第3話
「ウィンドウの緑のダウンジャケットの値段が書かれていないので、教えてください」
気後れはしたが、どうしてもジャケットが気になる僕は値段を訊ねた。
店員さんは、声も美しい人だった。
「あのジャケットに使われている羽根は、天使の翼のダウン。世界一軽く、世界一暖かい。ただし、相手を選びます」
店員さんの商品の説明。
肝心の値段は、おいくら?
「相手を選ぶとは、どういうことなのですか?サイズの事ですか?」
「いいえ、このジャケットは、持ち主に合わせて大きくなったり、小さくなったり、どなたにもフィットします。どうぞ試着して下さい」
身に着けたダウンジャケットは、確かにフィット、そして、軽かった。
『心まで、軽くするのでは?』
と、思う程軽かった。
しかし、暖かいかと、訊ねられると、それ程でもなかった。
「最終調整とお支払いは、こちらでということになります」
美しい店員さんが、差し出したものは、懐かしいスキー場の宿だった。
数年前まで、一年に一度だけだが、僕は、いや、僕たちは、この宿を必ず訪れた。
ダウンジャケットの支払いや、よくわからない最終調整のために、こんな遠くまで来る。
買わなければ良いという選択肢。
何故、思いつかなかったのか?
すっかり冷えた缶コーヒー。
君はリサイクルされるのか?
再び、僕が手にする事は、あるのか?
彼女は、二度と現れないのに。
高速道路での敵は睡魔だ。
このパーキングでの目的は、仮眠。
あの頃と同じ様に、持参した毛布を掛け、眠る事にする。
今、隣に眠る彼女が、いない。
あの頃、彼女は眠る気なんてなく、サンルーフから見える星を眺めていた。
毛布の下で、僕の手を握るあの手。
温かかった事が、蘇る。
あの時の君の言葉。
「ねえ、私たちが、夜空の住人になるなら、どの星座に住もうか?」
ダウンジャケットが温かくなった様な気がした。
置いていかれた僕。
先に、逝ってしまった君。
君を求める星座への旅を望む僕。
宇宙飛行士になれば、良かった。
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