6話 「好き」の大切さ

「……今日は、どうする?」


 寝室のベッドに腰を下ろした奏は絞り出すように声を上げる。

 そんな彼女の隣に腰を下ろした俺は、逆に彼女に問いかけた。


「奏はどうしたい?」


 今お互いに聞き合っているのは、どちらがどちらの頭を撫でるかという点についてだ。

 特にそうしようと決めたわけではないのだが、お互い撫で合っている間にいつしかそれが寝る前の恒例みたいになってしまった。


 何もなかった半年間に比べればものすごく距離が縮まったと言える。

 ただそれを決めるのはいつも俺だったため、少しくらい奏の望みも聞いてあげたかった。


「わ、私……?」

「あぁ。いつもは俺が決めてるから、今日くらいは奏に決めてほしい」

「そうは言っても……」

「俺はどっちになっても嬉しいからさ」


 若干緊張気味の奏に俺は努めて優しく言う。

 奏は恥ずかしそうに膝を擦り合わせてもじもじすると、やがて頬を赤らめて呟いた。


「……ち、千智に、撫でてほしい」

「分かった。じゃあ今日は俺が奏の頭を撫でるな」

「うん」


 コクリと頷いた奏の頭を、俺は努めて優しく撫でる。

 風呂上がりの彼女の髪は触り心地が良すぎて、一生触っていたくなるくらいには触り心地がいい。


 それに、いい匂いがする。

 同じシャンプーやボディーソープなんかを使っているはずなのに、どうしてこうもいい匂いがするんだろう。


「そういえば最近、よく体に触れることを許してくれるようになったよな」

「えっ?」

「ほら、ちょっと前までは頭も撫でさせてくれなかっただろ? それが今は奏からねだってくれるようになってさ」

「ねだるように言わせたのは千智でしょ。私は何も自分からねだりに行った覚えはないんだけど」

「そこはほら、言葉の綾ってことで」

「いまいち納得できないんだけど」


 ジト目で俺を睨んでくる奏に俺は笑みを零す。


「俺が聞きたいのはさ、なんでいきなりスキンシップを許してくれるようになったのかってことだよ」

「それは……千智が、好きだって言ってくれたから」

「好き?」


 言葉に出して、すぐにこの前のやり取りを思い出す。

 なんでいつも「ありがとう」と言うのか。

 そのことについて俺は「奏が好きだから」と答えた。

 奏が言っているのは、きっとその時のことだろう。


 それとこれに一体なんの関係があるんだろうか?


「今まで千智に『好き』って言われたことなかったから」

「あれ、そうだっけ?」

「そうだよ、告白したのは私からだったし。まぁ、言うタイミングがなかったっていうのはあるかもしれないけど」


 確かに考えてみれば、俺は奏に「好きだ」と言葉で伝えたことがなかったかもしれない。


「ちょっぴり、不安だった。千智が『好き』って言ってくれないから、本当に千智は私のことが好きなのかなって。もちろん、千智が私のことを好きなのは十分わかってたよ。ただ……」


 奏の頭を撫でながら話を聞いていると、ふと声が聞こえなくなる。

 気になってさり気なく彼女の顔を覗いてみると、彼女の顔は酷く歪んでいた。

 まるで何か痛みに耐えているような……苦しそうな顔をしていた。


 咄嗟に俺は奏を優しく抱き留める。


「言うのが苦しいなら、無理して言わなくていいよ」

「っ……」

「ごめん、好きだってちゃんと伝えられてなくて。俺は奏が好きだから。大好きだから。だから……そこは安心してほしい」


 奏がどうして苦しそうな顔をしていたのかは分からない。

 ただ、もしそれが俺のせいだったら。

 俺が奏に好きだと伝えなかったせいで、苦しい思いをさせていたとしたら。

 そんな想像が募るたびに、心臓が張り裂けそうなくらい申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


 きっとそのせいで、俺の顔も苦しそうに歪んでいたのだろう。

 まるで好奇心に駆られてスイッチを押す子供のように、腕の中にいた奏は笑顔を浮かべながら俺の鼻に人差し指で触れた。


「千智のせいじゃないから、そんな顔しなくて大丈夫だよ。でも今は言えそうにないから、言えるようになったらちゃんと伝えるね」

「……ごめんな」

「つぎ謝ったら、今日はもう頭撫でさせてあげない」

「それは嫌だ」

「じゃあもう謝らないこと。分かった?」

「……分かった」

「よろしい」


 なんで俺は今、奏に諭されてるんだろう。

 いつもは逆なのに。


 そう考えているうちにさっきの苦しみはどこかに消え去っていて。

 奏の笑いにつられるように、俺も笑みを零すのだった。




「――もうすぐクリスマスだね」

「そうだな」


 ベッドの上に座って壁にもたれ、奏の頭を撫でながらぼーっとしていると、腕の中にいた奏が前を向いたままつぶやいた。


 ……そういえば、クリスマスプレゼント。

 それとなく、奏からそれっぽい情報を聞き出さねば。


「……なぁ、奏」

「何?」

「奏って、好きなものとかあるのか?」

「クリスマスプレゼントの話?」

「うっ……」


 作戦失敗。

 俺のうめき声を聞いた奏はクスクスと俺を笑う。


「千智、聞くの下手」

「奏の勘がいいだけだろ? 俺はちゃんと伏せて言った」

「この話の流れだったら誰だって気づくでしょ」

「俺はきっと気づかん」

「それは千智が鈍感なだけだよ」

「そうかぁ?」


 そうだよ、と奏はまた口に手を当ててクスクスと笑う。

 これが優斗とかなら苛立ちを覚えていたのだろうが、奏の笑った顔が可愛すぎて怒るに怒れなかった。

 それどころか、奏の笑いにつられて俺まで口角が上がってしまう。


「クリスマスプレゼントは要らないよ。千智に申し訳ないし」

「俺が奏にあげたいんだよ。だから申し訳ないとか考えなくていい。何か欲しいものとかないのか?」

「えぇー?」


 要らないと言いつつ、俺が駄々をこねたらしっかりと悩んでくれる奏。


 今までスキンシップが少なかったのは、きっと彼女の中の不安が大きかったからだろう。

 だってこんなにも嬉しそうに悩んでくれる彼女が、俺のことを嫌いなはずがないじゃないか。


 俺に出来ることは、好きだと伝えること。

 好きだといろんなアプローチの仕方で表現すること。


 そうすれば彼女もきっと、俺に心を開いてくれるはずだ。


「クリスマスの日って、確かお仕事休みだよね?」

「あぁ、久々にな」


 クリスマスは今度の日曜日。

 取引先との交渉が成功したため、久々に休暇をもらったのだ。


「だったら、私のクリスマスプレゼントを選ぶの手伝って」

「ってことは、それが俺たちにとって初めてのデートってことになるのか」

「千智はそれでもいい?」


 俺を見上げる彼女の問いに、俺は心を踊らせながら答えるのだった。


「あぁ、もちろん」

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