間仁田お前って奴は。

@akerun

間仁田お前って奴は。

人が人類以外の何かになりたいと思う事は、そう珍しくないと俺は思っている。

俺も犬になってヨシヨシされたいし猫になって主人の邪魔をして抱っこされたい。

でも、それは叶わないと知っているからそう願う部分もあり、実際に叶うのなら犬猫じゃなくもっと将来性のある、具体的にいうと楽して生活ができそうな動物を図鑑を参考書に見立て浪人2年目の学生のように血眼になって隈なく探すだろう。

隈なく探すので、熊は選ばないだろうが。

そんなどうでもいいことをいつもの癖で考えている俺は今、黄色い鳥になっていた。

黄色い鳥といってもインコのような見た目でなくシルエットで言えば親指のような見た目である。

そしてなぜか手から本が離れないし、片目の視界が悪い。

「なんで。」

確か昨日は友人の間仁田が皿を洗っている居酒屋で飲んでシフト上がりの間仁田と合流し、終電のギリギリまで飲んだ後家に帰った筈だ。

おかしなことはしていないのになぜ自分は珍妙な姿になっているのだろうか。

「間仁田なら知ってるかな。」

そう思い間仁田に連絡をしようとスマホを手に取るもタップに全く反応しない。

「この手じゃ手袋してるのと同じじゃねぇか。」

仕方なくベットから降りて固定電話の前に行き、固定電話から間仁田にかけた。

スリーコール目でガチャリと音がして、聞き慣れた優しい声が聞こえた。

「もしもし、どちら様でしょうか。」

「俺だよ。」

「俺とは?」

「昨日飲んだだろ。」

「もしかして先輩ですか?」

「そうだよ。あのさ昨日のことなんだけど。」

俺が昨日のことを間仁田に質問しようとした時間仁田が突然声を荒げた。

「先輩の体大丈夫ですか?」

「やっぱり何か知ってるのか。」

「何かあったんですね。」

「それが聞きたくて電話してんだよ。」

「だから言ったのに。」

間仁田のため息が電話越しに聞こえる。

「お前今から家来れる?俺は今外に出られなくてよ。」

「いいですよ。ついでに何か必要なものありますか?」

朝から呼ばれて迷惑な筈なのにこういう気配りが出来る頼れる奴なのだ間仁田は。

俺は声には出さないが間仁田のそういう所にいつも感謝をしている。

「特にないかな。」

「了解です。今から向かいますね。」

「家に着いたらチャイムを押してくれ。そしたらポストの投函口から鍵を渡すから自分で入って来てくれるか。」

「わかりました。」

「詳しいことは見てからの方が早いから着いたらまた説明するな。」

「はい。じゃあまた後で。」

間仁田が俺の家に着いたのは電話を切った4時間後だった。




「呼んだ俺が言えることじゃないけどよぉ。」

「すみません。」

「ちょっと遅すぎるよな。何してたんだよ。」

「もしかして先輩の命に危機が迫ってるかと思ったら案外落ち着かれてたんで、安心して二度寝してしまいました。」

「頼むよ間仁田。」

「すみません。」

「とりあえずこの体じゃできないからあそこに溜まった皿洗ってもらっていいか。」

「了解です。」

間仁田はイキイキして皿を洗い始めた。

「間仁田は俺のこの体のこと知ってるのか?」

「詳しくは知らないですけど心当たりならあります。」

「心当たり?」

「昨日先輩が飲んだ後、有隣堂っていうここら辺だとまぁまぁ古い本屋の前を通ったの覚えてますか?」

「そういやなんか行った気がする。」

「それで先輩がタワー積みに陳列されたプロレス雑誌と競馬雑誌を買ってきた後、その書店の裏にめちゃくちゃ古いエレベーターがあってそれに乗ろうって言ったのは覚えてますか?」

