武装戦記ラグナロク 錬金術師の魔王
東洋企画
第1話 新しい戦争
目の前でそれは立ち上がった。それは全長約二十メートル。人の形をしている。まさに巨人だ。全身は白い。巨人は生物と言うよりは機械に近い。この巨人の表面は金属で覆われていた。特別な金属だ。巨人は(武装神)と言い、人が搭乗して操縦する兵器だった。
外見は騎手の様な風貌で、特徴は大きな剣、俺は「セイバー」と名付けた。正確な名前はSA(シルバーアーマー)セイバーである。
「英樹行けるか?」俺は通信機からセイバーの操縦者に問いかけた。
「ああ、何とか」
英樹が乗るシルバーボディの巨人はゆっくりと動き出した。
セイバーが立ち上がった先には緑色の巨人が四体。これはBP(ブロンズプレート)ゴブリンだ。
「おそらく相手はそれなりに慣れている、まずは動かすことに慣れてみろ。」
俺がそう言った矢先に、ゴブリンはセイバーに向かってボウガンを放った。セイバーの操縦者は素人だ。当然ながら避けられる訳もなく直撃を受けた。
「やったか?」
直撃にゴブリンの操縦者は歓喜にも似た声をあげた。ボウガンの矢先には爆薬が仕掛けられていたようだ。
「英樹ー!」
「大丈夫だ、姫乃。」
俺は隣で悲鳴を上げた少女にそう諭した。
実際にセイバーは無傷。装甲に特別な処理を施してあるので、多少の攻撃では損傷を与えられなかった。ちなみに俺の通信機は敵である、ゴブリン操縦者達の会話も拾えた。
「なんだと?」
操縦者は驚愕したのだろう。攻撃を仕掛けたゴブリンの動きが明らかに鈍くなった。
英樹は少し戸惑っていたが、即座に状況を理解し動きだした。
英樹の乗るセイバーは剣を抜いてゴブリンに向かって行った。慌ててゴブリンが再度ボウガンの矢を放つ。しかしながら、これは当たらなかった。セイバーはゴブリンよりも運動性能が高い。加えて危機察知システムを付けてある。これは敵の動きを理解し攻撃を予測して知らせてくれる物だ。あとは多少操縦が慣れてくれば、ゴブリンの矢など躱すのは造作もなかった。
矢を放って隙のできたゴブリンとの距離を詰め、そのまま袈裟斬りにした。手加減したのか、上手く当たらなかったのか、左腕を切り落としただけだった。
ゴブリンは多少怯んだものの残った右手で手斧を持つ。セイバーは振り下ろされる手斧を軽く避け、さらに剣を振り下ろした。今度は左肩から両断される。崩れ落ちたゴブリンは爆発した。
もう一体のゴブリンは仲間の死に一瞬戸惑っていたが直ぐに動き出しボウガンを何発か撃った後、手持ちの剣を抜いて向かって行く。ボウガンが当たらなかった場合、それを牽制とし近接戦闘で仕留めるようだった。先に倒されたゴブリンの操縦者よりも手馴れた動きだ。
「まて、迂闊だ。」
後方で様子を伺っていたゴブリンの操縦者は叫んだ。
セイバーは向かってきたボウガンの矢を剣で弾き飛ばし、そのまま向かってきたゴブリンの腹部を剣で貫いた。ゴブリンは脱力しそのまま倒れた。爆発はしない。コクピットを貫いた。この時点でセイバーとゴブリンには明らかな性能の差があるのは誰が見ても明らかだった。
残り二体。色違いのゴブリンは手当たり次第に矢を放った。先程と同じ戦法をとるのだろうか。矢が尽きたらボウガンを投げ付ける。更には持っていた盾まで投げつけた。セイバーはそれらを容易く全て躱した。
