毒抜きできない謎


「……とりあえず、毒は抜きました」


 1マイント(約10分)ぐらいあって、医者の言葉がまた聞こえた。


「モーリスさんはどうなんです」

「かなり体力が消耗しているので、ベッドで寝かせてあげてください。陽が沈むぐらいには起きると思います」


 そういう医者は、服の上からでも分かるぐらい汗だくになっている。治療のために魔力を使い果たしてしまったのだ。


「じゃあ、もう……」

「娘さん、大丈夫です。これ以上悪くなることは無いですよ」


 その言葉に全身の力が抜け、シャルはぺたりと座り込む。

 

 ――良かった……


 場の全員が胸をなでおろす。

 

「キノコ毒は、最悪の場合死亡もあり得る危険なものです。毒抜き、本当にしましたか?」

「ああ。今までもこれは調理させて食べていたが……なあ」

「ええ、こんなことは初めてよ」


 医者の言葉に答える貴族夫妻。適当なことを言っている様子はない。

 でも、死亡もあり得るって……


 そんな食材を、適当な毒抜きさせていたとは考えづらい。

 シャルは、大広間に移動するときに一瞬だけ見えた、キッチンの中を思い出す。

 広いキッチンはきれいに整頓されており、大鍋がたくさん並んでいた。

 ちゃんとしてそうだったのに……どうして?


「シャルさん、もしモーリスさんの荷物がここにあったら、持ってきてくださいます?」


 男がそう言って、召使いの男と一緒にモーリスを抱え上げる。

 シャルの視線の先には、自分の皿にあのキノコが乗っているのが見えた。


 ――わたしもあれを食べていたら、お父様のように……


 そう思うと、またシャルの身体が震えた。



「おい、どういうことだ、ちゃんと毒抜きしたのか!」


 シャルがモーリスの手持ち荷物を持って、モーリスの寝かされた部屋に行くと、男が年寄りの料理人を叱りつけているところだった。


「はい、いつも通り1個に対して1リテーラの水で煮込んで……あ」


 料理人が、ほんの少しうつむく。

「どうした?」

「いえ……量が多かったので、半分ほど新入りに任せたのがあるのですが、いやしかし、毒抜きの仕方はちゃんと教えたはず……」


「ちゃんとチェックしていたのか?」

「……確かに忙しくて横につくことはできていませんでしたが、一番大きな鍋に水を注いでいましたし、煮込んだ後のキノコも特に問題はなかったので……」


 ……しかし、現にモーリスは毒にやられた。

 ということは、毒抜きが不十分だったのだ。シャルは考える。


「……毒抜きの手順で、何か難しいところはあるんですか?」

「いや、手順自体は、ただ大量の水で煮込むだけです」


 シャルの問いに答える料理人。


「じゃあ……問題なのは、水の量とかぐらい……ですか?」

「……確かに水が少ないと毒抜きが不十分になってしまいますが……」


 必要な水の分量は、キノコ1個につき1リテーラ。

 シャルが見た限りでは、四人分の皿合わせて最低でも20個はキノコがあった。つまり必要な水は20リテーラ。

 リテーラというのは液体の体積に対して用いられる単位だが、20リテーラとなるとあの大鍋2つ分をいっぱいにするぐらいの大量な水……


 ……いや、もしかして。

 シャルは一つの可能性に思い当たると同時に、キッチンへ向けて走り出していた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る