フェイス・シールド

渡貫とゐち

フェイス・シールド【前編】

 帰国してから婚活を始めてみて、気づいたことがある。


 意外とイケメンが多く残っている……?

 顔以外の部分で劣っているわけではなさそう……に、見えるけど。


 身長とか年収とか、その数値が想像を下回るイケメンもいるにはいるけど、そういう人たちばかりが売れ残っているというわけでもなかった。


 基本スペックはみな高い……にもかかわらず、残っているのは、なぜ……?



「ご存じないですか?」


 私の担当になってくれたカウンセラーの女性が、タブレットを片手にこちらも見もせずに質問してきた。お客様へ向ける態度ではない、と言いたいところだけど、これくらいフランクな方が私はやりやすい。


 他の国にいたせいからかな、日本人の丁寧さは肌に合わないのだ。


 あまり乱暴で雑になっても困るけど、腐れ縁くらいの接客態度なら良しとしよう。


「えぇ、ご存じないです。帰国してきたばかりで……」


「帰国してきて早々に婚活というのも不思議な行動力ですね」


 帰国して早々、スーツケースを片手に結婚相談所へ駆け込んだのだ。

 アプリでも良かったけど、やっぱり速度を求めるなら現場に飛び込んでしまった方がいい。


 ボディランゲージで意思疎通を試みることが多かったせいか、文字や言葉だけのやり取りがどうも苦手である。

 大きな口とよく動く表情さえあれば、言葉が通じなくとも気持ちは通じるのだ。


「早く結婚したかったので」


「……それは初日に聞きましたよ。事情は人それぞれですから、深くは聞きませんが……、ご要望通りにイケメンをかき集めてきましたけど、恐らくですが、結婚相手の『最有力候補』になることはないでしょうね」


「こんなに格好良い人たちばかりなのに?」


「格好良い人たちばかりなのに、です。だからこそ、ですかね」


 イケメンだからこそ――、


 結婚相手には相応しくない……。


「実際に会ってみれば分かりますよ……。

 男性側に好意がある場合、彼ら『イケメン』はより一層、輝き出しますからね」




 早く結婚したい――その理由は簡単だ。


 自分で決めないと親に決められる……それだけのお話である。


 候補の一つとして、外国籍の男性という線も考えたけれど、やっぱり隣にいて落ち着ける日本人がいいなと思った。

 親に勝手に決められた相手との結婚を回避するためだけの結婚相手選びは……、さすがに相手に失礼なのでする気はなかった。

 自分で探すなら、妥協はしたくない……即断即決! くらいの速度を要求されるほどに、切羽詰まっているはずだけど、今の私はかなり選り好みしちゃってるんだよね……。

 イケメンばかり選んでるし。


 でも、難関とも思われた高スペックで顔も良いイケメンが溢れんばかりに残ってしまっている。これはチャンス? でも、なんだかあからさまな罠って気もするし……どこに穴があるの?


 引く手あまたのはずなイケメンが残っているのは、どういう落とし穴が待っているのだ……?



『深く考えずに、一度会ってみてください。誰でもいいですか? ではこの人で――

 爽やかな子ですよ。年下ですけどいいですよね?』


 担当さんにあれよあれよと決められた相手の男性。

 すぐに連絡をしてくれて、担当さんを挟んでやり取りをした後――

 早速、翌日に顔を合わせることになった。


 待ち合わせは駅前……、私は何度も何度も「変じゃないかな」と手鏡で髪を直したり、化粧を整えたり……、余裕を持って出たはずなのに、遅刻しそうなほどに時間がずれてしまっていた。


 今日に限って遅延もあるし……いや、意外と毎日遅延しているらしいので、これが日常なのかもしれない。

 しばらく帰国していない間に、日本も変わっている……普段、電車なんて使わない私が言うのは時代遅れかもしれないけど……。


 遅れというか、知らず?


 時代知らずかもしれない。



「――あの、もしかして、古原ふるはらさん?」


「はい。そうですけ――どっ!?」



 待ち合わせ場所。

 声をかけられ、振り向けば――眩しい!?

 直射日光どころではない白い光で、私の目が焼かれそうになった。


 真上の太陽よりも輝いているってどういうこと!?

 深海に沈めたら、海全体が鮮明に見えそうなほどの光が周囲にばら撒かれている――。


 周囲の人たちも戸惑っている。


 目を逸らしても、アスファルトの反射ですぐに目が焼かれる。

 まぶたを下ろしても、なぜか目の奥の方が、じんじんと痛み出して――

 頭痛が鼓動よりも早くなっていく……!


 クラクションが鳴り響いた。


 前が見えないから、音で意思疎通を試みているらしいけど、やっぱりそれだけではとてもじゃないけど回避なんてできなくて……。

 八方から勢いよく車体が同士がぶつかった音が聞こえてくる。

 部品が外れたのか、鉄が地面を転がる音も聞こえてきて――


「い、飯浜いいはまさん、ですよね……?

 ちょっとその光、どうにかしてくださいっ!?」


「すみませんっ、すぐに被ります(はぁ、やっぱりまだダメ、か……)」


 白い光が収まった。


 ゆっくりと目を開けた先には――、

 両目と口だけ、穴が開いている覆面を被った飯浜さんがいて……、――飯浜さんだよね?

 覆面を被っているから、当たり前だけど、あらかじめ見せてもらった写真と一致しない……。


 飯浜さんを名乗る『別人』の可能性も……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る