他の三体とは違いやや色が濃かった。特別機だろうか。通常のゴブリンはグリーンに対しこちらはダークグリーンだ。今の攻撃は破れかぶれだろうか。やや見ぐるし見えたその行動だが次の瞬間その意味が理解出来た。ゴブリンと対峙してあたセイバーが外れた矢に躓きかけたのだ。セイバーの動きが止まる。辺りを見回すと外れた矢と投げ捨てたボウガンと盾が辺りに散乱していた。障害物を増やしてセイバーの機動力を殺す作戦だ。ゴブリンは止まったセイバーと距離を積め斬撃を繰り出した。パワーにも差があると見たのか直に剣を交ようとせず、セイバーの攻撃を避けられるよう常に死角を見つけては、回りこむように動いていた。時には盾に身を隠し、そして出てきては隠れながら小刻みに攻撃を仕掛けた。ヒットアンドアウェイだ。セイバーも何とか攻撃するが、倒した二体よりこのゴブリンは素早かった。装備を捨てる事で自身の身を軽くしてスピードの差を縮めたのだ。さらに残りの一体は相手に反撃をさせないようにボウガンを放ち援護していた。当然ながら当たってもダメージは皆無だが動きを牽制するのと、外れた矢が新たな障害物となり、動きを制限する役目をしていた。この二体のパイロットはかなり腕が経つようだ。実に絶妙なコンビネーションだ。しかも二人共状況判断が早い。かなり訓練された戦士達だ。
ダークグリーンのゴブリンがセイバーの装甲の隙間を狙った。
これなら倒せる、と思った瞬間、セイバーは動きを予測したかのように躱した。危機察知システムが働いていた。相手の行動パターンを記録し予測をたてる機能である。すなわち戦いが長引けば長引くほど記録が溜まるため有利になるのだ。学習し予測する。セイバーの特徴とも言えた。障害物も既に記録に取り込んでいる。
一方ゴブリンは特別な機能は無い。パイロットの技術と経験だけがものを言う。同じ機体なら勝敗は変わっていたかも知れない。たが、この戦闘においては機体の性能により、訓練された技術と経験を持つ者が素人の操縦に追い詰められてきていた。
それでも何度かゴブリンの斬撃がセイバーに当たっていた。しかし傷が付いている様子は無かった。
「無傷だと。な、何て装甲してやがる。」
ダークグリーンに乗っている男は驚愕した。
ボウガンの矢も当たっているがやはりこちらも効果は無いようだった。さらに次第に当たらなくなってきていた。
狙いと起動が読まれているのだ。
「イサム、お前は撤退しろ。ここは俺一人で何とかする。」
位を決したようにダークグリーンゴブリンのパイロットは声をあげた。
「しかし、隊長、あんた一機では。」
「いいから行け。そしてこの状況を仲間に伝えろ。」
正しい判断だ。今の状況ではその選択がベストだろう。
二機同時に逃げたのでは背後から討たれる可能性が高い。しかし足止めと退却に別れた方がどちらかが生存する確率を上げる事ができた。
「だったら隊長が退却してください。」
イサムが返す。かなり説羽詰まっている感じが伝わってきた。
「バカやろう、お前は俺に恥をかかせるのか?部下を見殺しにしておめおめ生き延びたと。それに、お前の機体では足止めにもならねえよ。」
顔は見えないが、わざと明るく振る舞っているのは声を聞いて分かった。
「…っ」
イサムは言葉に詰まったようだ。隊長の気持ちも感じとったようだった。
実は隊長の乗るゴブリンにはイサムの乗る物と機体性能に大きな差は無かった(多少はあるが…)。しかしそれ以上に隊長とイサムには技量の差があった。
「行け!イサムー」
隊長が吠える。同時にイサムの機体は踵を返し退却を始めた。
「英樹、敵が逃げるぞ!」
空かさず俺は英樹に伝えた。一応こちら側の人間なので、そこは味方でいる演技をした。
「ああ、分かっている。だけど…」
英樹は前面の敵と対峙しながらも、逃げるゴブリンの方を向こうとする。
「行かせん!」
隊長は再び吠え、英樹の機体の前に立ち塞がる。
隊長が乗ったダークグリーンのゴブリンは追わせまいと次々に剣をくり出す。
しかし、英樹のセイバーはそれを易々とかわした。流石に何回か当たるが、やはり大したダメージには至らなかった。一瞬生まれた隙を付いて英樹のセイバーは剣でゴブリンの右腕を切り落とした。
「まだだ!」