「俺そんなこと言ったのか?」

「そうですよ。俺は止めたんですけど乗る乗るって駄々こね始めてそれで仕方なくお店の人に俺が許可を取りに行ったらその間に先輩が乗って上の階まで行っちゃって。」

「何してんだよ俺。」

「そうですよ。もしSNSが普及してたら大炎上もんですよ。」

「SNSってなんだよ。」

「知らないならいいです。」

「なんかムカつくな。」

「それより!お店の人は乗ると呪われるとかなんとか言っててそれで先輩はブッコローになっちゃったんじゃないですかね。」

「この鳥ブッコローって言うのか。」

「ブッコローの呪いがって言ってたので間違いないです。」

「どうすりゃ元にもどんだよ。」

「とりあえずまた夜に行って謝りに行きましょ。」

「そうだな。」

時刻は12時を過ぎていた。

俺はベッドサイドのローテーブルに置いてある財布を指差し、

「お前には迷惑を掛けたし夜まで付き合ってもらうからなんか適当に昼頼んでいいぞ。」

「ご馳走様です先輩!」

間仁田はウキウキと俺の財布を取り中身を確認した。

「先輩2000円しか入ってないじゃないですか。」

「昼には十分だろ。」

「せっかく鰻にしようと思ってたのに。」

「やめろバカ。」

結果2人揃って近くの中華屋のラーメン二杯

間仁田が塩で俺が醤油を頼んだ。

餃子も2人前頼み、早さが売りとチラシに書いてあった通り注文してから約10分程度でオカモチに商品を入れた店員さんが家のチャイムを押した。

「悪いが取ってきてくれるか。」

「もちろんですよ。先輩今ブッコローですもんね!」

可愛くウインクして玄関に向かう間仁田。

「先輩届きましたよ。」

間仁田がラーメンを運んできた。

「ありがとな。」

「いえいえ。あと器を返す前に軽く洗ってから返して欲しいそうです。」

「そうか。」

俺は間仁田の目を見た。

(あいつ俺の事ペットみたいな感じで接して来てるな。)

「もちろん俺が全部洗いますよ。」

「別にそういう意味で見てたんじゃないよ。」



太陽も傾き始め、辺りをオレンジに染め始めた午後。 

俺達は作戦会議を開いていた。 

俺は家の家具で唯一自分で登れるベッドの上にいる。

間仁田はもちろん台所。

何をしているのかはもう言わなくても良いだろう。

「それでどうやって例のエレベーターまで行くつもりですか?」

「そうなんだよな。ここの家から遠くはないが歩いて行くにはちょっとキツいし俺しか運転免許証持ってないから間仁田には運転させられねぇしどうしよう。」

「あの先輩。」

間仁田が皿を洗いつつ顔だけをこちらに向け

「俺が抱っこして行きましょうか。」

「俺が‥お前に‥抱っこか。」

「はい。」

間仁田の目がウズウズしている。

「おい間仁田。」

「なんでしょう。」

「お前、俺をしゃべる可愛いぬいぐるみのペットだと思ってるな。」

間仁田は目線を手元に戻し、ゆっくりそして大きく一回頷いた。

「やっぱりか!俺がこんな大変な目に遭っているのに。」

「すみません。でも見れば見るほどなんだか可愛くて。」

皿を洗い終えた間仁田が俺の目の前に座る。

「俺だって中身があの先輩だって知ってるんです。でもなんかすごく撫でたくなる見た目というか表情というか。」

間仁田は正座のまま俯いてしまった。

俺は知っている。

今ここで間仁田が協力を断れば俺は恐らく一生このままの姿、ブッコローでいなくてはいけない。

外に出れば動くおもちゃと思われ誰かに拾われるだろう。

駅まで着いたとしても必ず駅員に連れられ最悪の場合捨てられる。

(ここは覚悟を決めるしかねぇか。)

「いいぞ間仁田。俺を抱いても。」

「先輩、いいんですか?」

「しょうがねぇだろ、今の俺にはお前が必要なんだから。」

「先輩!!!」

「その代わり、夜になったら俺を天辺(エレベーター)まで連れてってくれよな。」

「もちろんです先輩。」

 

ぬいぐるみと皿洗いの契りである。



太陽も完全に沈み、紫外線より赤提灯の飲み屋が賑わいをみせる中俺は今、間仁田の待つバックの中にいた。

「行くぞ。」

「はい先輩!」

正面入り口から入ろうとする間仁田を俺は止めた。 

「なんですか先輩。」

「いきなり俺みたいなのが来たらびっくりするだろ。」 

おじさんとおじさんのバッグに入った巨大なぬいぐるみは色んな意味で怖い。

「だから、正面じゃなくて裏口から行こう。」俺達2人は有隣堂の裏口に周り、社員が出で来るのを待った。

「なかなか出てこねぇな。」

「多分本屋さんだし忙しいんですよ。」

「そうか?店員を脅かさないように裏口に周ったが客はほとんど居なかったぞ。」

「もうそんなこと言って。呪いが強まって戻れなくなったらどうしてくれるんですか!」

「そうだな。すまん。」

「俺はその方が嬉しいんで良いんですけどね!」

「お前隠さなくなったな。」

「だってさっきあんなに抱き合った中じゃないですか!」

「やめろ、誤解されるだろ。」

「何がです?」

「もういい静かにしてろ。」

「はーい。」

「こいつ‥」

そんな会話に夢中なせいで後ろに人が居ることに俺等は気が付かなかった。

「あのぉ。」

「「はい!!!」」

そこには赤いメガネに紺色のエプロンをしたポケットにたくさんのペンを刺した女店員が立っていた。

首からぶら下げている名札には恐らく彼女のニックネームであろう

「ザキ」

と言う文字が揺れていた。

「何をされているのですか?」

「俺たちはあのっ」

「まぁ。喋るぬいぐるみなんて可愛い。」

ザキは無遠慮に近づくと間仁田に向かって

「撫でても良いかしら。」

と尋ねた。

尋ねはしたが間仁田が答える前には俺のレインボーの耳の間を撫でていた。

「どう言う仕組みかしら。」

「あのザキさん。」

「よく私の名前わかったわね。」

恐らく本当に驚いている彼女

「だって名札してるじゃん。」

ザキは自分のお腹辺りに目線を下げ

「そうだったわ。」

と笑った。

(もしかして、すげえ天然なのか?)

