chapter1-4:四女 フォルタ

白銀の長い髪が鞭のようにうなり、紫の目が相手を捉える。

「居たぞ!アイツだよな?」

「ええ。彼です!」

「じゃぁお前、頑張ってついて来いよ!!」

「っ!はい!!」

凛と真っ直ぐに通る声で、指示とは思えないような指示。

返事をすれば、彼女の走る速度は大きく上がる。

ロングスカートの深く入ったスリットから伸びる華奢な足。

ハイヒールとは思えない足さばきで、悪路をウサギのように駆け回る。

しかし、その表情は。

狩られるのを恐れ、逃げ惑う小動物ではなく。

獲物を追い詰めるのを楽しむ狩人の目で。

「お、おいついたー」

飛ぶように高く跳ねて、相手の前に回り込む。

無邪気な声色、表情は。

確かに、末っ子なのだ。と、妙に感心できた。

しかし、彼女は自分の上司で、この部署のトップ。

「悪く思わないでくれる?」

右肩に手を当てて、相手にかざした。

冬の合間の陽だまりの声色に、纏う雰囲気は冷たく孤高で。

「こちらも、仕事と秩序があるからね」

そう呟けば、数段空気が冷え込む。

息をするのすら、はばかられるほどに。

「さぁ」

そんな空間で、彼女だけが凛としていて。

ヒールを高らかに鳴らし、一歩詰め寄る。

相手は逃げようとするが。

四方を囲まれてしまってるので、逃げ場などここに無い。

「君はどこまで耐えてくれるかな?」

楽し気な声色に乗る、氷の温度。

「それとも」

光る紫の瞳が、相手の事を見据え。

「全てを話してくれる気になったかしら?」

緩く弧を描いた。

笑っているのに、笑っていない瞳。

恐怖に慄いたのか。

相手は、知りたいことを全てぶちまけるように話してくれた。

「あら。あっけない」

つまんない。と言いたげに、彼女は零す。

「じゃぁもういいわ。二度とこんなことしないでね」

相手にもう興味はない。

右肩に手を添えて、囲いを溶かし。

今すぐにでも逃げ去ろうとする相手に。

「私に会いたいって言うのなら別だけど」

最後の忠告を。

「その前に、狩り取られたりしてしまうかもね」

相手は壊れた人形のように、ただただ頷き、一目散に逃げて行った。

「相変わらずの手腕ですね」

何もすることが無かったので、せめてもの称賛を送れば。

「やめて。今回大した事してないわ」

ふい と彼女は顔をそむけた。

今回

その言葉を、脳内で繰り返す。

確かに、今までの現場と比べても。

指が転がっていたり、血が飛び散ってるわけでもない。

生爪が転がっていたり、歯が散らばっているわけでもない。

かなり大人しい。

それが彼女にとっては許せないのだろうか。

「閉門せよ」

聞きだした情報をまとめた紙を掲げ呟けば。

ドアのような黒い空間が、目の前に現れる。

髪とスカートを翻して、かつかつと歩く彼女の三歩後ろ。

黒い空間をくぐれば、もうラプラスだ。

「こっちが【人間】。こっちが悪魔。で……」

歩きながら書類をふるい分けるのを。

「書類、持ちましょうか?」

手伝おうとするけれど。

「これが危険性が無い方。貴方に任せたわ」

自分の手に乗せられたのは、もう振り分けが終わったものだった。

「……仰せのままに」

まだ隣りに立つことは許されないのか。

苦さを呑み込んで、笑顔を作る。

彼女が、自分の方など一切見ていなかったとしてもだ。

「フォルタ様」

急に背後から声をかけられ、彼女は振り返る。

腰まで届く長い髪が、細雪のようにさらさらと音を奏でた。

「インズイさんがお見えです」

その言葉に、ほんの少しだけ驚いたような表情をした後。

「分かったわ。すぐ行く」

歩いてきた道を戻るように、歩いてきた。

このまま手元の書類をまとめるために、事務所に戻るか。

歩き出した自分と、戻ってきた彼女がすれ違う間際。

「ほら。行くわよ」

予想だにしない声がかけられた。

「え、えぇ。了解です」

上ずった声は、バレていないだろうか。

後を追いかけるように、歩みを進めれば。

沢山の女性に囲まれた、深く暗い赤色の髪をした女性。

二色の目がこちらを見ると、ぱっと顔が輝いて。

「やぁ。相変わらず容赦ないね」

秋風に舞う落ち葉のように。

ひらりと自分たちの前までやって来た。

「容赦あったらダメなんだよ」

彼女の発言はごもっともだ。

「そういうところだもんねぇ」

「私の事言えないのに、何を言う」

インズイさんの仕事は、対価を支払わなかった【人間】に対し、

強制的に対価を貰う取り立てを行い。

自分たちの仕事は、定期的に【人間】達に話を聞いて拷問をして

違反者や余罪の聞き込みをすると同時に。

唯一、悪魔我々に対しても様々な話を聞ける拷問をできる仕事。

どちらも、容赦があってはダメだ。

「フォルにはまじで言われたくないんだけど……」

しかし、インズイさんは、顔を顰め、困ったように息を吐いた。

「まぁ。細かいところはいいじゃん」

対して彼女は、気にも留めていないよう。

「で、今日は何しに来たの?インズイが来るなんて珍しい」

「ん?これ渡しに来ただけ」

インズイさんは、紙を数枚束ねたものを、彼女に差し出した。

「サキねぇとシールの行動と、人間界のとある街のマップ」

確か、一番上と二番目の姉の名前だったはず。