隊長機は左手で切り落とされた右腕から剣を拾うと再度切り込みをかけてきた。しかし動きに今までのキレが無くなっていた。英樹はさらに左腕を切り落とし、相手の攻撃力を無効化した。その場に両膝を付く隊長のゴブリン。
「もう、止めろ。勝負はついた。」
セイバーの剣を相手の機体に突き付け、英樹は外部音声で相手に訴えた。甘いやつだ。そのまま放置する訳にもいかない。俺の計画がこんなところで変わるのは面白くないしな。仕方ない。空かさず俺は通信機で
「何をしている。まだ敵は何かしてくるかも知れないぞ。」
「しかし、相手はもう…」
俺の声に対し英樹は言葉に詰まった。全くもって情けないやつだ。
「さっき逃げたやつも、追って仕留めないければ…。」
そう言いかけた次の瞬間、両腕を失ったゴブリンは突如起き上がり、セイバーに突っ込んできた。
「追わせてなるものか!」
それが隊長が行う最後の攻撃になった。
「英樹~」
俺の横で姫乃が悲鳴を上げる。
その声が俺の通信機に入ったのか、反射的に剣を突き出す英樹のセイバー。その剣はゴブリンのコクピット部分を貫いていた。操縦者は助からないだろうな。消えかけの命が放つ最後の言葉。それが俺と英樹の通信機漏れてきた。
「イサム、後の事は……、お、れの子供たち、を……」
ゴブリンは完全に機能が停止したようだった。
英樹のセイバーも立ち尽くした。おそらくショックを受けたのだろう。人を殺した事か。殺した相手に子供がいた事か。まだ終わっていない戦場で呆けるとは。
「英樹!何をしている。」
俺の声でセイバーが少し動いた。
どうやら我に帰ったようだ。
「さっきの奴を追え!今ならまだ間に合う。」
逃げたゴブリンの方を指差した。
本来(俺が完全にこちら側)なら、ここで仕留めなければ必ず後で苦労するだろう。間違いなく相手は増援を引き連れてくる。差もなくば今回の戦闘データや情報が相手に知りわたってしまうだろう。そうなる前に手を射つ必要があった。
だか英樹は、
「創麻、もう、いいだろ?わざわざ逃げた相手を追わなくても。俺もこれ以上は…」
殺しはしたくないか?バカが。つくづく甘いやつだ。いずれそれが大切なものを失う事になるかも知れないのに。俺は大きくため息をつき
「後で厄介な事になるぞ。」
「……」
「創麻、とりあえず終わったみたいだし。ね?」
俺と英樹の間に姫乃が割って入ってきた。これ以上は無駄だな。
「……英樹はそのままセイバーで瓦礫の撤去作業にあたってくれ。セイバーの必要なパーツを集めないとな。」
「ああ、分かった。」
英樹はセイバーで作業を始めた。姫乃を横目に見ると不満そうに頬を膨らませている。俺は頭を掻きながら、軽くため息を付く。
「英樹、建物の下敷きになっている者もいるだろうしそちらを先に頼む。」
それを聞いて姫乃の表情が明るくなる。こいつも分かりやすいやつだ。
「じゃあ姫乃と俺は負傷者の手当てを、で、いいな?」
「うん。」
忙しく動き出す。急に立ち止まり俺の方を見る。
「英樹、創麻、とりあえずは終わったよね?」
「ああ、姫乃、終わったよ。」
安心させるように優しい英樹の声が通信機から漏れてきた。
「……ああ。」
俺も軽く答えた。今はな。……終わったって?あまりのおめでたさに、半場呆れたが、一方で笑みがこぼれていた。これは他の奴に気付かれては行けない。武装神同士が戦う実験は成功だ。そうだ、これから始まるのだ。新しい戦争が。心の中で呟きながら俺は、あまり意味の無い負傷者の手当てを開始した。
時に王国歴千九百九十八年(1998年)十月の事。(もといた世界とじかんの流れが同じらしく西暦にして同時期の1998年10月になる。)
長い冬が来そうだな。
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