【短編】魔王によって呪われたウサ耳聖女様は俺を籠絡したいそうです。
渡月鏡花
第1話 聖女様との秘密の関係
「ご、ご主人さま……お帰りなさいませ、ぴょんっ」
「お、おう……いつ見ても慣れないな」
「し、仕方ないじゃないですかっ!あなたの魔力がないと……ウサ耳がはえてしまうんですから、ぴょんっ」
とってつけたようにぴょんと言って恥ずかしかったのだろうか。
聖女ミュウは桃色の瞳を伏目がちにして、桃色の長い髪先をくるくるといじった。
聖女ミュウ・ルノワール。
絶世の美少女として有名な一人の人間だった。
そう……人間だった。
魔王リリスとの戦いにより勇者パーティーは敗北してしまった。
その代償として魔王リリスの面白半分で聖女様は呪いをかけられてしまった。
面白半分に呪いをかけるとかほんとに勘弁して欲しいものだが……かけられてしまったものは仕方がない。
いやそんな他人事として捉えている場合ではない。
それに問題はとても厄介な呪いということだ。
なんせ特定の魔力を吸収しないと、人間からラビット族へと身体が変化してしまう呪いだからだ。
ウサ耳が生えてくるのはまだ可愛いから許せる。
それよりも大きな問題があった。
それは長らく特定の魔力——霊的なパスを結んだパートナーからの魔力を吸収しない状況が続くと発情し、そして最終的には寂しくて自殺してしまうという厄介な体質になってしまったことだ。
しかもその魔力というのが誰のものでも良いわけではないからなお厄介だ。
残念にもというか不幸にも聖女様に供給するに相応しい魔力源は俺だった。
というよりもあの時――勇者パーティと魔王が戦う魔王城にひっそりと隠れていたのが俺だった。
リリスのやつは嫌がせで俺と聖女様を霊的なパスで繋いだ。
要するに俺と聖女様は強制的に霊的パスで繋がってしまったおかげで、離れられない関係となってしまった。
本来であればラビット族はパートナーとだけ霊的パスを繋ぐことで一生を添い遂げる健全な種族なのだ。
それを魔王リリスは、無理やり人間の俺と聖女様に対して適応させる形で呪いをかけやがった。
今思い出しても腹がたつ。
……いや、今はそんなことを回想している場合ではなかった。
「まあ、あれだ。教会の最高位の聖女様がいつまでもウサ耳をはやしているのは問題だし……ほら、早く済ませてくれ」
「そ……そうですね」
頬を赤く染めて、トコトコとミュウが近づいてきた。
そして一瞬だけ上目遣いで俺のことを覗き込んだ。
「……?」
「……ん」
なぜかミュウは一瞬だけためらう気配を醸し出したが、すぐにばさっと俺の胸に飛び込んできた。細い腕がぎゅっと俺の腰あたりにまわってきた。
そして何よりも柔らかくて繊細なアレが押し付けられた。
……こんなことで発情するものか。
ハニートラップは暗部で鍛えられた。
だからこそ……だ、大丈夫なはずだ。
そんな俺の葛藤なんて無視して、聖女ミュウは猫のようにすりすりと頬を擦り始めた。
「すんすん」
「……おい!なんか今、匂いをかがなかったか!?」
「――何を言っているのですか?ぴょん」
「いやいや、誤魔化されないからな?」
「ご主人様は自意識過剰です。ぴょん」
「……」
あくまでもシラを切るらしい。
くっそ、散々魔王との戦いまでの道のりを裏でこっそりとサポートし続けてきたのはこの俺なのに……なんでこんな不幸に巻き込まれてしまったのか。
元々頼りない勇者たちを陰からサポートするように師匠から言われて仕方なく仕事として彼らに付き添っていたわけだが……。
別にだから感謝の一つくらいもらいたいなんては思わないが、少しは敬意を払おうという思考をこの
いや勇者たちが世界中を巡る前――学園に通っている頃から常識とかそういうことに無縁だったか。
仕方ないとはいえ……それでも舐められたものだ。
ミュウはいつの間にか俺の顔を覗き込むように上目遣いになっていた。
「そんなことよりもご主人様?」
「な、なんだよ?急に改まって」
「今まで誰と一緒にいたんですか?」
「仕事だけど」
「で・す・か・ら」
「……」
「お仕事で『誰』と一緒にいたんですか?って聞いているんです……ぴょん」
じーっと薄い桃色の瞳が俺を捉えている。
……勘弁してくれ。
これじゃあまるで浮気を問い詰められている夫のようではないか。
「……リリス」
「やっぱり!この禍々しい嫌なニオイだと思ったんですっ……ぴょん」
「なんで途端に機嫌が悪くなるんだよ?」
「そ、そんなことないです!ぴょん」
ミュウはなぜか頬を赤く染めて、ポカポカと俺の胸を軽く叩いた。
……わからん。
ミュウは一体全体何をしたいのか。
情緒不安定すぎやしないだろうか。
「一応説明しておくけれど……リリスが魔力を使えないように封印している魔法のチェックをしていただけだからな?」
「そんなことはわかっています」
「お、おう」
なぜかミュウはジトーっとした視線をよこした。
そんな視線から逃れたくて、俺は明後日の方向を見た。
――なぜこんな状況になってしまったのか。
いやそんなことはわかりきっている。
やはり人生最大の過ちを犯してしまったことが原因だ。
全てはリリスと対峙した時から始まった。
いや、違う。
その前からすでに始まっていたのかもしれないのだから――
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