2.メートル法のためにはなんでも使います

貴族の力は必要不可欠

「モーリスさん、お聞きしたところ、先日は大変なことになったそうで……」


 デールへ行ってから数日後の昼。

 ペリランド商会の応接室で、モーリスとシャルは顔なじみの男と向き合っていた。


「ああ、ご心配ありがとうございます。ただ、今はもうすっかり回復いたしましたので」

「本当に良かったです。モーリスさんに何かあったら、このセーヨン全体の損失ですから」


 モーリスと落ち着いた雰囲気で話すのは、セーヨンの街の新興貴族、モートン男爵家の現当主であるジャンポール・モートン。

 セーヨンの街を古くから治めている保守派のリブニッツ伯爵家と違い、街の外とも積極的に交流を行う、飾らない貴族だ。

 今着ている服も、立派で整ってはいるが豪華、という程ではない。


 ――日本にいた頃は、貴族は偉そうにしてる、という印象しかなかったな。

 シャルは改めてジャンポールを見つめる。

 偉そうではないが、キッとした厳しい目つき。貴族だと知らなかったら、軍人とかと勘違いしそうだ。


「――さて、どうですかモーリスさん、久々に二人だけで一杯……」

「……では、お言葉に甘えさせていただきましょうか。シャル、もう下がっていいぞ」


 すでに商談は終わっており、後は大人だけの雑談の時間だ。

 シャルもそれを分かっているので、すっと立ち上がり、部屋を出る。



 応接室のある二階から、シャルは一階に降りてくる。


「ほーらエルビット、こっちだこっちー」

 店舗の裏側にあるスペースでエルビットの遊び相手をしていたのは、ジャンポールの一人息子、ユリウス・モートン。

 ジャンポールがペリランド商会を訪問するたびについてきて、エルビットをまるで実の弟のように可愛がるので、ペリランド商会の人たちともすっかり気の知れた仲になってしまった。


 もちろんそれはシャルも例外ではなく、同じ10才ということもあって、シャルが唯一(敬語ではあるが)気兼ねなく話せる貴族の人間である。


「ユリウス様、エルビットも大きくなってますから、油断すると怪我しますよ」

「シャル! 大丈夫だよこれぐらい」


 そう言いながら所狭しと動き回るユリウスとエルビットを見てると、本当に兄弟のようだ。

 シャルから見ても、とても微笑ましい。


 やはり最初に計画を話すのは、ユリウス様が良いな。



 ――街ごとに異なる単位を統一し、異世界版『メートル法』を作る。

 それは、当然シャル一人でできることじゃない。

 この世界特有の事情はたくさんあるだろうし、既存の単位を変えろと言われて嫌がる人もたくさんいるだろう。それらを説得していくためには、もっと多くの人の力が必要になる。


 その中でも、この世界において政治、法律の実権を握る貴族の協力を取り付けることは必須事項。

 理論的にどれだけ良い法ができたとしても、それを権力者に認めてもらわないことには意味がない。

 平民であるシャルにとってはなおさらだ。


 そのスタート地点として、このモートン男爵家は格好の存在。新興で勢いがあり、平民からの印象も悪くない。

 何より、シャルの話を受け入れてくれるかはわからないが、まず聞く耳は持ってくれそうである。

 ジャンポールも、シャルやエルビットが自分の息子の遊び相手になっていることは承知だ。無下にはしてくれない……と信じたい。


「ユリウス様……少しよろしいでしょうか」

「どうした?」


 子供用のおもちゃの剣を振り回してエルビットの気を引いていたユリウスが、シャルの方を見る。

 黒い短髪に、丸みのある顔。野乃の記憶の中にあっても、何の違和感もない、日本人みたいな見た目の子だ。


「はい……わたし、やりたいことがあるんです。でも、それはどうしても一人ではできないことで……」


 デールから戻って、数日。『メートル法計画(仮)』の、たたき台のたたき台が、昨夜ひとまず出来上がった。

 

 最初に話すのは父・モーリスでも良かった。ただ、どうせモートン男爵家の協力は仰ぐことになるはず。

 直接ジャンポールに話しても、いきなり門前払いされることはないだろうが……あの厳しい目つきを思い出す。


 貴族の大人に直接訴えるのは、やはり勇気がいる。

 ユリウスに根回しをしておいて、悪いことはない。


「……なんだ? シャルは頭が良いんだから、俺なんか頼らなくても良いだろう」

「いいえ。これは絶対にわたしだけでは、無理です。貴族様のご協力を得なければできない話なのです」


「……なんか、ちょっとしたことじゃなさそうだな」

 ユリウスも、シャルの神妙な口調から何かを感じ取ったのか、手近な椅子に腰を下ろす。

 

 ……ユリウスは活発だが、貴族の息子だけあって育ちは良い。わたしの計画も、無下にすることはない、はずだ。



 それを信じて、シャルは次の言葉を出す。

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