その二名の行動と、人間界のとある街が、なぜ結びつくのか分からないが。

「フォルと、フォルの部下達なら使いこなせるんじゃないかって思って」

二色の目が、優し気に弧を描いた。

その目は一度自分を見やる。

随分と信頼してくれているものだ。

それが、妙に嬉しく思えた。

「あー…………」

パラパラと紙を流し見て、考えていた彼女は。

「うん。理解した」

しっかりと目を見て、頷く。

「相変わらず、早くて助かるよ」

インズイさんの手が、彼女の頭を撫でようとするも。

「これくらいなら、造作もないよ」

彼女は、華麗なバックステップで躱す。

「ありがとう。じゃ。また後で」

片手を上げて、軽い挨拶をし。

長い髪を揺蕩わせ、この場から逃げ出すように歩き出してしまった。

「また後でー」

そんな背に、間延びした声でインズイさんは言葉を投げる。

「あの子の事、よろしくね」

言葉の投げた先が、自分に向いた。

「は、はい……」

自分に声がかかると思っていなかったので、少し遅れて返事。

聞いたのか、聞いていないのか。

インズイさんは、瞬く間に消えてしまった。

残された自分は、急いで彼女の後を追う。

ヒールだというのに、歩く速度はいつも速い。

「流石ですね。フォルタ様」

少し上がった息を整えて、声をかける。

「何が?」

歩くのをやめないが、ちらりとこちらを見やってくれた。

「お姉様達と同じ、優秀な才を存分に発揮していらっしゃる」

嘘偽りない本心だ。

四姉妹全員、違う種類の才を存分にふるい、活躍する。

評判高い、ウーロック家。

皮肉に捉えられてしまうかもしれないが、それでも純粋にすごいのだ。

「その名に恥じない才ですよ」

締めくくって、前方を見れば。

いつの間にか、彼女は足を止めていた。

「……私は」

微かに雪が舞うように、細く小さく口を開く。

背中が、酷く寂しげに見えた。

「姉さんたちに、何も勝てたことは無いわ」

緩く首を振った動きが、髪の先に届く前。

「射撃も、契約も、取り立ても」

上ずって、震えた声が自分の鼓膜に届いた。

「……確かに、やれと言われれば出来る。でも、それだけ」

こちらを振り返り。

「全てをそれなりにこなせるだけよ」

伏せられてた紫の瞳と、目が合った。

そのはずなのに。

どこまでも何も見ていない目。

「秀でた才なんて、私には無いわ」

言葉の自嘲さとは裏腹に、狂おしいほど綺麗に微笑んで見せてきた。

では、あの拷問技術の精巧さはどうなのだ。

資料を流し見ただけで伝えたいことを理解できる頭脳はどうなのだ。

全てをそつなくこなす方もすごいのだ。

そう言っても、彼女には届かないから。

「そんな貴女が好きですよ」

祈りと、願いと、劣情を混ぜた言葉を吐くのだった。

彼女の隣に立ちたいのは。

頼りがいのある右腕として、恋仲としての二つの意味で。

「あら、ありがとう」

意外にも、彼女は素直に言葉を受け取ってくれた。

これは少し期待してもいいのだろうか。

「なら……」

そう言いながら、自分の胸元に手を滑らせてくる。

そして、一切の無駄のない動きで、胸倉を掴まれた。

「私の事、理解してくれているわよね?」

「へっ?!」

脳を震わす甘美な声、甘美な言葉。

に、似合わない胸倉を掴むという行為。

混乱を続ける思考に。

「何のためにお前を連れて、インズイと話をしたと思ってる」

真っ直ぐ刺してくる、絶対零度の声。

「え。っと……それは…………」

言い淀んだ自分に対し。

呆れたようにため息を吐いて、彼女は続けて言う。

「情報交換のためだ。うちの部署は情報が全てだからな」

それは確かな理由だ。

でもまぁ、彼女たちの世界だった。とも、思えなくはないが。

「私だけ分かっていても、お前らが動けないだろ?」

これも確かな理由。

「ほら、これなら分かるだろうから」

そう言いながら、資料を胸元に押し込んできた。

身じろいで資料を見れば、おそらく先ほど渡された資料の簡易版。

追いつくまでのわずかな時間で、作り上げていたのだろう。

「口を動かす前に、手を動かせ」

竜の吐息のように紡ぐ、絶対零度の冷やかさ。

「私の部下である以上、怠慢なぞ許さないからな」

真っ直ぐ射抜いてくる、澄んだ氷の視線。

「じゃぁ、私はもう一度行ってくるから。それは任せたわ」

呆気に取られてる間に。

彼女はかつかつ歩いていき、右肩に手を添え呪文を呟き。

ひらりと人間界に行ってしまった。

「そういうところなんですよ…………」

そういうところが、溺れるくらいに惹かれたのだ。

仕事をするために戻ろうかと、振り返った時。

いままでなかったはずの胸ポケットに、何かが入っていた。

不思議に思い、取り出してみると。

「どれだけ惑わせてくれば、気が済むんですか……」

丁寧にラッピングされたクッキー。

彼女の手作りなのは、知っている。

冷たく孤高であろうとするのに。

暖かく優しい心を持ち合わせていて。

「悪魔に願いたくなる人間は、こんな心地なんですね」

恋に落ちる。恋に溺れる。とは、よく言ったものだ。

悪魔に願ってまで手に入れたい恋とは。

こんなにも呼吸が出来なくなるほど苦しいのか。

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