年の顔が露になった。精悍でたくましい顔をしている。


「に、『人間』か⁉」


「人間? う~ん、まあ、言うな……」


 青年が片手で槍を抑え込みながら、もう片方の手で顎をさする。


「ヒ、『ヒト』如きが俺たちに逆らうんじゃねえよ!」


「あん? そういうお前らは何者だよ?」


「お、俺たちは亜人の一種。『獣人』だ!」


「ああ、『ケモノ』ってやつか……」


「そ、そうだ、誇り高きケモノだ!」


「そのわりには汚ねえ真似をしているな……」


「な、なんだと⁉」


「埃臭いの間違いじゃねえのか?」


 青年が自らの鼻をつまんでみせる。その仕草に豚頭は激昂する。


「! て、てめえ、良い度胸してんな、殺してやる!」


「お、おい! 若いやつは生かしておけってお頭が言ってただろう⁉」


 傍らに立っていた他の豚頭が慌てて止める。


「はっ! 一人くらいは関係ねえよ! ……ん⁉」


「……」


「う、動かねえ……⁉」


 豚頭が槍を引き抜こうとしたが、全く動かないことに戸惑う。青年があくびをする。


「ふあ~あ……どうかしたか?」


「は、離せ!」


「ああ、悪い悪い……」


「あっ!」


 青年が槍の柄をポキッと折ってしまう。青年が目を丸くする。


「ああ、ごめんな、力加減をミスった……」


「て、てめえ……マジでぶっ殺してやる!」


 豚頭が青年の首根っこをガシッと掴む。


「うおっ……」


「へへっ、槍の代わりにてめえの首を折ってやるよ……」


「……そりゃあごめんだな」


「あん⁉」


「お前にはこれで良いか……」


「ああん⁉」


「おらっ!」


「! が、がはっ……」


 青年が強烈な頭突きを喰らわせ、それを受けた豚頭が崩れ落ちる。


「て、てめえ!」


 他の豚頭が槍を突き立てる。


「ふん!」


「んなっ⁉」


 青年が頭突きで槍の刃先を破壊する。青年が額の辺りを撫でる。


「ふん……」


「な、なんだてめえは……ひょっとして『超人』か?」


「超人……まあ、言うな」


「俺たち獣人に……『亜人連合』にケンカ売るってんだな⁉」


「え?」


「それならば報告しなきゃならねえ!」


「ちょい待ち」


「ぐえっ!」


 その場から離れようとした豚頭の首根っこを青年は掴む。


「よく分からねえが……面倒事は出来る限り避けてえ……眠っとけ!」


「ぐはっ⁉」


 青年が頭突きを喰らわせ、豚頭を倒す。


「ふう……」


「ど、同胞⁉ な、なんだ、てめえは⁉」


「ん? まだいやがるのか……」


 他の豚頭たちが青年を取り囲む。


「こいつ……やっちまえ!」


「……しょうがねえなあ!」


 青年が首の骨をコキコキっと鳴らしてから、豚頭たちの集団に勢いよく飛びかかる。それからわずかな時間をおいて……。


「……ごはっ……」


「お前がこの連中のお頭か?」


 青年の頭突きを喰らい、豚頭たちのお頭がガクッと跪く。


「な、なんなんだ、てめえは……」


「俺か? 通りすがりの石頭だ」


 青年が額を撫でながら、精悍な顔つきをほころばせる。


「ふ、ふざけんな……」


「我ながら上手いこと言ったつもりだったんだが……って、聞いてねえな? 気を失っていやがる……」


「あ、ありがとうございます……」


 老人が若者に支えられながら、青年に礼を言う。青年は手を軽く左右に振る。


「なあに……大したことはしてねえよ」


「いえ、これから大変なことになるかと思われますぞ……」


「ん?」


「ここは『四国』の中で、どの国の勢力も及ばない、いわゆる”緩衝地帯”にある集落群……ここでこのような騒動が起こったことは、四国になんらかの波紋を起こすやもしれません」


「ひょっとして……迷惑になるか?」


「い、いえいえ! 大恩ある方にそのようなことを申すわけではありませんが……」


 老人が慌てて首を左右に振る。青年が顎に手を当てて呟く。


「緩衝地帯っていうのは……」


「我々、はみ出し者が住み着く場所です。この四国の中には、居場所が少ないのです……」


「はみ出し者っていうのは……」


「はい。それぞれ何らかの事情を抱えているものたちのことです……」


「何らかの事情ね……くだらねえ」


「!」


 老人の顔が険しくなる。青年が手を振る。


「おっと、気を悪くしたならすまねえ……俺もその何らかの事情を抱えている側だ……」


「! それでは、貴方も……」


「ああ、……」


「重なっている?」


「まあ、それは別にどうでも良いんだ」


「はあ……」


「記憶があいまいなところがあるが……この島は変わりねえってことだな?」


「は、はい……『ヒト』、『ケモノ』、『アヤカシ』、『キカイ』がそれぞれの国を治めていて、大きく四つに勢力が分かれています……」


「『人』、『獣』、『妖』、『機』か……」


 青年は老人の言葉を繰り返す。


「ええ、そうです……」


「今ふと思ったんだが……」


「はい?」


「ここらも含めて、その勢力には馴染めない連中が形成しているのが、集落群だよな?」


「そ、そうなります……」


「そうか……」


「あ、あの……?」


「……だったらよ」


「は、はい……」


「集落群を一つにして、国にしちまえば良いんじゃねえか?」


「ええっ⁉」


 驚く老人をよそに青年は手を叩く。


「決めた! っていうか、それが俺に課せられた使命、あるいは俺にしか出来ないことかもしれねえな……ちょっとカッコつけすぎか?」


「あ、あの、貴方は一体……?」


「俺か? ただの石頭だ」


「い、いえ、お名前は……?」


「名前ね……タイヘイだ」


「タイヘイさん……」


「ああ、天下泰平から取った! たった今思い付いた! 俺がこの島の仕組みを変えてやる!」


 青年タイヘイは力強く宣言するのであった。

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