理系女子大生、異世界でメートルを作る

しぎ

1.この世界には単位が多すぎる

書ききれない単位たち

「やばい、もう羊皮紙が足りない……」

 

 そうつぶやきながら、小さな羊皮紙の切れ端に薄めたインクと羽ペンで、何かを一心不乱に書き込んでいく少女が一人いる。窓から入る、ほんのわずかな星の光と、手持ちランプの魔石から出る光だけが頼りだ。


「どうしよう、お父様の書斎からまたくすねてこようかしら……」


 でも、勝手にそんなことをしたらまた怒られるだろう。

 とりあえず今ある余白分、書き出してみよう。


 ――背丈からすぐに子供とわかる金髪の少女は、最後の一枚の一番上に『長さと面積』と書き込む。


 そしてその下に、少女の今までの記憶の中にある、この世界における長さの単位を書き出していく。


「キャナ、キュウブ、レーグ、パップス、アントワ、リニュ、ベリーズ……」


 綴りが不安なやつもあるが、たちまち羊皮紙の上から下まで単語の列が縦に伸びる。


「で、12ペクタが5レーグ×5レーグだけど、西の海岸地方に行くと14ペクタが6レーグ×6レーグだから……」


 そうつぶやきながら、今度は一つの単語から横に向かって説明を書き始める。

 

 すでに深夜、少女も寝間着姿だがベッドに向かうことはない。 

 

 彼女が向かっている木製の小さな机の上は、すでに大量の羊皮紙の切れ端でいっぱいになっており、さらにそこから落ちてしまった、びっしりと文字が書き込まれた羊皮紙が部屋の至るところに散らばっている。


「……あー! なんで長さと面積の対応すらついてないのよ! こんなんでよく高い塔とかお城とか建てられるわね!」


 しかし、イライラする彼女は別に勉強しているとか、小説を書いてるとか、そういうわけではない。

 興味本位で始めた作業がこんなになるとは、彼女自身も想定していなかった。


「ほんと、学校でちょっとでも聞いたやつ書き出すだけでこれなのに、南の方はまた全然違う単位があるんでしょ……お父様に見せてもらえる他国の領収書にも聞いたこと無い単位がわんさか書いてあるし……」


 そう言いながら彼女は、机の端で落ちそうになっていた別の羊皮紙をつまみ上げて眺め、ため息を一つ。


「こんな計算を、お父様や他の商会の方は、毎日どれだけやってるのかしら……仕事とはいえ……」


 彼女が眺めていたのは、通っている学校で出された計算課題を書き取ってきたものだ。

『単位計算』のタイトルで、与えられた単位の対応表をもとに『6リテーラの水は何ビスキュイか』『17ポーンの木材は何ハラムか』みたいな問題が20題ほど書いてある。


 答えはすでに埋まっている。

 対応表を見れば、計算自体はただの掛け算割り算だ。彼女にとっては、余裕で暗算できるものである。

 

 でも、彼女をイライラさせたり、ため息をつかせたりするのは、問題に登場する単位に一つとして同じものがないこと。


 ……この課題は彼女のような、商いをする家の子供向けのものだ。

 だからいろんな単位同士の換算ができなきゃいけない。

「それはわかるけどさ、学校で習うだけで20種類以上もあるのは多すぎない?」


 そう思って、今まで聞いたことのある単位と、その関係や定義、どこで使われているか、などをまとめ始めた。

 ――のだが、すぐさまギブアップしてしまったのが今の彼女だ。


 彼女は特に忍耐力があるわけではない。あまりに細分化され、種類の多すぎる長さの単位と、面積の単位を少し出してきたところで、集中の限界だった。


「はあ……理系が全員計算好きと思ったら大間違いなんだから……」


 誰に言うでもなくぼやき、彼女は机に突っ伏す。

 

 セミロングで若干くせ毛気味の金髪の先端がインク入れの瓶の中に入るが、彼女は気にしない。

 作法に厳しい彼女の母親に見られたら『なんてだらしない!』って言われそうだが、ここは彼女の寝室。そんな心配もない。


「そもそも、人が普通に行き来している距離感で、同じ名前の単位の定義が違うの問題でしょ……」


 長さや面積だけでない。

 体積、重さ、時間、お金……一つ一つの単位を挙げていったら、この4アイル(これは面積の単位だ)の羊皮紙が何枚必要なんだろう。


「やっぱりこれ統一しようよ……しないとダメだよ……そのうち設計ミスで倒壊する建物とか出るよ……」


 たちまちのうちに疲労が溜まった少女は、また一つため息をして椅子から立ち上がり、窓際から外を眺める。


「……でもここも五階だけど、ちょっとぐらい飛び跳ねてもビクともしないしな……」

 

 少女がそう言って足踏みしているのは、商会の本部を兼ねた店舗兼住居。

 通りに並ぶ他の建物と比べると、高さも広さも一回り上だ。


 五階の少女の寝室からは、小さな商店や住居が見渡せ、その向こうに街への出入りを取り締まる石造りの関所。

 さらにその外には森が生い茂っているが、暗闇なのでほとんど見えない。


 

 ……少女にとってこれは、半年前までは、ごく普通の光景だった。

 

 10年間、ここの窓から見てきた、セーヨンの街。

 両親に連れられて行った王都べネイルや、他の大きな街もこんな感じだったし、特別な感情が出てくることはなかった。


 でも今は違う。

 どうしても、記憶の中にある高層ビル群、延々と続くマンションや住宅街、郊外のショッピングモール……それらと比較してしまう。

 

 ……こんな小説や漫画やアニメみたいなこと、本当にあるんだ。また、少女はため息をつく。



 ペリランド商会長の長女、シャルリーヌ・ペリランド――彼女、シャルにはこことは違う世界の、日本という国で過ごした前世の記憶がある。

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