「そうじゃなくて。ここの後ろに古いエレベーターがあるだろ。俺をアレに乗せてくれないか。」

「あら詳しいわね。」

「ダメか?」

「うーん。ダメではないけどあまりお勧めはしないわ。」

「なんで。」

「アレに乗るとブッコローとかいうのになるって噂が私たちの間で言われてるからよ。」

「俺がそのブッコローなんだ。だから頼むもう一度だけ乗せてくれよ。」

そう言うとザキは手を一度叩きニコッと笑った。

「そう言うことなら話は別ね!社長が社長室でお待ちよ。ついてらっしゃい2人とも。」

ザキは俺等を正面横のエレベーターに案内しパスコード入力後社員だけが降りられるフロアへ俺等を案内した。

「失礼します。お二方をお連れしました。」

「入れ。」

「失礼致します。」

ザキに促され俺等は社長室で社長の向かいに腰を下ろした。

「こちら、我が社有隣堂社長松信健太郎。」

「初めまして。」

「「初めまして。」」

俺は一つ社長に質問をした。

「あのどうして俺たちがここに来るってわかったんですか?」

「事件解決の鍵が最初の場所にあるのはミステリーの定番だろ。何を隠そうここは本屋だからね。僕もそれなりに想像がつくさ。」

「じゃあ」

興奮し盛り上がって居る俺等2人を右手で制し

「もちろん。君をブッコローから人間に戻す方法はある。但し無償でというわけにはいかない。君の行いはある種の営業妨害だ。その罪を償うと約束するなら君を元に戻してあげよう。」

「なんでもします。」

「そうか。では君に有隣堂社員として本の売り上げに貢献することを命ずる。」

「それってつまり、有隣堂で働けってことですか。」

「そうだ。それに元々その呪いというのも他者の出版社の出入りを防ぐもので私をはじめとする有隣堂社員には効かないんだ。」

「ふふっ。そういえば昔はよく居ましたわよね、そんな不貞な方が。」

社長の話を聞いてザキが笑っている。

鎬を削る同業他社とはいえ来たものをこんな姿に変えるとは、とんでもない書店に入社させられたのかもしれない。

間仁田に視線で助けを求めたが、間仁田は俺の姿が元に戻る寂しさで俺からの視線に気が付いていない。

(俺の方が立場的にピンチなのに何故お前がそんなに落ち込んでいるんだ。)

「さて。では明日から早速君には働いてもらおうかな。なんでもしてくれるのだろう。」

不遜な笑みを浮かべた松信社長が、右手を出したので俺も右手で握手をし、社長との契約が結ばれた。

俺は社員として有隣堂の売り上げに貢献するという命を受け止め、社員になる代わりに人間に戻してもらった。

「ありがとうございます。」

「これからは同じ社員家族だ。共に頑張ろう。」

「はい。宜しくお願いします。」

「言い忘れていたが、他社で本を買ったり職務怠慢の報告を受けたり、Tポイントカードを貯めている事の目撃情報が私に入り次第、君を永久にブッコローとして管理するから覚悟するように。」

とんでも無いことをさらっと言われたせいで全く内容が入って来なかった。

「し、社長もう一度。なんて言いましたか。」

「なにつまらん事だ。」

「全然つまらなくないです。俺の人生がかかっています。」

「それより教育係を岡崎頼んだ。」

「ちょっと社長!」

ザキが俺と社長の間に割って立つと

「改めまして、岡崎弘子です。」

と握手と改めて挨拶を交わした。

(この人本当にマイペースで天然だな。)

「きちんと働けば良いだけのことよ。」

「分かりました。」

こうして俺は再びブッコローにならないため日々有隣堂で働いている。


因みに間仁田はというと松信社長にその文具の目利きとバイヤーとしての感の鋭さを買われ俺の同僚として前職よりいい条件で働いている。

しかし何故か週一で皿洗いもまだしているらしい。


(間仁田お前って本当に変わってるよな。)


そんなこんなで変じ‥、個性的な同僚や上司と共に俺は日々楽しく有隣堂で働かせてもらっている。


例の古いエレベーターが現在どうなっているのか、俺は知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

間仁田お前って奴は。 @akerun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